第53話 新素材
ラルフ父を呼んでクラエスフィーナが袋問屋を知りたいと話をすると、父は意外と簡単に請け合って紹介状を書いてくれた。
「ありがとうございます!」
「良いってことよ。他でもないクラエスちゃんの頼みだしな」
喜んで感謝するクラエスフィーナにラルフ父は機嫌よく応対している。
それを見たダニエラが、そっとラルフの袖を引いた。
「なあ、おまえの父ちゃんクラエスに鼻の下を伸ばしているけどさ……よく母ちゃんが怒らねえな」
あんな美少女にデレデレしていれば、普通の奥さんなら良い顔はし無さそうな気がするのだが……。
だがそれを言われたラルフは、「やれやれコイツは……」という顔で首を振った。
「ダニエラ、君はまだ甘いね」
「ほえ?」
ラルフはホッブと目を見合わせる。
向こうも同じことを考えていたようだ。視線で訴えてくる。
(やっぱオマエの親父、クラエスを狙ってるよな。目が笑ってねえぜ)
(ああ……しかもクラエスから見えないところで母さんとハンドサインを交わしてるよ。真綿で首を締めるようにじわじわ恩義で締め付けて、クラエスが身動き取れないように追い込む腹だ)
(……ホントにオマエんトコの家族は何者だよ!?)
(
声にならない声でそう話し、ラルフとホッブが背筋を冷たくしていると。
クラエスフィーナがご機嫌の父へ、申し訳なさそうに申し出た。
「あの、それで……紹介してもらったお礼はどれほど出せば……」
さすがのチョロイン・クラエスフィーナも、ここのところの頼み事でラルフの家に何かしてもらうには代価が必要と学んでいたらしい。
ラルフは父を睨みつける。
(父さん、ここで『嫁に』とか言うなよ!?)
ラルフとしては、クラエスに告白するにもフェアにいきたいのだ。ラルフ父は息子の視線に、他人に判らない程度に肩を竦める。
(テメエの自主性に任せてたら何百年かかるんだよ……まあこの程度でそこまで言わんさ)
ラルフ父はあくまで朗らかに手を横に振った。
「そんな、これぐらいで金は取らねえよ」
「ホントですか!? 重ね重ねありがとうございます!」
「ああ。そこにいるエバンスのとこの
「わぁい!」
「おい待て!? またかよ!? なんで俺の犠牲が軽く扱われているんだよ!」
なぜか話に割り込んで猛抗議するホッブ。ホッブはクラエスフィーナにも文句をつけた。
「クラエスも『わぁい!』じゃねえだろ! 俺を気軽に売り飛ばすんじゃねえ!」
「だって、ソレだけで良いって言うんだよ? 私に実害は無いんだし、お得じゃない」
「……クラエスも言うようになったな……」
◆
取りあえず幼年学校生たちの検討作業中はやることも無いし、ラルフ達は納得していないホッブを引っ張って問屋を訪ねてみることにした。
「ラルフの家に卸している袋問屋、ちょうどドルーズ導師に聞いたゴムを扱う店と近いな」
「それなら合わせて回れそうだね」
コレで使えるものが手に入れば上々だ。四人は混雑している卸し商通りを、人を縫うように歩いていく。
「まずラルフの親父に紹介してもらった袋問屋へ行くか。話が早そうだ」
「そうだね、そうするか。……ダニエラ、人混みが凄いからはぐれないでよ? 迷子になったら探せないからね」
「てやんでぃ、あたしよりクラエスに言えよ」
ダニエラは鼻を鳴らして最後尾のエルフを指した。
「さっきから良い匂いがするたびに気を取られちまって、引っ張ってるのも疲れるんだよ」
「……クラエス、
「い、いらないよ! 私ちゃんとした学院生なんだからね! そんな子供みたいなの付けなくても大丈夫だよ!」
「クラエス。首輪を付けるのは幼児じゃなくて犬だから」
◆
ラルフ父の古馴染みである顎鬚のオヤジは、もしゃもしゃの髭を撫でさすりながら考えた。
「うーん、目が詰まっていて安い布かあ……」
翼に張るのに必要な、出来るだけ軽く、出来るだけ風を通さない丈夫な布。
そういう注文を聞いて固まったオヤジは、そのまま黙ってずーっと考えている。
「なかなか難しい注文なのかな……」
「そうみたいだな」
このままでは埒があかないので、思考中のオヤジへホッブがそっと声をかけた。
「あの……心当たりが無いようだったら、布地問屋を紹介してくれりゃそっちを当たりますけど」
「ああ、いや……うちは生産者から直接買い付けてるし、これって布地も無いわけじゃないんだが……」
心当たりがないわけじゃないらしい。
そこで一旦言葉を切ったオヤジは、キリッとした顔で向き直った。
「どんなオプション付けりゃ、うちが一番儲かるかなと思って」
「おいラルフ、オマエの親父の知り合いはみんなこんなのばっかりか?」
「その知り合いの中にはホッブの父ちゃんも入ってるんだけど」
髭オヤジが一枚の袋を出してきた。
「考えたが、コイツが商売抜きで一番お勧めだな」
つまり原価率が悪いらしい。
見た目は確かに織り目が見えないぐらい細かいし、肌触りもサラサラで粗もない。
「これは何の袋ですか?」
「そこそこ高級品の粉袋だな。お貴族様とか豪商とかの家に小麦粉とか収めるのに使うんだ。目が細かいから粉の漏れも少ないし、丁寧に脱色してあるから見た目が綺麗な白色だろ? ああいう上流階級はこんな消耗品でも上等なのを喜ぶからな。ラルフ坊の家にも納めているぞ」
「へえ」
ラルフは指先で袋をつねってみた。
「うちに上流階級の納品先があったとは」
「おい、跡取り息子」
ラルフの頭にかぶせた袋の口をきっちり紐で絞めると、ラルフの呼吸に合わせて袋がパンパンに膨らんだり萎んだりする。
「ホントに目が細かいな。かなり通気性が無い」
「これ、イケるんじゃね?」
感心したように呟くホッブに、ダニエラが弾んだ声で同意する。持った感じが帆布より格段に軽いし、風をはらんだ時の保持力も良さそうだ。
「でもこれ、強度はどうなんだろ?」
クラエスフィーナが別の一枚を摘まみながら心配そうに漏らした。搭乗者としては、飛行中に破ける事態だけは避けたい。
袋問屋の主人はそれについても楽観的に請け合った。
「十キロとかニ十キロとか粉を詰めて運ぶ袋に使っているんだぜ? そりゃ帆布みたいなテントに使ったりできる布地ほどじゃないが、一般に出回っている薄手の布地の中じゃあ強度はいい方なんじゃないか?」
「そうなんですか!」
ホッとするクラエスフィーナ。だとすればかなり有望だ。
しかしダニエラが難しい顔で袋をこねくり回している。
「オヤジさんよ、ニ十キロの小麦粉に耐えるって話だけど」
「おう?」
「
場を支配する沈黙。
「………………一点に荷重を掛けなければ、大丈夫……なんじゃ、ないかなあ……?」
ちょっと苦しい主人の回答に、途中からエルフが割り込む。
「ちょっとダニエラ!? 全然大丈夫だよ!? 羽のように軽いエルフなら全然問題ないよ!?」
「羽のように軽いエルフならな? でも乗るのはクラエスだかんな?」
「比重の重いドワーフよりマシだよ!?」
エルフとドワーフの言い争いは、ホッブが止めるまで続いた。
「布はこれでいいとして、問題は値段だな」
ホッブが主人に、二号機のデータで必要面積を見せた。
「だいたいこれぐらいの大きさが必要なんすけど、お幾らぐらいになりますかね? 絹みたいに高い物だと、ちょっと予算オーバーなんすけど」
一人で乗る機体とはいえ、その搭乗者の重さを支える為に“翼”の大きさはそこそこ大きい。女性物のワンピースなら、余裕を見ても三着ぐらいは作れる計算になる。
主人は顎鬚をしごきながらサイズを見た。
「んー、結構大きいのが必要なんだな……まあでも、そんなに高くはならねえよ」
「本当ですか!?」
「ああ。そもそもコレ、消耗品の粉袋に使う布だぜ? 元生地も袋用だからデカいので作ってもらっているし、このサイズ……うちの反物で言えば、二枚あればカバーできるんじゃないかな」
こともなげに答えるオヤジの言葉に、学院生はワッと沸き立った。
「左右で一枚ずつか! それなら張り付けしやすくていいな!」
「細かく縫合しないで良いって言うのもありがたいよ!」
オヤジは更になにやら計算をはじき、ホッブに指で数を示して見せた。
「無地じゃなくても良いってんなら、値段は一枚当たりこれぐらいでどうだ?」
髭オヤジの提示金額は、反物一枚当たり銀貨八枚。
これは決して安くはないけれど、扱いやすさを考えたら帆布よりまだ安い。破れた時の為に予備も買うとしても、無理なく何枚も購入できる。
値段を見せられたクラエスフィーナとダニエラも即決で頷き、ホッブは主人と握手した。
「コイツは良い買い物だったな」
「そうだね! 幸先が良いよ!」
ホッブの満足げな一言に、クラエスフィーナもホクホク顔で頷いた。サンプルで粉袋も二枚もらったので、ラルフ宅で研究中の模型作りが進めばさっそく使ってみることができる。
これで翼を支える布は確保ができた。
「よし、次はゴムを売ってる店だな」
「この調子でいい出物があるといいなあ」
笑顔で出て行くホッブとクラエスフィーナに続き、後を追うダニエラも酸欠でのたうち回っているラルフの尻を上機嫌で叩いた。
「おいラルフ、おまえも死にかけてないでサッサとついて来いよ!」
『紐を、はずしてーっ!?』
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