第52話 パンツ万能論

「一番大事な仕事?」

 ダニエラのみならず、クラエスフィーナも首を傾げている。

「飛べるモノを作る事じゃないの?」

「最終的な所はそこだが、大人の事情があるだろうが」

 ホッブが一生懸命“家族と”値切り交渉しているラルフを指した。

「その“飛べるモノ”を作るのに、金が無いから四苦八苦していたんだろう? 空とぶ翼はガキどもに任せるとして、俺たちはその材料を買って手間賃バイト代を払う、「現実」資金稼ぎを担当しなけりゃならねえ」

「うっ……」

 呑気な顔で「課題」が勝手に出来上がるのを待っているつもりだった女性陣が、苦い物を飲み込んだ顔になる。

「そうだったよ……すっかり忘れてた」

「あー……つまり、あたしらのやるべき仕事って……」

「『おじちゃん、ありがと!居酒屋の接客バイト』ってことだ」

 「黄金のイモリ」亭での(精神的に)キツイ仕事を思い出し、重い溜息を吐くエルフとドワーフ。

「導師っていいよね……自分の研究やってるだけで学院から経費が出るんだよ?」

「ろくなことをしてねえのにな」

「あんな社会不適合者の金銭感覚に一学院生が乗っかるんじゃねえよ。そんなんだから研究費をデブになるの食べ歩きに突っ込むんだ」


 今頃研究費の使い込みを反省している二人に商人の息子ホッブがさらにお小言をクドクド言っていると、激しいネゴシエーション家族のふれあいを終えたラルフが良い顔で話題に帰ってきた。気がつけばラルフの父と妹は姿を消している。

「どしたの、二人とも?」

「いや、ダメな大人になるなって話をな……その様子だといい条件を引き出せたようだな」

「うん!」

 ラルフはホクホク顔で持っていた契約書を振った。

「ジュレミーの紹介料は毎週契約更新のたびに取るんじゃなくって、最初に一括でまとまった額を払うことで勘弁してもらった」

「あのアマ、延々中抜きするつもりだったのかよ!」

「父さんの倉庫使用料は月借りじゃなくて日割りでなんとか承知してもらえたよ。その代わり一週間長くなるたびに一日、ホッブの無給労働をボーナスで付けることになった」

「だからなんでおまえの家族は俺を勘定に入れるんだ!? 本人の許可も無しに!?」

「元手がかからず売れるモノがホッブの人権それしかないんだもの」

「いいか二人とも! こういう逆方向に悪い大人になってもダメだ!」



   ◆



 ラルフがコーヒーを入れるのを横目に見ながら、チーム一同はラルフ家の食卓で今までのおさらいを始めた。


 湖畔での実験失敗で得られた改善点五個のうち、三つまではとりあえずの対策ができた。

 “翼の安定性”と“安全な降り方”は後輩・・たちの研究待ち。“発射台”はゴムバンドの入手が可能なら、そんなに難しい構造じゃない。

 となると後は、“布張りの材質”と“風魔法の推力への応用”をどうするかだ。


「うーん、帆布に替わる素材……強度があって薄い布。何かあるかな?」

 コーヒー豆を挽きながら、ラルフは宙を見上げて考え込んだ。

「風を通さないってのも大事だぞ? 抜けて行っちゃうんじゃ、揚力が下がっちまう」

 明らかにラルフがコーヒーを淹れるのを待ってるダニエラが、選定するのにはずせない点を指摘する。

 帆布の弱点は目の粗さにもあった。僅かずつでも布地を通して風が漏れるので、弱風だと風が通り抜ける割合が多くて揚力を維持できない恐れがある。


「単価も考えろよ? “翼”を作るってなると結構な面積になるからな。向き不向きに加えて、調達できる値段でないと困る」

 ホッブが別の角度から課題を上げた。

 風洞実験場の助教に言ったほど金が無いわけではないけれど、決してジャブジャブ使えるほど予算があるわけでもない。


「普通の布ってそんなに大きくないよね? 小さいのを繋ぎ合わせるとなると、接着の方法も考えないと……」

 クラエスフィーナが技術的な問題もあると言った。

 帆布は文字通り帆船の帆に使うので巨大なサイズで作られているけど、服や袋の作成に使われる布はそんな大きな幅では売っていない。


 今出た意見を合わせると。

「目が詰まってて……」

「薄くて軽い……」

「それなりに買いやすいお値段……」

「繋ぎ合わせ……」

 皆それぞれに思い思いの格好で考え込み……クラエスフィーナを除く三人が同時に呟いた。


「クラエスのパンツをどう加工したら使えるか……」


「私のパンツから離れて!? なんで!? どうしてここで私のパンツが出てくるの!? このあいだのコーヒーフィルターよりさらに支離滅裂だよ!」

「まあ待て待て」

 キレるエルフの主張を、他の三人はいやいやとあくまで真面目な顔で否定した。

 ダニエラがなだめるように言う。

「だってさ、薄くて目が細かくてそれなりに数があるってなると……クラエスのパンツははずせないだろ?」

「はずせるよ!? 余裕で候補からはずれるよ!? 全然全くパンツは向いてないよ!? パンツに使う布地なら判るけど、なんで“私の”限定なの!? 」

 ホッブがいきり立つクラエスフィーナに一応の配慮は示した。

「クラエスの懸念もわかるぜ? 一枚当たりの面積が小さいから縫合が大変だって言うんだろ?」

「そんなミニマムな所は問題にしてないよ!? だからパンツ用の布地ならともかく、なんで“私の”限定なの!? 何? 私のパンツは万能薬かなんかなの!?」

「クラエス……おまえ年頃の乙女がさっきから、パンツパンツ連呼するのはどうなのよ」

「誰が言わせているのよ!?」


 エルフがギャーギャー喚いているのを横目に、ずっと黙って考え込んでいたラルフがハッと閃いた顔をした。

「そうか……クラエス・パンティーは万能通貨ではあるが、万能薬ではない! どんな場合でも使えるわけじゃないんだ!」

「パンティー言うな!? あと、通貨でもないよ! 下着以外に用途なんて無いよ!?」

「えー? だってコーヒーフィルターには使えるって……」

「そ・れ・は・ラルフの発案だからね!? 私は一言も言ってないからね!」

 ラルフが指を鳴らして三人に向き直った。

「これも発想の転換だよ!」

「と言うと?」

 ダニエラの問いに、表情の明るいラルフは今思いついた“解決策”を明示した。


「何もそのまま使わなくてもいいんだよ。クラエスのパンツを高く売って、高くても良い素材を買えばいいんだ!」


「!」

 ホッブとダニエラも意表を突かれた顔をしてラルフを指差した。

「それだ!」

「それじゃない!」

 一人ブーイングのクラエスフィーナを置いて、三人は興奮して話し始める。

「冴えてるぞラルフ! なんなら物々交換してもいいな!」

「パンツを賞品に、使える素材を探させるのはどうだ?」

「なんだ、簡単だったな。ハハハ!」

「パンツ前提で進めないで!?」

 仲間の晴れ晴れした笑い声に、一人孤独なエルフの悲鳴が被さった。



   ◆



 なぜかクラエスフィーナが本気で怒ったので、布は他の方法を探す事になった。

「と言っても、思いつかないんだよな~」

 せっかくのエポックメイキングな解決策を却下され、一転して途方に暮れたラルフがぼやく。他の三人もその点については同様だ。

 ダニエラが指摘した。


「そもそもよ。この中に、世間にどんな布地があるか知ってるヤツはいるか?」


 沈黙が場を支配した。

 全員知識無し。


「おい、物も知らないのにどうやって探せと……」

「他人の事を言えないだろ、ダニエラ」

「そういうテメエはどれだけ知ってるんだよ、ラルフ」

「ぼ、僕だっていくらかは知ってるよ!」

 ドワーフに煽られたラルフが、ムキになって指折り数え始める。

「まずクラエスのパンツでしょ?」

「私のパンツを数えるな!」

「僕のパンツ、ズボン、上着、導師のマント、帆布、麦粒の袋、粉袋、テーブルクロス、ベッドのシーツ……ホッブ、他に何かある!?」

「ラルフ、確かに全部手触りが違うのは判るが……おまえが数え上げているのは布製品だ。布自体じゃねえ」


 ラルフが上げた品の数々を聞いていて、クラエスフィーナが一つ思い当たった。

「ねえラルフ。ラルフの家って製粉までやっているの?」

「ん? うん、そうだよ。粉で仕入れて売るよりも粒で仕入れてうちで粉にした方が、注文に小回りが利くし利鞘が大きんだ」

 大事なのは特に後半。

「それならさ」

 クラエスフィーナが身を乗り出した。 

「粉用の袋を買っている問屋さんを紹介してもらえないかな。そこなら布を扱うところを知ってそう」

「あ、なるほど。それはうまい考えだな!」

 クラエスフィーナの発案にダニエラも膝を打った。


 が、ラルフとホッブは相変わらず渋い顔をしている。

「……どしたの? 商売上まずいの?」

「いや、それはまずい事は無いんだけど……」

 心配そうなクラエスフィーナに見つめられ、ラルフとホッブは顔を見合わせた。

「……父さんに何か頼むとなると、見返りが怖いよね」

「クラエスの進路がいよいよ狭まりそうだな……もしくはさらに情報料上乗せか……」

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