第41話 どうせいらないモノじゃない?
「まって!? ちょっとまずくない!?」
「いいじゃんいいじゃん、大丈夫だって」
クラエスフィーナが必死に止めるけど、ラルフとホッブは止まらない。二人は天井まである本棚に積まれたレポートを、片っ端から抜き出してはペラペラめくって品定めをしていく。
特に価値がなさそうだと、そのままポンポン床に投げ捨てる。ダニエラは二人がドンドン廃棄予定に追加していくレポートを、縄で縛って束にしていた。
「思った通り大した研究はしてねえな、ここのOBたち」
「うん、処分しちゃっても心傷まない代物だね。読書感想文と大して変わんないや」
ラルフの提案。それは……。
「ねえ、この研究室はクラエス以外はもう誰もいないわけでしょ? そしてクラエスの専門の“樹木生命学”は、そもそもうちの学院にやっている人がいない。だったら、どうせ閉鎖される研究室の過去記録なんて要らないよね? 古紙回収に出しちゃおう」
ちなみに近年の流通事情では、印刷技術が確立したので紙の需要はうなぎ登り。だけど紙の供給は不足気味で、新品の白い紙はそこそこ貴重品になる。
なので出回っている紙は再生紙が多い。そしてその原材料はと言えば、回収した古紙というわけで……紙不足の今、反故紙はけっこういい値段が付くのだった。
「ひいいい!? 先輩たちの汗と涙の結晶があぁぁぁぁ!?」
「棚で埃かぶって日焼けしているよりは、再生紙の方が有効な使い道じゃねえ?」
エルフの抵抗を押しのけ、部屋の棚を空にする勢いで書類の廃棄作業を進める三人。壁二面分の書棚を埋めていた書類のほとんどは不要と判定された。
「ちょっとラルフ、本気なの!?」
「ダートマス導師が引き継ぎも無しに辞めた時点で、もうこれはこうなる運命だったんだよ。クラエスは何も悪いことはしていないんだ。むしろ彼らをこの
「いや、ちょっと待って!? 学院生のレポートっていっても、これ学院所有の資料になるんでしょ!? ダメだってば!」
「必要な物ならもう回収されてるはずだよ。置きっ放しってことは、誰も価値なんて期待してないさ。ダニエラ、クラエスを押さえといて」
「あいよー」
「ダニエラ!?」
「ホッブ、トーマスおじさん、いっくよー!」
「オッケー」
「早くしろー!」
「イヤァァァァア!?」
ラルフはすがりつくエルフをドワーフに羽交い絞めにさせると、地上にいるホッブと古紙業者に手を振った。彼らが用意した荷車に向けて、紐でくくったレポートの束をドンドン投げ落とす。
「日の目を見ずに死蔵されていた
「イイ話風にまとめてるけど、問題になったらどうするの!」
泣きつくエルフに、ラルフはさわやかな笑顔で応えた。
「この研究室の研究費不正受給疑惑に比べたら、こんなの全然大したことじゃない」
「そうだぜクラエス。まずい話になったら導師か先輩に全部おっかぶせて知らんぷりしちまえ」
「今さらだけど、私のまわりは悪魔しかいないよ!?」
「さてと」
業者と商談も終わって部屋に戻って来たホッブを迎え、ラルフは書棚を振り返った。
中身が半分以下になった書棚はすっかり空きばかりになってしまったけど、まだ古紙より遥かに貴重で利用価値が高い“専門書”が当然並んでいる。
「それで、次は何をしたらいいんだラルフ」
ホッブに言われ、ラルフは本の表紙をめくったところを指し示した。
「置いてある本の蔵書印を確認してくれ。学院か、文書館の判が押してあるものはヤバいから早急に返す。導師の個人印か無印なら研究室のやつと判断して構わない」
「了解!」
「ラ、ラルフ? 今度は何をやるの?」
歴代先輩たちが溜めたレポート全滅のショックでしょげているエルフが、まだ何かやらかしそうなラルフにおっかなびっくり尋ねる。
金儲けで汗をかき、最高にイイ笑顔で
「専門書はとってもいい値段で売れるからね! 古紙回収じゃバカみたいだから、ちゃんと古本業者を呼んでおいたよ!」
「いやいや、いい取引でした」
ホッブの伝手で来てもらった古本業者は、ずしりと重い金袋をホッブに手渡した。さっきの古紙より量は少ないけれど、それでも木箱に十何箱の書籍が業者の小僧たちによって運び出されていく。一冊ごとに値段が付いたので、もらえる下取り代金は遥かに多い。
「それでローガンさん。こっちも見て欲しいんだがね」
ホッブはわずかに残った学院生のレポートを見せた。禿頭の老爺は首を傾げる。
「研究論文かね? まあ内容がよければ、うちでも買取は可能ですが」
「ああ、そうなんだ。山盛りの下らねえ論文の中から、ぱっと見は有用そうで小難しく書いてあるレポートを抜いておいたんだ」
含みのあるホッブの言葉に、ローガン氏は片眉を跳ね上げた。
「ほう?」
「紙も程よく日焼けしていて、古びているけど頑丈なのを選んでおいた」
「ふむ、なるほどなるほど」
老人は何度も頷き、ホッブと見つめ合うと……二人でくぐもった笑い声を立てた。
「払いは売れてからになりますぞ。化粧代を抜いた純益の四掛けでどうですかな?」
「大変結構だ」
ホッブとがっしり握手した古本業者は、残ったレポートを入れた木箱も連れに持たせて辞去して行った。
「なあ、最後のはなんなの?」
一応黙って見ていたダニエラが、取り引きを仕切っていたホッブに尋ねる。
「古本業者にもいろいろ稼ぐ手段があってな。その一つが『宝くじ』だ」
「宝くじ? それとあんな二束三文のレポートと何の関係が?」
ホッブがニタリと笑った。印刷業者の息子なだけあって、ホッブは書籍の裏事情に通じている。
「おっさんも言っていた通り、古本屋には書籍だけでなく論文の類も売られている。で、世の中には……そういう中にこそ、自分にしか価値のわからない古文書が埋もれていると信じている客がいるわけだ」
ホッブが床をちょいちょいと指し示す。まさにこの研究室の導師たちがそうだったと言える。
「骨董品と同じだよ。そういう自分の鑑定眼を信じたい連中には、それらしい物を用意してやればいい。そうすれば半信半疑ながら、そいつらは自分の勘を頼みに宝くじみたいな古文書を買っていく。“当たるも当たらぬも神次第”ってな」
「でもよ、いくら古びていても古文書と間違えるような古さじゃなかったぞ?」
「だから“化粧”させるんだよ。泥水の上澄みで洗って陰干しするとか、ありもしない“いかにも”な蔵書印を悪くなったインクで押したりとか。角をぶつけまくって束をぼさぼさにしたり、埃をまぶすこともあるそうだ。ローガンのおっさんは古書店仲間にそういう商材を都合つける問屋もしていてな」
「……やっぱ目利きも出来ねえ素人が、古物なんて買うもんじゃねえな」
「自分だけは騙されねえって、己惚れているヤツほど引っかかるんだよな」
◆
「さて」
きれいさっぱり中身のなくなった書棚を眺め、計算していたラルフがペンを置いた。
「さっきトーマスおじさんから、古紙の計量が済んだって使いが来たよ。思ったより量があったみたいで、結構な金額になった」
ホッブが脇から覗き込む。
「古書の引き取りと合わせれば……おお! 偽造古文書の入金を待たなくても、もうクラエスのもらってた奨学金の倍近いぜ」
ダニエラもウンウン頷いた。
「やったな、ラルフ! ホッブ! これに『黄金のイモリ亭』の賃金も入れば、結構な費用が掛けられるじゃねえか!」
「これならすぐにでも、三号機の製作に取りかかれそうだね!」
「おうっ!」
研究資金のめどは立った。
肩を叩き合って喜び合う三人……は、参加してこない肝心の
「どしたん? クラエス」
この研究室唯一の在籍生は、空になった書棚にペコペコ土下座している。
「ううう、すみません導師……研究室の歴史が、歴史がぁぁぁ……」
「下らねえこと気にしてないで、喜んでいいんだぞクラエス」
「そうだよクラエス。どうせこの研究室の歴史と伝統なんて投げっ放しの不正受給だけじゃん」
「最後にきれいさっぱり
「そう言えば、
「当然売った。偽造論文に最適だったからな」
「当然だよな! ハハハハハ!」
「ううう……みんな、なんでそんなに罪悪感が無いの……?」
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