第42話 男たちの幕間
「黄金のイモリ亭」に向かいながらも、まだクヨクヨしているクラエスフィーナ。
「そんなに気にする事ないのに。どうせあっても要らない物だったじゃない」
「グレーゾーンの思いっきりアウト側にいるのに、全然罪悪感が無いのもどうかだよ……」
耳がへにゃっているエルフに恨みがましく見られて、ラルフとホッブは胸を張った。
「常に手の抜き方を模索している僕たちは、生ぬるい生き方なんてしてないからね」
「ああ。俺たちは
「全然自慢にならないよ……」
そもそもいつだって深く考えて生きていないドワーフが、通りがかった店先の看板を指差した。
「おいラルフ、この根暗エルフにコイツを奢ってやれよ。腹が減ってるからどんどん悪い方に考えるんだよ、クラエスは」
「いつもいつも食べ物で釣るのはバカにしてるよ!? 私、そんな腹ペコキャラじゃないもん!」
親友のあんまりな評価に怒り始めたエルフだったが……。
「へえ、薄切りローストビーフを思いっきり重ねた上に新鮮なチーズとフランボワーズソースを一緒に挟み込んだ『ミルフィーユ・ビーフサンド』だって! クラエス、いくつ食べる?」
「…………二つ」
◆
歓楽街の辺りはまだ営業している店もあり、深夜営業の居酒屋から灯りが漏れていた。しかし大通りへ出て家路をたどると、もう灯りは所々にある頼りない街灯だけ。満天の星空が補ってくれるとはいえ、手元の明るさは一気に暗くなる。
ホッブと並んで帰るラルフは、いつもの光景とはいえ、ちょっと暗さが気になった。
肩越しに暗い街並みを振り返り、反対方向へ帰って行った女性陣の姿を探す。
「飲んだくれていた時も思ったけどさ」
「あ?」
「クラエスたちは帰り道、大丈夫なのかな? ほら、中身はアレでも二人とも見た目は良いから」
ラルフも結構言うようになってきた。
「ん~?」
横を歩くホッブも軽く唸って考え込むが、言葉になった時には軽い調子になっていた。
「ま、大丈夫じゃないのか? クラエスが手元を照らすくらいなら火球を出せるらしいし、ダニエラもパッと見はアレだけど腕力はあるからな。護身用にって金づち借りていったそうだぞ」
「そうかぁ」
しばらく無言で歩いた後、ラルフがホッブに尋ねた。
「ねえ、ホッブ。クラエスの“火球”って、攻撃魔法の“ファイヤーボール”じゃないよね?」
「……いや待てラルフ。攻撃用とか照明用とか、区別はあるのか?」
「わかんないけど……そういやホッブ、ダニエラが金づちを借りていったって……もしかして裏の小屋にあった、ブッチャーハンマーのこと!?」
「……あっ!」
「黄金のイモリ亭」では牛豚クラスの四足の家畜が暴れると危険なので、“食肉加工”する前に大型の金づちで脳天を一撃して昏倒させるのだ。彼らが苦しまないようにという配慮でもある。
「ダニエラがあれで路上強盗や痴漢に会心の一撃を加えたら……」
その
途中で止められないから相手に当たらず空振りすれば、自分の体勢が無防備に崩れて逆に付け込まれかねないのだけど……ダニエラはポンコツでもドワーフだ。あの程度の重さでは、楽々振り回せる膂力があると考えた方がいい。ただ、牛が一発で倒れるアレを人間に直撃させちゃったら……。
「怖いこと言うなよ!? ……きっと大丈夫だ。あの粗忽なダニエラだぞ? まず当たらねえよ。大事な場面じゃ必ず失敗するからな。うん、そうに決まってる」
ホッブの返事の最後の方が、なんか自分に言い聞かせる自己暗示みたいになっている。
「ポンコツなあの二人が、ヤバいこうげ……防衛手段しか持っていないのって怖いね」
「ああ、見た目に惑わされて血迷ったバカが出ないといいがな……あの二人の間の悪さだと、こういう時に限ってうっかりクリティカルヒットに……」
「口に出すなホッブ! ホントになったらどうするんだ!」
「わりぃ……」
夜が明けたら友人たちが衛兵隊の御厄介になっている可能性に怯えながら、ラルフとホッブはいつもの大木戸まで帰って来た。
普段ならここで手を振って別れる所だけど、今日は研究室の資料を売り払った大金を持っている。念のために分散して金袋を持っているので、ホッブもラルフの家までついて行く。
小さい頃から見慣れた下町の夜景(ほぼ屋根の輪郭のみ)を眺めながら、ホッブが何気なくラルフに尋ねた。
「なあラルフ」
「ん? なんだい?」
「クラエスに告白はしねえのか?」
「!」
いきなりズバリと訊かれて、ラルフは取り落としたカバンを足にぶつけてうずくまった。今日はホッブと半分ずつ分けた金袋を入れていたので、うっかり蹴り上げたカバンはめちゃくちゃ重い。ラルフは目尻に涙を浮かべながら、強打した向こう脛をそっと撫でた。
「お、おま……いきなり何を!?」
「いや、何をでもねえと思うが」
横にしゃがみ込んだホッブが指を折って数える。
「クラエスの見た目はどう見ても、おまえの
確かに、それはまちがいない。
「それにピンボケしているけど人当たりは柔らかくて、エルフなのに意外とかわいい性格だ。おまえんトコのキツイ女性陣に比べりゃ、ウブでほんわかしていると言えなくもない」
まったくもって、その通り。
「成果は出せてないけど真面目だし、からみ酒だけど飲みにもつき合ってくれるし。課題を手伝わせているって弱みもあるから、モテないおまえにずいぶんフレンドリーだろ?」
かなり腹立たしい言葉も混じっているけど、これもラルフに異論はない。
「そもそも“ただのお友達”にしたって、おまえが緊張せずに話せる女子なんてクラエスとダニエラしかいねえじゃねえか。おまえの出会いのない人生でこんな女に出会えるのは、後にも先にも間違いなくこれ一回こっきりだぜ。ここまで条件揃って、告白しない理由がどこにある」
「ホッブ、なんで一つ言うたびに余計な枕詞が入るんだ」
「それに説明が必要か?」
ラルフは路面に座り込んだ。尻に食い込む整備の悪い石畳が地味に痛い。でもそれよりも、腫れてそうな脛の方が格段に痛い。
「……確かにお察しの通り、僕はクラエスが好きだ」
足を撫でながら、思春期の少年は屋根の間のまばらな星空を見上げた。
「ホッブの言うとおり、見た目も性格もすごい魅かれるんだ。あと、胸がデカいし」「だろうな」
「はじめはエルフだから僕も身構えてたけど、話してみればいいヤツだし。あと、胸がデカいし」
「ああ、確かに」
「抜けていてポンコツで、すぐに丸め込まれるちょろい所もなんだか可愛げがあって笑っちゃうし。あと、胸がデカいし」
「そうだな」
そこで、ラルフの唇はキュッとへの字口になった。
「でも僕は……あんな顔も正確もかわいい娘に、アタックできるような自信の元を何も持っていないんだよ」
ホッブも横にゆっくり腰を下ろした。
「そいつを言っちまうとなぁ……成績悪いし?」
「授業態度も悪いし、やりたいことも夢も無いし」
「見た目も平凡で取り柄も無いしな」
「嫁に来てって言えるような家柄も資産も無いし。つまり、告白してもOKがもらえる自信がないんだ……」
「ていうか、OKがもらえると過信できる拠り所さえ何もないよな」
「人の事を好き勝手に言えるか、自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「金と学力は確かに無いが、俺にはお前に無い顔の良さがある」
「明日起きたら、明るいところでおまえの親父と兄貴をよく見てみろ」
二人黙って星を見上げ、しばし黙った後に。
「ラルフ、よく考えたらさ」
「なんだよホッブ」
「成績と授業態度は、おまえが性根を直せば何とかなるんじゃねえか」
「ご同類のホッブ、おまえはできるのか?」
「十八年手塩にかけて育てて来たんだ。今後も大事に慈しみたい」
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