第38話 稼ぐ算段
「まあ冗談はこれぐらいにして」
ホッブがしかめっ面で身を乗り出すと、同じような渋い顔をしたラルフとダニエラも大きく頷く。
……いや、正直三人とも冗談のつもりで言ってたわけでもないのだけれども……冗談ということにしておかないと、横でボロボロ泣きながら睨んでいるエルフがスネて今日も飲んだくれかねない。
「手っ取り早いのはどこかで
基本的に王都辺りだと、日雇い労働というものが無い。
理由は単純、仕事を覚える前に辞められては教えるだけ無駄だからだ。
オマケにその日だけしか雇われないとなれば、サボったり盗んだりといった事をする素行の悪い者も混じりかねない。大抵の職業では、無期限で長期勤める気のある者しか雇っていなかった。
そういう常識の中で、日払いで短期だけ働けるなんて仕事は限られている。
誰か知り合いのところでお情けで働いて、小遣い銭をもらうか。
工事現場の土運びみたいな、物を考えなくてもできる単純労働(もちろんキツイ)で稼ぐか。そのどちらかしかない。
「ラルフ、おまえの家の店で仕事ないか?」
ホッブに言われて、あからさまに気乗りしない顔でラルフが横に首を振る。
「うちの父さんも母さんも、ホッブが考える以上に商売人だよ? 僕をタダでこき使えばいいのに、無茶をさせられない息子の友達をお金出してまで雇うと思う?」
息子本人は気づかいの対象外。
「それとさ……この話をうちの家族にしたら、ヤバいと思う」
「食い倒れするエルフなんかに金を出せねえとか?」
胸を押さえてうずくまるエルフを後ろに、違う違うとラルフが手を振った。
「わざわざお駄賃しかもらえない店の手伝いなんかしなくても、クラエスの為なら有り金はたいて支援してくれるんじゃないかな……その代わり、クラエスの進路は一択になるけど」
「ああ……」
理解したホッブがしみじみした顔で頷いた。
「ラルフの嫁なんて、罰ゲームを通り越して借金漬けで奴隷落ちした奴じゃないと成り手がいないからな」
「その言葉、ホッブにもそっくりそのままお返しするよ」
ラルフの家はダメ。ホッブの家は印刷屋で確かに仕事自体はあるけれど、技術が必要な職種なので素人がちょこちょこ手伝うような仕事じゃない。
「そんなに難しいの?」
「インクを原版に塗り付けるのとか、プレス機で紙にしっかり印字しつつ箔押ししない力加減とか、結構熟練の技が必要なんだ。硬い板に小刀で鏡文字を彫り込む原版づくりならまだいけるが……削り間違えれば一からやり直しだから、神経をすり減らして一ページ作るのに三日ぐらいかかるぞ? しかも一枚幾らの歩合給だ」
「最悪じゃないか」
「安い
「……おまえも意外と苦労してるんだな」
「あとは常連になっている店とか、それこそ城壁修理の土木工事で臨時雇いか」
知っている店と言っても、ラルフもホッブも世間は狭い。飯を食う「首絞め野ウサギ亭」か、酒を飲む「黄金のイモリ亭」くらいしか店主に頼めるほど親しい店はない。城壁修理なんて重労働だし、ひょろい学院生を臨時雇いでも使ってくれるとは思えない。
クラエスフィーナもダニエラも地方から出て来ているから、家業を紹介も出来なかった。
「クラエスの場合、家の仕事って言っても木の実の拾い食いだから現物支給だよな」
「黙って、ダニエラ」
否定はしないクラエスフィーナ。
ラルフが腕を組んで唸った。
「なんとか働かせてもらえそうなのは、「黄金のイモリ亭」かなあ……あそこオヤジとハンスの二人で一晩中廻しているから、働くのなら雇ってくれそうだけど」
「雇ってはくれるが、安売りが看板の店だからな。四人全員雇ってくれたって、安く使われちゃ資金なんか貯まらねえぞ」
ホッブの言う通り、普通に給仕とかなら大した給料にならない。ずっと勤めている小僧のハンスが、一日中働いても給金が安いとぶちぶち言っているくらいだ。
何か、付加価値を付けられないか……。
思い思いの方向を向いて、無言で考えこむ四人。
(高く雇ってもらうには、やっぱりクラエス推しだけど……ダニエラもセットで
(「黄金のイモリ亭」ぐらいしか働き口が無いのは確かだが……そもそも、あの店四人も雇う余裕あるのか?)
(うーん、あのお店でウリになること……お肉……お腹空いた……お肉食べたい)
(雇ってもらうって言ってもな……クラエスの送別会を企画した方が早いんじゃねえかな?)
思考の方向性がバラバラな事だけは、共通している四人だった。
ふと顔を上げたクラエスフィーナが、自分の下宿の方に目を向けた。
「珍しい民族衣装で
「それは面白いかもね」
「……あんまり高くは売り付けられねえかもしれないが、交渉してみる価値はあるかもな」
クラエスフィーナの提案に、ラルフとホッブも(反応はいまいちだけど)一応賛意を示した。
「
「そうだねえ。それにエルフ自体が珍しいから、もしかして本当に見に来る客がいるかもよ?」
そこまで言ったラルフが、はてと考えこんでクラエスフィーナに顔を向けた。
「でもエルフの服って、どんな感じなの? 僕らがクラエスを知った時にはもう町娘の
「
クラエスフィーナの説明では、エルフの里が王都に比べて暑い土地にあるので基本が半袖や袖なしなのだという。
「王都じゃ長袖にロングスカートが普通だから、ちょっと浮いてたのかも」
「ほほう……」
呑気に解説をするクラエスフィーナの何気ない言葉に、ラルフの目が光った。
ホッブを窺うと、向こうも一瞬でポイントに気がついた顔をしている。
(これはウリになるかもしれないぞ、ホッブ!)
(ああ。特に野郎が多い酒場だしな!)
クラエスフィーナの説明からするに……エルフの民族衣装は“露出度が高い”可能性が!
それだけで客が呼べるかわからないが、少なくともあのスケベオヤジにはアピールになる。
「よし! さっそくその服を見せてよ、クラエス」
「わかったわ。下宿に取りに行ってくる!」
飛び出していくクラエスフィーナをラルフが見送っていると、ホッブが横でしゃべらないドワーフに気がついた.
「おいダニエラ、どうした?」
ダニエラは何か考えているというより、どうしても思い出せないことがあるという感じで顔をしかめている。
「いやさ、クラエスの服なんだけど……あたし、何かを忘れているような……」
「まさか雑巾に使っちまったとか言わないよな?」
「そんな事するか! ……いや、なんだったっけかな」
全然思い出せない様子に、ラルフとホッブも首を捻った。
「ダニエラが着たら破けたとか」
「そもそも着られるサイズじゃねえよ! どんだけ身長差があると思ってんだ!」
「あっはっは!」
実は半分正解していることを、この時の三人は知る由も無かった……。
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