第50話 問題の解決法
「とまあ、昼間そんなことがあってだな。それで」
話を聞いていたラルフとクラエスフィーナに、ホッブはそこまで経緯を語って説明を締めくくった。
「よくわかんねえけど、そうしようかという話になった」
「ホッブも影響され過ぎだろ!? “よくわかんねえけど”ってなんだよ!? 具体的なアイデアを出せよ!」
「そう言う事こそ皆で意見を出し合うのが重要なんじゃないか。四人で考えようぜ」
「……バカが四人集まってもロクな考えは出てこないと思うけど」
「それは分かっているが、四人全員で考えれば失敗したって連帯責任だろ? 俺が考えたら俺だけの責任になるじゃねえか」
実験機で墜落を実際に体験したクラエスフィーナも、上に乗る方式に賛成だった。
「上に乗れば、昨日みたいなことがあっても脱出まで余裕があると思うの。救助が来るまで待ってられると思うし」
ホッブも上乗り推進派だ。
「上に乗ればベルトの本数を減らせるんじゃないか? そもそも今のベルト四本って、機体から離れないようにって言うよりも身体を吊るす為だろ?」
逆に、最初は気が移っていたダニエラは反対に回った。
「翼の下に搭乗者を吊るすなら、重心が機体の下にあるから安定するけどよ。上に乗るとフワフワ浮き上がる機体を、下から引っ張る力が無くなっちまう。逆に上が重くなるから、風に煽られた時に転覆しやすくなるんじゃないか?」
そこまで言ったダニエラがクラエスフィーナを見た。
「つまり翼に、重てえクラエスの体重をどう負担させるかって話よ」
ホッブが頷いた。
「なるほど、重いクラエスが問題だと」
ラルフが唸った。
「うーん……僕はクラエスはこれくらいで良いと思うんだけどな。抱きしめた時の身体の細さと軟らかさのバランスが最高だった」
クラエスフィーナが椅子を振り上げた。
「重い重い言うな! あとラルフ、主題が違ってるよ!?」
どうにも打開策が出てこない中、ラルフが両手を広げて注目を求めた。
「どうもコレは、僕たちが考えていても答えが出ない問題だよ」
「じゃあどうするんだ? どこで答えを出す?」
ホッブに聞かれ、ラルフは実験棟の方を指した。
「経験豊富そうな人がいるじゃない」
◆
「というわけで、ご意見を伺いに来ました」
ラルフたちは風洞実験室に来て、管理者の助教に意見を求めた。
「その答えを出すのが、君たちの課題研究じゃないのかね?」
助教の言う事も真理である。
だけどその程度の指摘で引き下がっていては、市場で値引き交渉なんかできやしない。今必要なのは学者の冷静な理論では無くて、最短最小の努力で及第点に(他力で)たどり着く買い物中のオバちゃん的厚かましさである。
「結論を出して欲しいと言うんじゃありません。助教の豊富な経験に基づいた、一般論としての含蓄ある分析をお聞かせ願えればと思いまして」
「ふむ……」
ラルフのところどころに学者の自尊心を刺激する語句を散りばめた「物は言いよう」理論に、助教は顎をさすって考え込んだ。この辺りのおだて方はクラエスフィーナやダニエラには考え付かない。商家の息子ならではの駆け引きの仕方と言える。
考えをまとめた助教が顔を上げた。
「……まあ一般論で言うならば、どちらが正しいというものではないな」
「そうですか」
「機体の形状や推進方式によって、有利不利が逆転する場合がある。あるいは関係ない、それもある」
「はあ」
設計上の仕様が細かく決まらないと断言はできない。そう助教は指摘した。
「そもそも君たち。現状で君たちの実験機は、最低限の初歩の初歩でしかないんじゃないかね? あの梯子に布を張ったような実験機で本番も飛ぶ気じゃないだろうな?」
「そ、それはぁ……」
ダニエラが気まずそうに視線をそらせる。
「そのつもりだったな?」
「もしくは、先の事を何も考えていなかったかだよね」
「両方じゃない?」
仲間たちの厳しい目線に焦ったダニエラが、お得意の“見えない壁のパントマイム”を始めた。
「いやほらそれはあれだ! とりあえずクラエスを空に飛ばすという目的がまずあってうまく行かないから次のステップのリアクションが取れないというか別にあたしが思いつかないとかそういうわけでもなくて……」
「一言で言え」
「みんなで考えようぜ」
助教が設備を指した。
「どちらがいいのか、まず機体形状をそれぞれ決めて滞空実験を行うべきだろう。現状ではいまだ空を飛ぶのに定理はない。理論でどちらが有利というのが分からない以上、良いか悪いかは機体の設計によるとしか言えないんだからな。その為の風洞実験場だろう?」
「それはそうなんですが……」
助教の言う事は正論なのだが、時間のない身でそれはちょっと厳しい。
クラエスフィーナが指先をもじもじさせながら、恐る恐る答えた。
「私たち、今から二種類も実験機を作るお金も時間も無いんですけど……」
「だから君たち、その為の風洞実験場だろう」
助教がかみ合わない事を言い出した。
「……はい?」
「ここの本来の目的を知らないのか? 建物などの構造が嵐に吹かれた時にどうなるか、模型を置いて調べる施設だぞ?」
助教が壁の棚に並べてある神殿や民家の模型を指し示した。中には屋根がもげている物もある。
「実物の建物を置いたら、扇風機ごときでは嵐は再現できん」
「まあ、そりゃそうですね」
あの扇風機は確かにすごい風を巻き起こすけど、大嵐を再現できるほどではない。
「ここでは寸法・構造をきちんとした縮尺に合わせ再現した模型で、嵐を受けた街並みがどうなるかを試すんだ。使えるかどうかもわからない実験機をフルサイズで何機も作っていたら、それこそ金も時間も足りないだろうが」
目からウロコの話をされ、自然と視線がダニエラに集まる。
皆に注目されていることに気がついたドワーフは、視線を忙しく彷徨わせ……。
ホッブがドスの効いた声で静かに確認した。
「おいダニエラ。おまえ最初に来た時、風洞実験場の用途を知ってたよな?」
「……エヘッ?」
「エヘッ、じゃねえよ!? まず模型で試すのなら全然手間が少ねえじゃねえか!」
「いやホッブ、それは分かってる。分かってるんだがよ」
ダニエラがいきり立つホッブを押しとどめ、重々しく首を振った。
「いいかホッブ。模型と言っても、そこらで売ってる子供のオモチャじゃねえんだ。実機の図面をもとに正確にサイズとかを縮小して、同じ材質で作る必要があるんだ」
「それはそうだろうな」
ダニエラが胸に手を当て、真剣な顔で叫ぶ。
「そもそも図面が描けねえあたしが、さらにチマチマ細かい模型を作れると思ってんのか!?」
助教に引きずられていくドワーフを見送り、ラルフがため息をついた。
「そう言えばダニエラ、最初に釘が打ちやすいからって家具がつくれそうな材木で骨を作っていたっけね……」
「ああ。……俺たち、うっかり忘れていたな。アイツのポンコツっぷりが筋金入りなのを」
へんにょりと耳が垂れているエルフが泣きそうな顔で呟く。
「ダニエラがあの調子だと、また模型作りですごい時間を取られそうだよ……間に合うのかなあ?」
「うーん……」
正直唯一の工造学科がアレでは、心もとないにもほどがある。
ラルフとクラエスフィーナが先行きの不安に揃ってため息をついていると……。
「一つ手を思いついた」
「ホッブ?」
一人考え込んでいたホッブが、何か腹案を考え付いたらしい。
「ラルフ、おまえの妹に力を借りたい。クラエスの為って言うなら手を貸してくれるんじゃねえか?」
「それは頼んでみるけど……何をするの?」
ホッブがニヤリと笑った。
「外注だ」
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