第49話 足りないモノをなんとかしたい
翌朝、一旦クラエスフィーナの研究室に集合した四人は二手に分かれることにした。ドルーズ導師にクラエスフィーナとラルフが聞きに行き、ホッブとダニエラは「安全な降り方」の研究で工造学科をうろついてみる。
ドルーズ導師の研究室へ行く前に、ホッブは二人に注意を与えた。
「いいか、相手の話を全部聞こうと思うな」
「え? というと?」
不思議がるラルフに、ホッブは予測を明かした。
「導師なんてのは承認欲求の塊だ。このオッサンがどういう人物だか知らねえが……多分研究の事を聞けば延々“武勇伝”が続くはずだ。俺たちはゴムの手配さえできれば研究成果なんてどうでもいい。とにかく長話は右から左へ聞き流して、肝心の『どこで手に入るか』だけを気をつけて聞いて来い」
「わかったよ!」
一時間ほどして、ちょうどドルーズ研究室の前を通りかかったホッブとダニエラ。ダニエラが研究室の扉を指差した。
「なあホッブ、あいつらまだ話の最中かな? 覗いて行かねえ?」
「そうだな」
そーっと扉を薄く開くと……ソファに座ったラルフとクラエスフィーナに、対面の偏屈そうな爺さんが身振り手振りを入れて自分の知識を披露しているところだった。
「つまりだな、ゴムノキからの収量は木の生育環境にもずいぶん左右されるのだ。これは各地の林を数十本単位で観察して得られたデータで、つまり統計の……」
二人はそーっと扉を閉めた。
「やっぱりか。まだまだ長くなりそうだな」
「ああ。あの分じゃ当分解放されそうにないな」
ホッブとダニエラはまた研究室の前を通りかかった。一応覗いてみる。
ラルフとクラエスフィーナの前で、興奮してローテーブルに片足をかけた導師が口角から泡を飛ばしながら大きくジェスチャーを入れて喋りまくっている。
「儂は決断した! 伝説のカチェム種がここにしかないと断定できるからには、禁忌の森と言われようと探査に入るしかないと! 止めるロバンギ族に感謝を告げて、儂は僅か十五人の探検隊を連れて奥地へ分け入った! その艱難辛苦の冒険行は筆舌に尽くしがたいが、その中でも特に困難を極めたのが……」
昼になっても二人が全く戻ってこないので、ホッブとダニエラはまた覗きに行ってみた。
ラルフとクラエスフィーナの前で、諸肌を脱いだ導師が青銅の槍と円形の盾を構えて戦士の踊りを踊っている。
「スッタラニ族の戦士は出撃の前に、神の前で勝利を誓う聖なる踊りを奉納する! 彼らは地底神メイヨを信奉していて……」
もう日が陰る頃になって、やっとラルフとクラエスフィーナが戻ってきた。歩くのもつらいくらいに疲労困憊している。
「お帰り……大変だったみたいだな」
ダニエラが出したお茶を、涙目のクラエスフィーナは両手で包むようにしてちびちび飲んだ。
「かれこれ七時間聞いてたよ……もう、永遠に終わらないかと思ったよ……」
ラルフもぐったりと机に伏せた。
「何故だろう……自慢話が長くないだけで、うちの導師が尊敬できる気がしてきた」
「気がするだけだ。短いだけで、同氏はどいつもこいつも同じ穴のムジナだ」
ぐったりしている二人に、ホッブが先を急かした。
「それで? ゴムの帯は入手できるのか?」
「うん、そこはちゃんと聞いて来た……」
ラルフが疲労で震える手でメモを出す。
「均質な製品が必要だったら、貿易商通りの問屋で買えるって……」
「店で買えるのかよ!? 導師のコネ必要ねえじゃん!」
ダニエラの叫びに、ホッブの嘆息が重なる。
「……今日一日の努力がほとんど無駄だったな」
「あうー……誰か、慰めて……」
クラエスフィーナの嘆きが卓の上を転がった。
◆
「それでホッブ、“安全な降り方”の方は進捗があったの?」
ラルフに聞かれ、ホッブが胸を張った。
「おう、それな! ちょっと大事な点に気がついた」
「大事な点?」
「なにも今の形にこだわる必要はないってことだ」
ホッブとダニエラは着水した時のクラエスフィーナの安全をどう確保するか、ヒントを求めて学院内をうろつき回っていた。
歩きながらダニエラが急ぎ改善すべき点を挙げた。
「問題を切り分けるとだ。まずクラエスが水没した時に身体を固定しているバンドを簡単に外せるかどうか。コイツはマジでクラエスの命に係わる」
「おう」
「そして次に、上からのしかかってくる機体からどう脱出するか。その二点だと思うんだよなあ」
ダニエラが指摘したように、墜落の瞬間に同時に起こっていても問題は二つに分けられる。
「優先すべきは固定バンドの方だが……もっと外しやすくできねえか?」
「しかし、簡単に外せやすいということは外れやすいということでもあるぞ? クラエスが空を飛んでいる間に、もし空中でほどけてしまったら……」
「高所恐怖症が余計にひどくなるな」
生きていればの話だが。
「四か所で縛っているから、湖に突っ込んでから窒息するまでの間に冷静に外せるかもあるんだよなあ。その間、クラエスがパニックにならずに行動できるかどうか」
ダニエラが友人の性格を考えてため息をついた。
「難しいか」
ホッブから見ても、クラエスフィーナはパニックになった時にとっさに頭が回りそうにない。
やっぱり搭乗者に機敏な動きを期待するのではなくて、バンドの方をうまく作るしかないだろう。
「バンドを簡単に外せ、だけど簡単にはほどけないように縛る。何かできねえかな」
「うーん、と言うと……」
ダニエラが真面目な顔で振り返った。
「固結びを止めて、蝶結びにするとか?」
「おまえ固結びにしてたのかよ!? そんなの四か所もとっさに水中ではずせるか!」
「あ、やっぱ無理?」
「できるかどうか、自分で水に浸かって試して来いよ、すっとこどっこい!」
「バカかおまえ、あたしゃそもそも空を飛ぶこと自体ごめんだ! クラエスがなんとかやりたいって言うから手伝ってるけど、自分の事だったら奨学金の方をあきらめてるね!」
「……それクラエスに言うなよ? アイツ楽に流される性格だからな」
機体の造りに関する事だからと工造学科棟をうろついてみるけれど、そんな簡単にはアイデアは転がっていなかった。どうにも徒労で終わりそうだ。
なお、自分で見つけるという手段は絶対に無理だから最初から考慮していない。
歩き疲れた頃、二人は中庭に見覚えのある先輩を見つけた。
「おいダニエラ、あそこの周りより頭一つデカい姿は……」
「ありゃ、このあいだのアントニオ先輩だろ。うちの学院にオーガはそうはいねえぞ」
そこにいたのは以前湖畔で実験を見学させてもらった先輩だった。今も小型機で実験中らしい。
ちょっと見ていくことにして、二人は中庭へ足を向けた。
ホッブがふと気になったことをダニエラに尋ねた。
「オーガって、王都じゃエルフとどっちが珍しいんだろうな?」
「滅多に都に居ねえ種族っていう点じゃ、どっちかって言うとエルフの方が少ねえかなあ……ちなみに、高く売れるのは間違いなくエルフの方だな」
「……おまえら、友達なんだよな?」
「おまえとラルフが友達と呼べるんなら、あたしとクラエスも友達だぞ?」
以前の物より一回り大きくした“魔法の絨毯”を試していたオーガの先輩は、二週間ほど前に見学に来た二人を覚えていた。
「ふむ、湖面に落ちた後の脱出ができないと」
誠実を通り越してお人好しなんじゃないかと思われるオーガは、実験の中休みにわざわざ時間を割いて考えてくれた。
「今のままだと危険だが、安全帯を簡単にすれば脱落事故が怖いと……うん、道理だねえ」
しばらく考えていたアントニオ先輩は、呼ばれる声に返事をしながら頭を振って立ち上がった。
「ちょっと僕では今すぐアレコレ具体的なアイデアが出ないのだけど……発想を変えてみるのも大事かもしれないな」
「発想を変える、ですか?」
「うん。例えば……搭乗者が機体の下敷きになるのがまずいのなら、上に乗るとか? いや、ふと頭に浮かんだだけだから、ハッキリどうしろとは言えないがね」
後輩から実験結果の解析を説明されている先輩の後姿を見ながら、ダニエラはポツッと呟いた。
「上に乗せる……かあ」
「何か閃いたか?」
「まだイメージは湧かねえんだけど……」
ホッブの問いかけに、迷いの晴れた顔でダニエラは断言した。
「アントニオ先輩が言うと、それでやればなんか上手く行く気がしねえ?」
「おまえ他人に影響され過ぎだろ? 現実問題、その某先輩は研究がうまく行ってねえんだが」
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