第47話 今日は真面目に反省会

 風邪もひきそうなのでショウガ入りのお茶を煎れて体を温めつつ、四人は三号機の結果を検討する。

「最後、いきなり挙動がおかしくなったな。あれは何があったんだ?」

 ホッブに聞かれ、クラエスフィーナは天井を睨みながら思い返す。

「えーっとね……そもそもあの段階までも、そんなに動きは安定していなかったんだよ。割と力任せに押さえつけて安定を保っていたって言うか……。なんていうかな、轍だらけのカーブに早すぎる馬車で突っ込んでいった感じ? 今なぞっている轍を踏み越えてヘタに進路がずれれば横転するのがわかっているんだけど、速度が速すぎて抑えが効かなくて、何とか手綱さばきで破滅の瞬間を先延ばしにしているというか……」

「メチャクチャヤバい状態じゃない」

「そうだよぉ……だから気流が乱れると、翼がまっすぐ前を向かなくて上を向いたりお辞儀したり……“翼”の前縁を手で掴んで制御するのは無理があるよ」

 クラエスフィーナの泣き言を眉間に皺を寄せて聞いていたホッブが、ダニエラを振り返った。

「そう言う時、操る方法はあるのか?」

 ダニエラは掌で口を覆ってしばらく考えた。顔を上げる。

「あたしが知ってると思う?」

「時間の無駄だから即答しろ」


 メモ用紙に「1.“翼”の安定性」と書いたラルフが他の三人を見回した。

「とりあえず解決策はまた考えるとして、他に気になったことは?」

 クラエスフィーナが勢いよく手を挙げた。

「湖に落ちるたびにあんなことやってたら、命がいくつあっても足りないよ! 絶対に着水はするんだから、もっと安全に脱出することができないかな!?」

「今回は間に合ったけど、確かに冷や冷やモノだったよね」

「俺までな」

 ホッブのどうでもいい意見は置いておいて、ラルフは「2.安全な降り方」を追加した。

「他には?」

 ホッブが顔をしかめながら指摘した。

「今回の騒動を考えると、“翼”が布張りなのはいいとして……帆布を使うのは怖くねえか? 水に浸かったらあっと言う間に浸水したぞ。水が抜けるってことは空気も抜ける。実は帆布で風を受けるの、効率が悪いんじゃないのか?」

 そう言うとホッブは、さらに一つ付け加えた。

「しかも乾いていても重いのに、それが水を吸ったらさらにドカンと重くなる。頑丈なのも逆にデメリットになって、水の中から脱出するのにスゴイ邪魔だった」

「さすが経験者の言うことは重みが違うね」

「誰かさんのおかげでな!」

 ラルフは「3.布張りの材質」も入れた。


 クラエスフィーナが、あごをつまみながら首を傾げた。

「効率と言えば……推力を得る方式も、今の風魔法を後ろに向けて放つ方式に限界を感じるよ。何にもないところへ放っても、ただバラまいているだけって言うか……」

 唯一の術者に言われ、他の三人は顔を見合わせた。感覚的なところを言われても、実感がないのでわからない。

 誰もがピンと来ていないのを見て取って、ホッブが代表してクラエスフィーナに訊く。

「その感覚、具体的に説明できるか?」

「えぇっ!? そ、そう言われても……」

 ホッブに言われて唸ったクラエスフィーナは……周りを見回すと、捨ててあった紙袋を手に取った。一回ぐしゃぐしゃに潰してホッブに手渡す。

「思いっきり息を吸って、吸って、限界まで吸って……その紙袋に一気に吹いてみて?」

 言われた通りにホッブがする。小さな紙袋は一瞬でパンパンに膨らんだ上に、吹き込む勢いに負けてホッブの手元から弾け飛んだ。

「じゃあ今度は何も持たずに、同じ要領でダニエラに向けて吹いてみて?」

 ホッブが卓の対面に座るダニエラに向かって同じ作業を繰り返した。

 クラエスフィーナはホッブではなく、ダニエラに尋ねた。

「ダニエラ、どれぐらい風が来た?」

 聞かれたダニエラの方は、眉根を寄せて頬を指の爪で掻いた。

「どれぐらいって言われても……ほとんど感じないレベルって言うか……」

「ホッブは? 紙袋が膨らんだ直後みたいな手応えはあった?」

「こっちも全然……まさに空気触っているというか……この二つぐらい違うっていう事か?」

 クラエスフィーナの耳がへにゃりと垂れた。

「そう言う感じ。紙袋みたいに硬い物があれば、風も押すものがあって力強いけど……空気しかないところを吹いても、無くはないってレベルに落ちちゃう感じがするよ。だから全力で魔法を使っても、あの程度だよ」

「あれで全力だったのかよ」

 今日のやたら遅い加速は、魔力……というか風力の無駄遣いもいいところだった。クラエスフィーナの魔法を使えるという特性を活かすのなら、もっと考えねばダメだということだ。


「効率っていうか、もうこれは単純に人数が用意できねえってのもあるけどよう」

 ダニエラも気になる事があるみたいで、後頭部をガリガリ掻きながら手を挙げた。

「飛び立つまでの助走、あれやっぱ発射台方式を考えて見ねえか? 今回クラエスと三人でってのが、すげえギリギリだっただろ?」

 今日の実験では風がどんなものかを甘く見ていて、危うく凧揚げに失敗するところだった。地上班を増やせないのなら、次回も同じやり方というのは無謀かもしれない。

「それはそうだねえ。確実に飛び立てるに越したことないよね」

「次もアレは……確かにな」

 ラルフとホッブも間一髪だったのを思い出し、苦い顔で同意した。今から人員の募集をするのと発射台作成では、後者の方がまだ楽かもしれない。

「よし、それも皆で考えてみようよ」

「だろ?」

「うむ、必要だろうな」

 三人が深々頷きあう中……蚊帳の外が一人。

「……地上で何があったの? ねえ? もしかして、あの時危なかったの!? ちょっと!? 誰か目を合わせて!? せめて何か言ってよぉ!?」




 四人の意見をまとめていたラルフが、メモを読み上げた。

「えーっと、それじゃ次回改善するべき点だけど……。

 1.翼の安定性。

 2.安全な降り方。

 3.布張りの材質。

 4.風魔法による推力の方式。

 5.発射台を用いた飛び立ち方。

 つまりは……」

 自分の書いた物をもう一度よく読み、しばらく考えていたラルフが顔を上げた。

「全部だね」

「全部だな」

「全部よね」

「全部だよな」



   ◆



「うーあー、この格好で帰るのか……」

 とぼとぼ歩きながらダニエラがぼやいた。研究室に半分住んでたきがえがあったクラエスフィーナはともかく、他の三人は生乾きの服を着ているしかない。

「クラエスは着替えがあっていいなあ」

「着替えだけあっただけだよぉ……身体は冷え切っているから、今にも風邪引きそう」

「まだちょっと、湖で泳ぐには時期が早すぎたな」

「夏だって、誰が好きであんなところを泳ぐかい」

 日が暮れかけだと、風がまた冷たく感じる。

「これは、今晩熱を出しそうだな……」

「あ、ラルフもそう思う?」

「ダニエラは大丈夫でしょ? 天下無双のバカだし」

「人の事を言える成績かよ!?」

 そんな喧嘩をラルフとダニエラがしていると、ラルフの前を歩いていたホッブが急に立ち止まった。

「……待てよ?」

「どしたの?」

 ホッブが首を回して学舎を眺める。

「おい、学院生の特権を使おうぜ」

「えっ? 学院性の特権って?」

 ホッブが学院の事務局や導師の会議室がある管理棟を指差した。

「俺たちは課題の実験中に水に入って風邪をひきそうなんだぜ? 充分施薬院を利用する資格があるじゃねえか」

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