第51話 新たなる同志たち

 ラルフの家に四人が到着すると、店舗二階でジュレミーが待っていた。

 学校から帰って来てそのままらしく、幼年学校の制服だ。妹の後ろには同じ姿の同級生が五人いる。

「注文どおり、工作が得意な人間を集めたわよ」

 ホッブに言われたラルフが妹に頼み、人を集めてもらったのだ。

「助かるよ、ジュレミーちゃん!」

「これぐらい気にしないで。クラエスちゃんの為よ」

 喜ぶクラエスフィーナに、ラルフ妹がはにかんで答える。

「いや、ホントにありがたいよ。助かる!」

「恩に着なさいよ、バカ兄。年下の手まで煩わせるんじゃないわよ、ったく」

 労をねぎらうラルフを、妹が蔑んだ目で罵倒する。

「なあ、ジュレミー。クラエスに対してと僕に対してと、ずいぶん態度が違い過ぎない……?」

「クラエスちゃんは客。バカ兄は従業員身内。接客してほしければ、その分金を払いなさい」


 初めてジュレミーを見るダニエラが、横のホッブに囁いた。

「おい、なんだあの商売人。あれが兄妹のスキンシップかよ」

「これぐらいで驚いてるんじゃねえ。コイツの家じゃこれが普通なんだ。なにしろ家族全員、こんなのしかいねえ」

「おまえん家は? ホッブの家も客商売なんだろ?」

「うちか? うちは……知らない方がいいぞ」

 いつもは小気味よく他人を罵倒するホッブが、妙に歯切れ悪く言葉を濁した。

 思わずダニエラが振り返るが、視線を感じているはずのホッブは目を合わさない。

「ハッキリ言えよ。余計に気になるじゃねえか」

「特にダニエラは知らねえほうが良い」

「なんで“特にあたしは”なんだよ?」

「聞くな。ただ……ひとつ、俺からおまえに言えるのは」

 いつもは「ああ言えばこう言う」ホッブが、珍しく遠い目をして黄昏たそがれている。

「……おまえ、うちが見える範囲には絶対足を踏み入れんなよ? 身の安全は保障できねえ」

「おまえん家に何があんの!? どういう家なの!? その理由を言えよ!? なあ!?」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいるダニエラを見て、クラエスフィーナがラルフに囁いた。

「ねえラルフ。ホッブの家に何があるの? 幼馴染だから知ってるでしょ?」

「まあ……」

 ラルフも言いづらそうに頬を掻いた。

「……ホッブの兄ちゃん、ペドフィリア国の王子様ロリータコンプレックスなんだ」

「ああ……」

 クラエスフィーナにも理由は分かった。確かにダニエラは、ロリっ娘と見れば可愛いうちに入る。

 さらにラルフが付け加える。

「それでホッブの父ちゃんは、それに加えてロリコンで小高き丘の賢者巨乳好きも兼職しているんだ」

「複雑なご家庭なんだね!?」

「複雑なのはホッブの家じゃなくて、父ちゃんの性癖。とりあえず変態百貨店ホッブの家族は置いといてさ、課題のほうを進めようよ」



   ◆



 ホッブが考え付いたのは全然足りないスタッフを、という逆転の発想だった。


 ジュレミーが連れて来た五人の同級生に、ホッブは今の状況を説明した。

「というわけで、今クラエスのチームには絶望的に人手も時間も足りねえ。そこで君たちに小遣い稼ぎアルバイトで手伝いをお願いできねえかと、そういう訳なんだ」


 エンシェント王立学院の動学系学生は一人残らず、この課題関連でどこかのゼミへ動員されている。一人も余っていない状態でスカウトもできず、クラエスフィーナのチームは専門知識も無くって苦戦していたわけなのだが……。

 だが。それは学院内に限った話だ。

 学院内には確かに余剰人員はいない。だけど、学外に出てしまえば適性のある人間なんかゴロゴロいるのだ。そう、例えば……工造学科とか。


 ホッブは試験要綱の紙を見せながら少年たちに何をして欲しいかを語った。

「具体的には、機体設計と模型製作を君たちに頼みたい。ラルフ妹ジュレミーの話じゃ、君ら飛空機の模型を作って飛ばしたりしてるそうじゃねえか。それの延長線で考えてくれ」

「なるほど」

「それなら僕らでもお役に立てそうですね」

 幼年学校生たちは、ラルフ達よりもよほどしっかりした様子で話を聞いている。


 未来の後輩? たちに説明するホッブを見ながら、ダニエラは呆れてため息をついた。

「機体設計と模型製作って、それ全部丸投げってことだろ? ……学院生が幼年学校の生徒を集めて頼む話じゃねえな。まるっきり逆じゃねえか」

 学院レベルの課題研究を、本来自分たちより知識も経験も少ないはずの子供たちへ……ほぼ外注。

「まあ、仕方ないじゃない」

 ラルフが苦笑いで、呆れているダニエラの頭をポンポン叩いた。

「うちのチームにがいれば、こんな手を使わずに済んだんだけどね」

「ぐはっ!」

「いつまで経っても風車の羽根板しか作れない、工造学科しかいないからねえ」

「ひぎっ!?」

「チームに工造学の知識が豊富な人間がから、僕らがあれこれ無い知恵振り絞るよりよ」


 そう。

 本当に呆れるべきは、胸にグサグサ突き刺さる言葉に苦悶しているドワーフだった。


 実際、どう見ても……。

「設計するのにこの条文を見る限りだと、技術面で特に禁止事項はないんだよね?」

「材料は支給されるんだろうな? 材料費でもいいけど」

 年下の子供たちの方がアテになるのが現実だ。

 ホッブが彼らの疑問に、基本全部OKだと話した。

「学院からの規定しばりは渡したメモ以外にはねえ。材料費も出すし、必要な物があれば用意する。もちろん買い出しの手間賃も払う。設計図の仕上げも書いてくれれば、清書代もちゃんと出すぞ」

「模型は好きに作っちゃっていいんすか?」

「縮尺をきちんと測って、十倍した時に実物大になるようにしてくれ。形も構造もおまかせだ。サイズと重さをクラエスのちょうど十分の一に合わせた人形があるから、それを積むものとして設計してくれ」

「わかったー」

「承知!」

 頼もしさ、ドワーフの数十倍。


 さっそく検討を始めた幼年学校生たちを眺めながら、ホッブは満足そうに頷いた。

「はじめっからこうすればよかったな」

「そうだねえ」

 仲介したラルフも感慨深い。

「導師たちもまさか、何の関係もない幼年学校生まで動員するとは思ってないだろうね」

「規定に『学院外に手伝いを頼んではいけない』なんて書いてなかったからな。ザルだらけの課題なんだ、こっちも隙間を突いてやろう」

「さすがは法論学科にこのペテン師ありと唄われるホッブだよ。条文のアクロバティックな拡大解釈に関しては右に出るものがいないね」

「はっはっは、褒めるな褒めるな」

 がやがやと議論しながら紙にスケッチを描き始めた彼らに後を任せて、ラルフたちは作業場所にした空き倉庫をそっと出た。



   ◆



 台所に降りると、ラルフ妹がお茶の準備をしてくれていた。

「ジュレミー助かったよ。五人もいればだいぶ早いと思う」

「クラエスちゃんの役に立てて嬉しいわ」

 クラエスフィーナの前だからということもあってか、鼻高々に胸を張るジュレミー。クラエスフィーナに感謝されて嬉しそうでもある。

 それは別に良いんだけど、兄としては妹が「お兄ちゃんの為」とは言わないのがちょっと寂しい。

「まあ、そもそもそんなことを思ってくれないか」

「何言ってるの?」

「ううん、なんでも。ただの一人ごと」


 とにかくこれで、全く進まなかった研究に光明が見えてきた。

 クラエスフィーナが息を弾ませる。

「どんなものができるかな。楽しみだね!」

「あたしはなんか、複雑だぜ……今までのあたしの努力がまるっきり無駄みてえじゃねえかよ」

 一方ダニエラは、お株を取られて複雑なようだ。

 そこにはホッブがツッコミを入れた。

「それを言ったら、役立たずなおまえにつき合った俺たちの時間の方が無駄すぎるんだが」

「ふぐっ!?」




 希望が見えてはしゃいでいる友人たちを横目に……ラルフは静かに気を引き締める。

 彼の予測ならば、彼自身の仕事は……逆にこれから始まるはずなのだ。


「それはそうと、お兄」

 お茶を飲み干してカップを机に置いたジュレミーが、さっそく愚兄の方へ身を乗り出した。

「彼らに払う手間賃と別に、私にも紹介料出るんでしょうね?」

「うちの妹はしっかりしてるよ……」

「当たり前じゃない。こちとら商売よ」

 ラルフ妹にも、きちんと商売人の血が流れているようだ。


 そしてもちろんこの人も。

 息子の声を聞いて、ラルフ父が食堂へ顔を出した。

「おいラルフ、倉庫の貸し賃は月払いでいいよな?」

「えー!? 日割にしてよ、父さん!」

「おいおい、それじゃうちに旨味がねえじゃねえか」

「予算が厳しいんだよ!」

「紹介料は当然一人当たりよね?」

「全員雇ったんだから、まとめてサービスしてよ!」

 全員手に紙とペンを持っている。もちろん、契約書を作るためだ。


 ホッブは憮然とした顔で、クラエスフィーナは呆気にとられた顔で、ずいぶんビジネスライクな親子兄妹喧嘩を眺めた。

「本当にこの家は……」

「王都のおうちって、みんなこうなの?」

「そんなわけあるかい」




「だけどさ」

 ダニエラがラルフ一家の掛け合いを見ながら呟いた。

「あたしら今度はやることがないな」

 今まで四苦八苦していた研究を全部他人とししたに押し付けた。

 そうなると彼ら四人はモノが出来るまで、逆に手持無沙汰だ。

 だけど、それを聞いたホッブが首を横に振った。

「おいおいダニエラ。俺たちの一番大事な仕事を忘れているぞ」

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