第44話 ポンコツエルフ、空を飛ぶ
努力(?)の甲斐あって、研究資金を用意できたクラエスフィーナの研究チーム。いささか日数が空いたが、やっと製作できた三号機をついに実機試験まで持ち込むことができた。
「よ~し、開始!」
ラルフの号令に合わせてホッブとダニエラの踏み込む扇風機が轟々と音を立て始め……風洞実験設備の中心に据えられた実験機(エルフ付き)は風に遅れること十八秒後、骨組が折れることもなくふわりと浮き上がった。
三号機は
「……いった!? いった、やりましたよ助教!」
一分に近いあいだ、そのままの飛行状態を維持している実験機を目にして……一瞬声を詰まらせたラルフは、感激しながら助教を振り返った。
「うん、まあなんとかね」
数十のチームで毎回これを見ている助教は、特に感慨も無く淡々と安定性をチェックしていた。
不安定な機動ながら浮き続ける実験機へ、ラルフは手でメガホンを作って呼びかけた。
「クラエス、どんな感じ!?」
一拍置いて操縦士から返事が返ってくる。
「飛んでる! グラグラして気持ち悪い! 床があんなに遠く!? 怖いよお!?」
クラエスフィーナの返事を聞いて、ホッとしたラルフは後ろで見守っていた助教へもう一度振り向いた。
「搭乗者も順調みたいです!」
「本当に?」
風洞実験を終えて実験機から降ろされたクラエスフィーナの肩を三人が交互に叩いた。
「良かったねクラエス! 今度こそちゃんと飛べたよ!」
「少なくとも不戦敗は免れたな」
「あたしが素材を吟味したおかげだな! うん、やっぱりあたしゃやる時はやる女よ」
「言っておくが、普通はここまで一回目で完成させているものだからな」
また助教に襟首を掴まれて連れて行かれるダニエラを見送り、クラエスフィーナはホッとした顔で息を吐いた。
「は~、なんとか形になって良かったよ……。一か月かかって宙に浮くこともできなかったものね」
クラエスフィーナの独白に、ラルフとホッブもしみじみと思い出を噛みしめ……。
「……いや、実質十日でしょ? むしろ早くない?」
「そうだよな。無駄な文献に振り回されたのと資金稼ぎで滅茶苦茶時間を無駄にしているからな」
「……それは言わないお約束だよ」
明けて翌日。
「ついにここまで来たね……」
キャロル湖のほとりに立ち、クラエスフィーナが風に髪を揺らしながら感慨深げにつぶやいた。
昨日の浮き上がり成功を受け、今日は審査会場にもなるキャロル湖で実機試験をするつもりだ。
出遅れていた自分たちが、実際に審査を行う環境で実験をするところまで持って来た。これは素直に凄いことだと思う。ここまで出来れば、もう試験に落ちても悔いはない……。
「クラエス、現実逃避は終わった?」
「い~や~だ~ぁぁぁ! 風洞実験で二メートルの高さに浮くだけで、あんなに怖かったんだよ!? 本当に空なんか飛んだら、私怖くて死んじゃうよ!?」
「搭乗者がまさかの高所恐怖症ってのは、審査要綱の不備になるのかな?」
「人種も体格も考慮しないで『誰も研究してない分野だから』でいきなり空を飛ばそうってアホな企画だぞ? そんなの無視されるに決まってんだろ」
「こんなの危険で非人道的だよ! もっと安全に配慮した課題を要求するよ!」
「課題に文句があるんなら発表当日に言わないと」
「御意見確かにごもっともだがな。おまえが二週間前に、他所のチームの失敗を笑って見てなきゃ少しは説得力もあったんだがな」
「笑ってはいなかったよぉ……」
いよいよ空を飛べる機体ができたことで、やっと四人は次のステップに進む事ができた。今日の実験は実際にクラエスフィーナを空に飛ばして、前に進む為の推力をどういう手段で得るか検討する。
普通のチームはそこまで決めて機体の開発をするものだが、
まだ飛び立つ方法も考えていないので、今日のところはよそのチームがやっていた人間凧揚げである。
クラエスフィーナを縛り付けた実験機に縄をつけ、長く伸ばした先を三人で引っ張ってとにかく宙へ飛ばすつもりだ。
「今日ちょうど風が強いのは良かったけど、三人ぐらいで引っ張ったところで上手く風に乗せられるかな?」
「クラエス自身の風魔法でも補助ができるだろ。頑張れよ、クラエス」
ラルフとホッブに言われて、いよいよ空に飛ばされるクラエスフィーナは涙目だ。
「ううう、学院でこんな目に遭うとは思わなかったよぉ……ねえ、ラルフぅ……」
「泣いてもダメだよ? これはクラエスが奨学金を打ち切られない為なんだからね」
「わかってるよぉ……だから、銀貨三枚あげるから代わりに飛んで?」
「君は僕をどう見ているんだ!?」
今三人が待機している高台から岸辺まで、つまづく物が無いかをチェックしに行っていたダニエラが戻ってきた。揉めている様子を見て首を傾げる。
「どうしたよ?」
「クラエスが怖くて空を飛びたくないって」
「あ~……」
察したダニエラがポケットをまさぐった。出て来た肉片をエルフに突き出す。
「ほれ、クラエス。ビーフジャーキーやるから大人しく飛んでろ」
「貴方は私をどう見てるの……!?」
「よーし、とにかくおまえら全力で走れ! クラエスは浮き上がったら、しばらくは姿勢の安定に全力! 俺たちが立ち止まって充分高さが取れたら、今回はまずは風魔法で後ろに風を叩きつけて前へ進むのをやってみよう。いいな!?」
「おうっ!」
ホッブの指示を受けてラルフとダニエラがロープを握り直す。ホッブも前に向き直り……かけて、いまいち覇気のないエルフに念を押す。
「もしクラエスが全力で走らなかったり、どう見てもサボってる行動を取るようだったら……次は『おデブなエルフのお通りだ!』と叫びながらやり直すからな?」
「わかったよ!? ちゃんとやります! 怖いなんて言わないから!?」
「行くぞっ!」
ホッブの掛け声に合わせ、前に他のチームがやっていたみたいに四人は湖のほとりに向かって走り始めた。途中からクラエスも補助で魔法を使い、思ったよりは簡単に実験機は空へ浮き上がることに成功する……のだけれど。
クラエスが背負った“翼”が空中で本物の風を受けた途端。
「うぉっ!?」
ガクンと行き足が止まり、ものすごく強い力でロープが後ろへ引っ張られる。
「わっ、わっ、わっ!」
地上の三人が一緒に持ち上がらなかったのが不思議なぐらいに、実験機は強い力で一気に上空へ持ち上げられた。
「くそっ、滑る!?」
「滑るってか、引っ張られて抜けてくぞ!」
ラルフたちは手の中をドンドン駆け抜けるロープを必死に握り締め、摩擦熱で痛い思いをしながら……なんとか最後の最後で、ロープの端を握り直した。
「あっっっぶなかったぁ……!」
青い顔でラルフが思わずつぶやいた言葉に、声も無くホッブとダニエラも同意する。
風の力も、地上では大したことは無い。
吹かれて涼しいだのなんだの言っていられるのは力が弱い地上だからで、少しでも空に上がると風圧はすさまじいものになる。
「上空の風がこんなに強いものだとは……」
「風車が大風にやられてバンバン壊れる訳だぜ、畜生!」
心臓がバクバクいっている三人は、今頃膝が震えてきた。もし一気に引き抜かれていたら、クラエスフィーナがどこへ飛んでいったか……。
「ちょっとー、いきなりロープを繰り出すなんて酷いよッ!?」
何も知らないクラエスフィーナが、頭の上から呑気に抗議して来る。
「急に上がり過ぎて、私すごく怖かったんだからーっ!」
けれど、下の三人はそれどころじゃない。未だに胸の動悸が収まらない。
反応が無いのを不思議に思い、エルフが続けて声をかけてくる。
「どーしたのー!?」
「……あー、悪りー! 初めての事だから加減がわからなかった!」
平静を装っているホッブの声もよく聞けば震えている。さすがに空に飛ばされている本人に、もうちょっとで風に攫われるところだったとは言えない。
というか、三人はもう残りが無いところでかろうじてロープを掴んでいるだけで、今も現在進行形で手綱を離しそう。
(……おい、もうもちそうにねえぞ)
(僕も、手が、すべりそうで……)
(頑張れよおまえら! クラエスが墜落すんぞ!?)
もうもたない。
「ハハッ、なんだかマイキー先輩の脚を掴んでいた時みたいだな」
「思い出させるな、ホッブ! ……しかし」
三人は顔を見合わせた。
どうしよう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます