第48話 施薬院なんて行くもんじゃないな

 施薬院。

 学院生や職員の怪我や病気に対応できるように、魔導学科の医薬担当が毎日詰めている医療施設である。


 町医者にかかると相当な金を取られるけど、施薬院は学院の厚生施設の一環なので学院生ならば金を取られない。

 医療は高い。単純に薬を買うだけでも、街の薬屋ではそこそこ支払わなくてはならない。だけど、学生が施薬院を使うなら……タダだ。

「そうか、そんな施設もあったっけね」

 滅多に利用する設備ではないけれど、そもそも普通の市民では医者に診てもらえるチャンス自体が滅多に無い。ホッブの言葉通り施薬院の無料利用は“学院生の特権”と言える。

 但し。

 そういうところに詰めているのはイカレた導師マッド・サイエンティストばかりなので、そこで治療を受けるのはある種の実験台みたいなものだ。

 なので、タダと言われても率先して利用したい施設でもなかったりする。


 しかし今はまさにその時だ。

「風邪ひくと判ってんだから、こういう時ぐらい利用して行こうぜ」

「確かにね。寝込んでからだと治るまでに何日かかるか判らないよ」

 クラエスフィーナも賛成した。ダニエラも異論はない。四人はぞろぞろと来た道を引き返した。



   ◆



 今日の施薬院担当は製薬学のクラウディア導師だった。

 直接知っている導師ではない。ただ、とんがり帽子に黒のワンピースという典型的な魔女の衣装コスプレをしていることでは有名な人物だ。頭の中身がイカレていることが多い導師の中では、見た目にまで漏れ出ているので判りやすい方である。


「ほうほうほうほう、風邪の引き始めとな」

 ホッブから来訪理由を聞いて、なぜか満足そうに笑う導師ババア。杖(ただの歩行補助用)を振りかざし、天を仰いで叫ぶ。

「それはちょうどいいところに来たぞ、若人よ! 実はな……昨日、風邪薬を補充したばっかりだったんじゃ!」

 機嫌のいい理由はわかったが、薬の補充ごときでなんで画期的な発明をしたみたいに宣言するのだろう。

 さっそく薬を取りに行く導師に、調剤用なのか暖炉が燃え盛っているのを見てダニエラが尋ねた。

「すいません、導師! まだ服が濡れているもんで、火にあたらせてもらってもいいっすかね!?」

「なんじゃ? 何故着替えをせん!? 濡れた服を着ておってはどこまで行っても発病と治癒の繰り返しであろうが!」

「それはそうなんすけどね……」

 着替えがあるなら着替えている。

 クラウディア導師が部屋の隅にある更衣用のカーテンを指差した。

「タオルを貸してやるのですぐに脱げ! そっちの乾燥室に干しておけば、薬を飲んでしばらく横になっている間に乾くわ」

「あざーす! そうさせてもらえれば助かります!」

 意外に親切な導師に礼を言い、すでに着替えたクラエスフィーナ以外はありがたくタオル一丁になってドライサウナのような小部屋に服を干す……のだけれど、なんだかこの部屋……薬草臭さがひどい。

「あの、導師……この部屋、やけに臭いが付いてませんか? 洗濯物を干すのに向いてないんじゃ……」

 ラルフが恐る恐る尋ねると、呆れたような声が返って来た。

「何を言うとる。施薬院で乾燥室と言うたら、薬草の乾燥用に決まっとるじゃろうが。そこで服を乾かすと燻蒸効果もあるでの、しばらく虫除け効果もついて便利じゃぞ」

「便利じゃぞと言われても……」

 神殿の坊主でもあるまいに、なんで薬草臭い服を若者が着て歩かねばならないのか。三人は顔を見合わせ、家に帰ったら即行洗濯し直すことを決意した。




「それじゃ、そこに横になっとれ」

「はーい!」

 簡易な寝台がちょうど四つあったので、四人はもぞもぞと上がって横になった。すでに体調の悪化を自覚しつつあったから、横になれるのがありがたい。

「あー、身体が疲れているから寝ちゃいそう」

 クラエスフィーナのどこか満足そうな声に、ダニエラがウンウンと頷く。ラルフも隣のホッブへ顔を向けた。

「なあホッブ、施薬院でこれって普通なの?」

「何がだ? 俺も初めて来たからわかんねえよ」

「いやさ。薬を飲んでから横になるんじゃなくて、横になってから薬を飲むの?」

「……そう言えば、そうだな」

 ハッと違和感に気がついた時には手遅れだった。

「ぬおっ!?」

「え? なにこれ!?」

 トラップが作動して、四人の身体はあっと言う間にベルトで寝台に縛り付けられた。


「ふぇっ!? ど、導師、これは!?」

 クラエスフィーナが動揺して声を上げるも……。

「ひょっひょっひょっ! 何、今から投薬する風邪薬がな……効き目は最高にいいのだが味が最高に悪いのじゃ!」

「……はあ」

「で、飲みたがらぬ者もいるから先に患者を固定をすることにしておるのじゃ」

 またもや杖を振りかざして高らかに叫ぶ導師。もう悪の魔導士役とかに成り切っているとしか思えない。

「いや、十かそこらのガキじゃあるまいし……もう成人する学院生なんすよ、俺ら」

 薬が苦いと泣くような年でもないのにとぼやくホッブに、導師が素で返した。

「そんなことはないぞ? なにしろ私が開発したこの新薬、コンセプトが『良薬は口に苦いはず』じゃからな。私も努力を重ね、ついに数滴舐めただけでも『死んだ方がマシ』と思えるレベルにまで到達することができたのだ! 成人だろうが老人だろうが、一さじ舐めれば七転八倒すること間違いなし!」

「薬効の方を努力しろ! 今さらうちの学院の導師に何も期待しないけどよ!? 研究の根っこがズレすぎだろ!?」

「しかも一回あたりの用量がコップ一杯分じゃからの! これは死ねる! 間違いなく魂だけがあの世行き! 投薬が終えた頃にはきっと、生まれてきたことを十回後悔しておるじゃろう!」

「俺たちゃもうすでに、アンタがこの世の中に生まれちまったことを後悔してるよ!」

 導師はウキウキと漏斗とデカい薬瓶を手に取った。

「ふぉっふぉっふぉっ、抵抗しても服を人質にとっておるから逃げられんぞ!? さあ、もう夕刻も迫っておるでな、観念せい! ぬほほほほ、楽しい投薬開始じゃ!」

「あ、クラエスが飲む前に気絶してる」



   ◆



 拘束を解かれても、起き上がれる者は誰もいなかった。


 魂が抜けかけた四人の姿に満足そうに、クラウディア導師は神に勝利のポーズを捧げている。

 やっと頭を起こしたラルフがホッブを睨みつけた。

「おいホッブ、素直に風邪引いといた方がマシだったんじゃないか?」

「これは素直にすまねえ……タダより高い物はねえって……ホントだな……」

 しかし本当に効果が高いのか、身体の方はこの僅かな時間で悪寒も消えていた。大事な時期に風邪を引かずに済んだのには感謝するしかない……とはいえ、礼を言いたいかと言うとそうでもないが。


 取りあえず服も取り戻したので急いで辞去しようとラルフが身支度を整えていると、導師が薬草を束ねるのにゴムの帯を使っているのに気がついた。

「あ!」

「なんじゃ?」

「導師、そのゴムの帯……それって、どこで買えるんですか!?」


 発射台を利用した飛び立ち方を考えるのに、パッと思いつくのはやはり先日見た工造学科の実機試験。

あの時に見た中で自分たちでできかんたんそうなのは、ゴム帯を利用したパチンコ式だ。でも、急に思い立っても仕入先がわからない。

「うん? これかの? これはゴムの研究をしておるドルーズのところでもらってきた物じゃ」

「ドルーズ導師ですか?」

 クラエスフィーナが首を傾げた。


 ドルーズ導師はクラウディア導師と同じく製薬学。つまり工造学科では無くて魔導学科だ。

「素材研究って工造学科じゃないんですか?」

「木材や金属などはそうじゃがの。ゴムは樹液の加工物になるので、そういう物はむしろ私ら製薬学専攻の領分じゃの」

 四人は無言で頷きあった。

 これは良い事を聞いた。ドルーズ導師にあたれば、クラエスフィーナを飛ばせるようなゴムの帯を手に入れる事も出来るかもしれない。




 施薬院を出ると、もう夕闇が迫ってきていた。

「ゴムが手に入れば、発射台はかなりやりやすくなるぞ」

 興奮するホッブにダニエラも同意する。

「そうだな。台自体は木工で何とかなるから、とにかくクラエスの飛ばせるでっかいゴムのベルトが欲しいな!」

「重い言うな!」

 クラエスフィーナのチョップがダニエラの頭頂部へ炸裂する。その横でラルフが、星も見え始めた空を見上げた。

「今日はもう遅いから、明日にでも導師を訪ねてみようか」

「そうだね! ああ、これで問題が一つ解決するかも……」

 クラエスフィーナも鼻息が荒い。

 研究室に戻ってきて反省会をやっていた時は、問題点ばかり追加されてどうしようかと思ったけれど……探してみれば、意外とあちこちにヒントが隠されているものだ。

「よーし! じゃあ今日は早く帰って、明日は朝から導師の研究室を訪問しよう!」

 意気込むクラエスフィーナ……の肩をダニエラが叩いた。

「やる気を出してるところに申し訳ないけどよ。明日の予定の前に、あたしたち今から『黄金のイモリ亭』でバイトだろ? あの小っ恥ずかしい衣装でな」

「……忘れていたかったよ」

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