第43話 ラルフの決意

 ラルフは手繰り寄せた自分のカバン(研究資金入り)をはたいて埃を落とすと、もう一回肩にかけて立ち上がった。いつまでも路上に座っていても仕方ない。

「それに、今はクラエスが大変な時期じゃないか。今僕が告白なんかしたら、予想もしてない話にクラエスの処理能力が追い付かなくなるぞ。大事な時に負担をかけたくないよ」

「まあ確かに、忙しい時に余計な手間だもんな。適当にあしらっていたゲボクが急に『本気なんです!』とか言って告ってきたら、クラエスも『やっべえ、フッたショックでこいつが抜けたら人手足りなくなるじゃん! なんて言って言いくるめよう?』とか考えなくちゃならねえもんな」

「ホッブ……散々けしかけといて、お前というヤツは……」

「すまんラルフ。ついつい嘘がつけない俺の、正直な意見が漏れちまった」


 二人は歩みを再開した。ラルフの家はもうすぐだ。

「僕も正直な事を言えばね。今せっかく居心地が良いのに、クラエスに告ってこの関係を壊したくないんだ。だからもし、気持ちを告白する勇気ができたとしても……せめて課題審査が終わるまではお預け、かなあ」

 今までホッブにもダニエラにも言っていなかったけれど……後ろ向きではあるけれども、実はラルフもそれなりの決意を固めていたのだ。

 覚悟を物語る友人の背中を見やり、ホッブは一点だけ指摘した。

「なあラルフ」

「なんだい?」

「クラエスが審査に落ちたら、余計に言いづらくなるぞ」

「……どうしようね?」



   ◆



 ラルフ宅の裏口から台所に入ると、物音に気がついて妹が出てきた。

「あ、ジェレミーか。ちょうどいい所に。母さんか父さんは起きているかな?」

「あれ? お兄、今日は酔ってないの……て」

 兄が飲んで遅くなったと思い込んでいたカワイイエルフ義姉推しのラルフ妹(十四歳)は、せっかく出迎えに出たのにラルフと一緒に帰って来たのがエルフではないのに気がついた。

「……チェンジッ!」

「何を!?」


 エルフが来なかったので引っ込んだ妹の代わりに、どう見ても寝入りばなを叩き起こされた父が出てきた。頭の寝ぐせはともかく、凶悪な人相が眠気と不機嫌で凄いことになっている。

「……なんだ?」

 どう見ても今、話のできそうな雰囲気ではない。ホッブが慌てて目配せしてくる。

(おい、オマエの親父相当に機嫌が悪そうだぞ? こんなので頼めるのか?)

(大丈夫だ。個人的な話は無理だけど、仕事の話ならちゃんと聞く!)

 穀物問屋は半分肉体労働系の職人ではあるけれども、接客も経理もやるのだから金の話なら真面目に聞いてくれる。その処理が終わったら、安眠を妨害したお仕置きがあるかもしれないけども。


 食卓の向かいに片肘ついて座る父に、ラルフは研究費用を捻出した事と大部分を預かってほしい旨を伝える。

「……なるほどな。研究室の鍵じゃ心配だから、手元資金以外はうちの金庫に入れたいってか。それは正解だ。学院の防犯なんざアテにならんからな」

「そうなんだよ。クラエスの奨学金の二倍にもなるお金なんで、あんな夜は誰もいない所にまとめて置いとくのは心配で。クラエスの家にしても、寝に帰るだけだからほとんど見張りがいないし」

 防犯も何も、自分たちこそ研究室の資料を勝手に売り払って金を作ったことは黙っておく。

 半身で聞いていた父が正面に向き直り、両肘をついた。

「話は分かった。そういう事情なら俺も協力しよう」

「父さん、ありがとう!」

「おじさん、よろしくお願いします!」

「うむ」

 父の承諾が出て、ホッとするラルフとホッブ。これで資金の保管という地味だけど今一番大事な問題はクリアできた。この金が盗まれたら今度こそ万事休すだった。

 しかし、父の側から見れば本題はむしろここからだ。

「で、商売としてリスクを取るからには当然保管料は戴くからな」

「……やっぱり?」

「当たり前だ」

 そう、父に商人として支援を求めるなら、父の方も商人として対応して来る。

 金の絡んだ事では親子と言えども、しておくのが父の信条である。


 一度立った父は紙とペンを持って来た。

「両替商みたいに高い手数料は言わないから心配するな」

「助かるよ……」

 預けた金が手数料で目減りするのは絶対避けたい。

「おまえらも今は僅かでも金が惜しいだろう、現金での支払いは止めておこう」

「ホント!?」

 怖い父の意外な甘い言葉に沸きかけたラルフとホッブ……に冷水を浴びせて消火する父。

「手数料は息子の嫁にエルフでいいわ」

「待って? それだけは待って、パパン? メチャクチャ高すぎるだろ」

「何がだ。おまえらは金がかからず、うちは自力じゃどうにもならんボンクラ息子の嫁問題が解消される。いいことずくめだ」

「僕の評価は後で話し合いたいんだけど、とりあえずその取引条件はチームリーダークラエスフィーナがいない所で決められないんで! できれば他の対価を考えて欲しいかな~と、そう思うんだけど」

「そうか」

 特に惜しそうでもなく父は要求を引っ込めた。そして代わりに。

「それじゃあな。そこにいるエバンスのとこのガキに、休講日は勤労奉仕に来てもらおうか。十日に一度で、その課題審査が終わるまであと二か月。計六日か」

 最初に無茶を言い、その後に考え直すように現実的な案を出す。いくらか高めの条件を持ち出されても、既に大幅に要求を引き下げてもらった相手は無理と言いにくい。

 頭が半分寝ていても、ラルフ父は商売人であった。

 ラルフも相手の術中にハマったことを理解した。エルフ嫁は揺さぶりブラフだった。息子としてはもうちょっとそれで粘ってくれても、と思わないでもない。

「仕方ないな。わかったよ父さん、それで手を打とう」

「おい、ちょっと待てボンクラ親子」

 本人の承諾なしにちゃっちゃと商談をまとめそうなラルフと父を、ホッブが止めにかかる。

「なんで俺なんだよ!? まずラルフからだろ!」

「バカだなホッブ。すでにタダで使える分が交換条件バーターになる筈が無いだろう?」

「そういうこった」

「おまえん家は、なんでそんな所だけきっちりしているんだよ……」

 ラルフは基本料金に入ってます。


 父が手早く書類を作り出す。

 一枚は金庫に研究予算を間借りさせてもらう代わりに、労働力で預入保管料を物納する契約書。

 一枚は確かに金を預かって、返還義務があるという預金証書。

 

 契約書はラルフ父が持ち、預金証書はラルフたちがもらう。

「契約内容と書類が合っているか、ホッブ確認してくれよ。法論学科だろ?」

「自分の奴隷契約書の書式を確かめる日が来るとは思わなかったわ……」


 予算の問題も、それの保管場所もクリアした。

「これで、あとは研究に邁進するのみだね!」

「爽やかにまとめるのは結構だが、俺はなんか釈然としねえ」

 ホッブのボヤキを置いておいて、一つ思い出したラルフは金を金庫に納めに行く父を呼び止めた。

「あ、そうだ父さん。ちょこちょこ支払いで出金があると思うんで、小まめに出すようにして欲しいんだけど」

「ちっ、めんどくさいな……付帯条件を後から出してくるんじゃねえ、契約内容を変えないとならないだろうが。課題期間後にコイツの働く日をあと四日追加な」

「仕方ないなあ」

 条件追加の覚書を作り始めるラルフ親子。

「だからおまえら、何でこう言う時だけきっちりしてるんだよ!」

「商売人だからな」

「あたりまえじゃん」

「一番肝心な本人同意が全くされてねえけどな!」

「ホッブだって、牛豚に『君は今から食肉になりますが、屠殺して宜しいですか?』なんて聞かないだろ?」

「俺は家畜扱いか!?」

「そんなことはどうでもいいから、覚書の文言を早く確認してよ。ホッブの法論学科無駄知識の見せ所だろ?」

「俺の同意はどうでも良くて、書類の一字一句は気にするのかよ……」

「商売人だからな」

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