第39話 黄金のイモリ亭

「持ってきたよ!」

 クラエスフィーナは抱えて来た布袋から、一年ちょっと前に来ていた服を取り出した。

「……ほう?」

 懐かしいとか言ってほんわかしているエルフやドワーフを置いておいて、男子二人は真剣な表情で可能性を吟味している。ラルフとホッブは目配せを交わした。

(これはイケるんじゃないか? ホッブ)

(ああ……あのオヤジなら交渉できそうだ)

 二人が着目した点は、もちろん南国ならではの露出度の高さだ。

 クラエスの持って来たエルフの服は、王都ではまず見ない袖無しの上着にミニスカート。おまけに見慣れ過ぎて気がつかないのか、男子がいるのにエルフ風の下着ビキニまでセットで入っていた。

 クラエスの美貌で腕とか脚とか剥き出しなんて……パンツ喫茶ほどではないけど、コイツは“紳士”が行列したっておかしくない。

(というか、理屈はどうでもいいからコレを着たクラエスが見たい!)

 クラエスフィーナ落第の危機も頭から弾け飛び、煩悩に忠実なラルフ。

(落ち着けラルフ! 自然に、かつ当たり前みたいに頼んでみろ!)

 元より止める気もないホッブ。

 ラルフはコホンと軽く咳ばらいをすると、非常に自然にクラエスフィーナへリクエストした。こういう小芝居だけは得意なのだ……不純な動機の時だけ。

「それじゃクラエス。僕らも見た事ないんで、とりあえず着てみてよ」

 不自然なほどに人畜無害な好青年づらをしたラルフとホッブに気づかず、クラエスフィーナは疑いもせずに頷いた。

「うん、わかった! ちょっと着替えてみるね!」

 部屋の一角をカーテンで区切り、その中へ着替えを抱えて入るクラエスフィーナ。

 ナイスバディーなクラエスフィーナがあの服を着たらどうなるだろうか。小高い丘の賢者セクシーダイナマイツ応援隊であるラルフは、カーテンの外でドキワクが止まらない!

 ……しかしながら。

 事態はラルフたちの思惑からも、ちょっと斜め上へと走り抜けていた。


 クラエスフィーナの消えたカーテンの外で、ウズウズしながらラルフたちは待っていた。しかし一向に、肝心のクラエスフィーナが出てこない。

 やけに時間がかかるな~とか思っていたら、中から焦った様子のブツブツ呟く声が漏れてきた。

「?」

 ラルフとホッブが不審な呟きに顔を見合わせ、そっと耳を澄ませてみると。


『いや、そんな……ちょっと待って? おかしい、そんなはずは……いや、ないない! ありえないから! そんなバカなはずがないでしょ!? ちょっ、コレ、絶対入る……うぐっ! そんなぁ……だって、たった一年……』


 なんとな~く事情を察したラルフとホッブ。

 そう、確かにさっき白状していたのだ。奨学金を文字通り潰したと。

 クラエスフィーナは無駄な努力で相当な苦戦をしているようだけど、いつまでも待たされていてはこちらも声を掛けざるを得ない。だけど、乙女の重大事項で苦心しているエルフになんと言って声を掛ければいいものか……。

 クラエスフィーナと別の意味で男二人が苦慮していると、さっきから長考していたドワーフがやっとエルフのダダ漏れな独り言に気がついた。ポンと膝を打つ。

「あ、そうか! そうだそうだ、その服はクラエスがはまんなくなったんだったわ! ようやく思い出した! なっ、クラエス。そうだったよな!」

「ダニエラ!? 何言っちゃってるの!?」

 疑問が解けて晴れ晴れとイイ顔のダニエラは、エルフの悲鳴に首を傾げながら男たちの顔を見回した。

「おまえ……俺たちでもなんて言えばいいのか悩んでいたのに……」

「……ダニエラ、おまえホッブ以上だよ」

「なにがよ?」

 



 結局ダニエラの暴露で無理に着るのを諦めたクラエスフィーナは、カーテンを開けるなりダニエラの脳天に思い切りチョップをかまし……昏倒するドワーフを背景に、有無を言わせぬ口調で二人にお披露目ファッションショーの延期を告げた。

「特に問題は無かったんだけど! 別に太ったとかふくよかになったとかまさかの事態になったとかじゃないんだけど! ちょっと綻びとか見つけたからまた明日! 明日見せるから今日はこれで解散! イイよね!? 構わないよね!?」

「あ、ああ……」

 目の据わったエルフの剣幕を目の当たりにして、誰がどうしても今日見せろなどと言えようか。


 条件反射でカクカク頷く二人を置いて、エルフは自業自得なドワーフを転がしたまま風のように去って行った。おそらく夜なべしてサイズを仕立て直すのだろう。

「なあラルフ。クラエスの裁縫の腕は知らねえけどよ、一晩で素人が仕立て直しをできると思うか?」

「それは僕にはわからないけれど……明日は結果がどうあれ、余計な一言を言うなよホッブ」



   ◆



 そんな会話から、早くも一日たったあくる日。


 宣言通りに昔の服を直してきたエルフが着替えを終わり、カーテンが開けられた。

「どうかな!? ……ちょっと色々ゴニョゴニョがあって、少し改造しているけど……」


 エルフの衣装は、基本は昨日と同じだった。ビキニの上に袖無しの上着とミニスカート。多分本来なら可愛らしいワンピースに見えるデザイン……だったのだろう。

 ただ、今現在の持ち主はこの一年の不摂生のおかげで進化していた。

 その体型の変化に合わせて、エルフの民族衣装は……。

 

ビキニの上に、前の閉じられないボレロ風の袖無し上着。

 パンツを時々チラ見せする、スリット入りのミニスカート。

 

 田舎時代のクラエスフィーナの服は、民族衣装から風俗系に変貌を遂げていた。

(やっぱりクラエスの腕前じゃ、切って貼ってが限界だったか)

(無理矢理でも着れるようにできただけ大したものじゃん。いや、それよりさ)

 ラルフとホッブは視線を交わし、ガシッと手を握り合った。続けて、なんとかごまかせたかと緊張してこっちを見ているエルフを褒め称える。

「よくやったクラエス!」

「うん、最高だよクラエス!」

「え? そう? えへへ……だけど、服を着替えただけでよくやったって……なに?」

 クラエスフィーナは男たちの賞賛がなんなのかよくわかっていないけど……ラルフとホッブは魔改造されたエルフの民族衣装を見て、自分たちの勝利を確信した。

「ラルフ、クラエスに外套を貸せ! すぐに『黄金のイモリ亭』に行くぞ!」

「よし来たホッブ! さ、クラエス! 賃金交渉に行くよ!」

「え? 雇ってもらえるかどうかの確認からじゃないの?」

「そんなの確定だよ! もうその次のステップさ!」

 そう。美貌のエルフクラエスフィーナが来ただけで、客席までわざわざ見に来たあのオヤジなら。ほぼ水着半裸のクラエスフィーナを雇わないなんてありえない。

「頼むぜ法論学科!」

「任せろ! 思いっきり賃金バイト代ふんだくってやる!」

「これから雇ってもらうんだよね!? 未払いでもないのに賃金を“ふんだくる”ってなに!?」

「いいから! 気にするな! さあ行くぜ、『黄金のイモリ亭スケベオヤジの店』へ!」



   ◆



「ふっ、思った通りだ」

 ホッブが思わず自画自賛してしまうくらい、話し合いはスムースに進んだ。


 いきなり押しかけてきた学院生に「しばらく四人を雇え」と言われたオヤジは予想通り渋った。

「そんなことを急に言われてもなあ……うちも薄利多売で何とかやってる店だし」

「そこを何とか!」

「と言われたって……」

 ここまでは想定内だ。ホッブが後ろでホケーっと交渉を見ていたクラエスフィーナに指示を出した。

「おいクラエス、オヤジにおまえの故郷の服を見せてやれ」

「うん」


 外套を脱いだクラエスを、オヤジが一瞥した途端。

「オーケー、四人まとめて雇おうじゃねえか」

「クラエスに関しては、呑んでくれるよな?」

「いいだろう。ボウズども、商売ってもんが分かってるじゃねえか」

 がっちり握手して、ゲッゲッゲッと黒い笑い声を立てているオヤジとホッブ。

「なんかあの二人、凄い簡単に意気投合したね……ホッブの提示額メチャクチャ高かったけど、ホントにそんなにもらえるの?」

 エルフの疑問に、とっても曖昧な笑みを浮かべたラルフがコクコク頷いた。

「大丈夫大丈夫、オヤジさんもすぐに回収できる勝算があるんだよ」

「そうなの?」

「うん、クラエスは(セクハラ的に)ちょっとキツイかもだけど、頑張ってよ」

「なんか、ラルフも怪しいよ……」




 四人は無事に働き口を確保した。

 しかも客が押し寄せるだろうという予測もホッブと親父で一致し、クラエスフィーナについては超高額な基本給以外に客の入りに合わせて歩合給も出る事になった。


 ただし。

「あー、それでだな。条件と言っちゃ、なんなんだが……」

「なんすか?」

 ホッブが問い返すと、オヤジの方からも要求が出てきた。

「四人まとめて雇う代わりに、もう一つ条件があるんだが」

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