第40話 稼ぐって、尊い(棒読み)

 「黄金のイモリ亭」のオヤジの出した条件は、クラエスフィーナのついでにダニエラにも給仕をやらせることだった。

「おいホッブ、なんであたしまで!?」

「仕方ねえだろダニエラ。おまえも女給にするってのがオヤジの条件だったんだから」

 ダニエラは抵抗むなしく、かわいいフリフリのエプロンドレスを着せられていた。

「いいよ! いいよ、ダニエラ! 君それなりに顔がいいから、こんな服を着るとまるで本物の幼女みたいだよ!」

「うるせえラルフ!」

「うむ、ツルペタなオコサマ体型が実にいい仕事をしているな」

「ホッブ、テメエ殺すぞ!?」


 セクシー路線のクラエスフィーナとファンシー一直線のダニエラを並べ、店の主スケベオヤジはご満悦だ。

「イケる、絶対イケるぜ! グラマラスなセクシー美女と思わず撫でたくなるカワイイ幼女が酒を運ぶ店! これで客が入らないはずは無い! 今晩は忙しくなりそうだ!」

「あの、ホントに? 自分で作っといてなんだけど、私ホントにこの格好でお酒運ぶの?」

 いまだ信じられないという顔のクラエスフィーナが何度も確認しようとするけど、ダニエラがそれを押しのけてホッブに詰め寄る。

「おいホッブ、そもそもなんだよこの服!?」

 まさか自分も恥ずかしい役回りが回ってくると思っていなかったダニエラが、真っ赤になって抗議するが……すでにクラエスフィーナを売り飛ばしたホッブに、当然ながら良心の呵責などはない。

「見ての通り、おまえの外見に合わせた結果だろうが。ばっちりだぞ」

「どこがだ!? あたしの歳で幼女はねえだろ!? どう見たってイタいヤツじゃねえか!」

「バカだなダニエラ。こういう店は事実かどうかは求めていないんだ! むしろモノホンの幼女が夜にこんな店で働いているほうがヤバいだろ? だから“なんちゃって幼女”に需要があるんだ」

「この店の客は変態しかいねえのかよ!?」

「むしろこの広い店を変態で埋めて見せろ、おまえの魅力でな!」

「そんなセリフは役者に言え! あたしに言われたって、ちっとも勤労意欲が湧かねえよ!?」

 ホッブがそっとダニエラの両肩に手を置き、頼りになる(ように見えるだけの)顔で言い聞かせる。

「役者に成り切れ、ダニエラ! おまえが幼女に成り切れば、それは客にとって真実“幼女”なんだよ! ほら言ってみろ、『おじちゃん、大好き!』」

「お、おじちゃ……くっ、殺せ!?」

「恥で死ぬのはクラエスの課題審査が終わってからにしてくれ」

「おいラルフ、このド外道なおまえの相棒に何とか言ってやれよ!」

「ダニエラ、諦めなよ。ほら一杯飲んで。ハイになるんだ、ハイに!」

「アホかラルフ!? 酒の勢いで幼女ロリータに成りきるってなんだよ!?」

「逆にシラフだとつらいよ? お祭りだと思ってバカになるんだ、ダニエラ!」

「チクショーッ!」


 女性陣に因果を含めるのが終わったところで、今度は男性陣に仕事が言い渡される。雇う約束は四人とも、ラルフとホッブにも仕事がある。

「それじゃ、男連中は裏で料理の下準備をしてもらおうかな。お姉ちゃんたち目当てに客がわんさか押し寄せるだろうから、こっちの方も忙しくなるぞ」

「あたしもそっちがいい! ホッブ、替われよ!?」

「そりゃ無理だ。そっちはおまえたちじゃないとできないんだから諦めろ」

 悔しそうなダニエラと放心しているクラエスフィーナを店に残して、ラルフとホッブは店主に連れられ店の裏に入った。厨房をなぜか通り抜け、裏庭にある小屋へ行く。中には牛や豚、ヤギに羊、鶏に鳩に鶉に……。

 ギャアギャア騒ぐ動物たちを前に、さすがに面食らったラルフは店主に尋ねた。

「ここは……家畜小屋ですか?」

「いやいや、そんなんじゃねえよ」

 オヤジは壁に掛けてあったでっかい牛刀を二本手に取ると、ラルフとホッブにそれぞれ渡した。

「食肉の保管庫さ」

 満面の笑みのオヤジから手元の錆が浮いた鉈みたいな刃物に視線を移し、二人はもう一度オヤジを見た。

「あの……もしかして僕たちの仕事の下準備って」

「おうよ」

 オヤジは良い笑顔で親指をピッと立てた。

「肉を解体するだけの簡単なお仕事だ」

「いや、あの、牛とかも!?」

「おう、向こうも死に物狂いだからな? 特に蹴りには気をつけろ」

「これは料理の下準備っていうのか!?」

「肉を用意しないと始まらねえだろ。立派な下準備さ。どれ、見本を見せてやろうか」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」


 楽な仕事など、あるわけが無いのであった。



   ◆



 講義終了後の研究室はどこも活気に満ち溢れているけれど、この部屋だけは特別だった。大きな会議机を囲んで、四人の学院生が死んだ目で虚ろに座っている。

 さっきから誰も何も言わない。喧騒に満ちた時間帯の学院で、この部屋だけが静かな時間が流れていた。




「精神的に……クルね」

 不意にラルフがボソッと呟くと、向かいの席に座ったホッブの口だけ動く。

「……殺る前に目を見ちゃいけねえって言われたけどさ……俺はむしろ、殺った後の無垢な瞳の方が……クルんだが」

「思い出させるなホッブ!」

「だったら話を振るんじゃねえ!」

 突如言い争いを始めた男子に触発されるように、斜めに傾いて座っていたクラエスフィーナも呟き始める。

「私、ちょっと思ったんだけど……あの衣装、もしかして……おかしい?」

「今さらだ、気にすんな」

 椅子の背もたれに身体を預けたダニエラは、口から魂が抜けかけている。

「気にするよ……私、まだまだあの格好で働くんだよ?」

「だから今さらだって言ったろ。客がみんな期待して押し寄せてんだぞ? 恥ずかしいから止めたなんて通るか……特にあの店主クソオヤジに」

「ダニエラこそ今じゃ『黄金のイモリ亭』のアイドルじゃない。『おじちゃん、ありがと!』が板について来たわよ」

「死にてえのかクラエス。ったく、どいつもこいつも幼児扱いで二言目には飴玉食うか? って……あたしゃ酒飲みだぞ!? 飴玉じゃなくて火酒を出せよ、一番キッツいヤツ! 頭がお花畑な振りをしてガキの服装ドレスで、砂糖吐きそうな裏声で『おじちゃん』だぞ!? クソみてえな仕事をシラフでできるかド畜生!」

「だからそれが“幼女キャラ”なんだってば。人前でそんな愚痴を言わないでよ?」

「言わなきゃ、やってられるかぁ⁉」

 てんでんばらばらにワァワァ言い合った四人は、しばらくするとまた静まり返り……一斉に机に突っ伏した。

「働くのがこんなに大変だなんて思わなかったよ……エルフがみんな労働なんてやりたがらないはずだよ」

「クラエスのやってる仕事は、人間社会でもあんまり一般的じゃないけどね……」




 四人の始めた夜の日雇い労働アルバイトのおかげで、財政状況は急角度で改善の予兆を見せていた。まあ使い切って入るめども立っていなかったのだから、収入があるだけで大幅な改善にはなっている。

 ただ。

 クラエスのバカ高い日給のおかげで持ち直す見込みはあるけれど、いまだ手元にまとまった金はできていない。


 ちょっと正気に戻ったホッブがその点を指摘した。

「金が入る見込みが立ったんで、今すぐ次の実験機を作りてえんだが……」

 見込みは立っても、まだ始めたばかり。先立つものがない状況に変わりはなかった。

「その為にも、それこそ他の方法で今すぐ金を用意する必要があるね」

 ラルフの言葉にホッブも頷く。

「ああ。居酒屋の手伝いバイトも金は悪かねえが、そっちが貯まるまで待っていたら研究の方が全く間に合わねえ。早急に金策をしないとならないが……誰か、アイデアはないか?」

 クラエスフィーナが手を挙げる。

「返すアテができたんだから、お金を借りたら?」

 まっとうだけど世間知らずな模範解答に、他の三人がやれやれ……という顔をする。

「クラエス、学院生なんかにまとまった金を貸してくれるところはないぞ?」

「そうなの?」

「そうだなあ、その日の賭博に参加できる程度だから……いいとこ二万とかだぞ? それぐらいじゃ二日『黄金のイモリ亭』で働いた方がマシな金が入るな」

「へー……」

「それに貸金は利息が厳しいよ? ヘタしたら利子の返済でこっちがパンクしちゃう」

「……三人とも、やけに詳しいね?」

「気のせいだ」


 今度はダニエラが手を挙げた。

「昼間も働いたらどうだよ?」

 ドワーフの意見に、今回も他の三人が否定的に反論を述べた。

「その働き口がねえから、『黄金のイモリ亭スケベオヤジ』を頼ったんだろうが」

「夜働いて、昼間も働いて、授業はどこで受けるつもりなのよ……?」

「夜の仕事が(精神的に)厳しすぎて気力をゴリゴリ削られてるから、せめて昼間は寝ておかないと倒れちゃうよ」

「ラルフ、テメエの本業はなんだ?」

「学院生だけど?」


 二つ立て続けに却下になり、手詰まり感が出てきたところで……ラルフが手を挙げた。

「ちょっと考えたことがあるんだけど」

「どうぞ?」

 ラルフが四人のまわりをぐるっと囲む書棚を見回した。

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