第37話 開店! エルフコーヒー

 予算が無くなった理由は分かった。

「しかし……使い切っちゃったものは今さらどうしようもないけど、これじゃ今日を持って研究チーム解散しかないよ」

「そんなこと言わないでぇぇぇ!?」

 ラルフのボヤキにクラエスフィーナが泣いてすがりつくけど、実際問題金が無いのでは研究の続けようがない。

 ホッブがじろりとクラエスフィーナを見る。

「いっそ初めの話通り、金持ちジジイにクラエスフィーナを出荷するか? 十分肥育できたみたいだしな」

「それも勘弁して下さい!?」

ロリっ子ダニエラも添えれば、ゲテモノ好きも飛びつくんじゃない?」

「あたしも!?」

「おまえもお相伴に預かったんだろ? 一蓮托生だ」

「クラエス、おまえその身体で高利貸し学生ローンから安く借りて来い!」

「無茶言わないで!? 借りて来たって、課題が達成できても返す当てがないじゃない!」

「二人揃って変態のベッド行きは変わらねえな」

「嫌だーっ!?」



   ◆



 茶のお替りの代わりに新しくコーヒー豆を挽きながら、ラルフがため息をついた。

「一番考えられるのはなにか働いて資金を稼ぐことだけど……前借りしたとしても、一か月か二か月で必要な経費を稼げるものかな?」

「そいつは難しいだろうな……できるだけ金がかからない研究にしたって、学院生四人が働いて稼げる金額なんてたかが知れてる。何か付加価値を付けて売るか、高額を払ってもらえるような商売を考えるか」

 ホッブが頭を抱えているエルフをチラッと見る。

「……ちょうどここに、売春宿に叩き込めば隣の国からだって客が来そうな希少生物エルフがいるわけだが」

「そこから離れて!? お願い! もっと穏当な手段で頑張ろう!?」

 机に伸びているダニエラがぼやく。

「何か、珍品を売るのがいいんだろうけどなあ……すぐに用意できて、それでいて目が肥えている王都の住人が飛びつく物が考えつかねえ」

「ドワーフなりの何かを用意できないか? 鉱山で掘ったら出てくる要らない物だけど、都市住民から見たら珍しい物とか」

「ドワーフが職人気質でソロバン勘定が下手だって言ったって、そんな物があったらとうの昔に捨て値でも売っているよ」

 いくら考えてもいい知恵が出てこない。

 学院生だから、元から金儲けに頭を使って生きて来ていない。こういう時にモノを言うのは社会経験だけど、四人にはそれが無かった。


 手詰まり感の漂う中、ラルフが入れたコーヒーを見つめてクラエスフィーナが呟いた。

「コーヒーショップでも四人で開いて、収益を全部つぎ込むのはどうかなあ?」

「クラエス、自分で店を開くとなると最初の投資が凄いよ? まず豆や器の代金をどこから払うのさ?」

「そっかあ」

 商人の息子ラルフに言われて、クラエスフィーナは肩を竦める。その後ろではホッブが空にしたカップの中を眺めていた。

「ラルフはコーヒーを入れるのが下手だな……かなり豆の粉が残っちまってるじゃないか」

 ダニエラも飲み干したばかりの自分のカップを覗き込む。

「コーヒーは好きなんだけど、粉が残るんだよなあ……他の研究室でゴチになった時、豆を濾すのに実験に使う濾紙を使っていたっけ」

「あ、それ頭いいな。濾し布の目が粗いとどうしてもカスがすり抜けるからな」

「んー、でもなあ。濾紙だと豆カスと一緒に旨味も濾し取られる気がするんだよなあ。やっぱり目の細かい布で濾すぐらいがいい気がするわ」

「そういうものか。ままならねえもんだな」

 ホッブとダニエラの会話を聞いていて、ラルフの頭に閃くものがあった。

「……濾し布……目の細かい布……」

「どうしたの、ラルフ?」

「いや、ちょっと……儲ける方法が見つかりそうで……」

「えっ!?」

 三人が見守る中で考え込んでいたラルフは、ハッとすると指を鳴らして顔を上げた。

「良い事を思いついたぞ! 研究資金の問題が一気に解決だ!」

「何!?」

 ラルフがクラエスフィーナをビシッと指さす。

「やっぱり僕らでコーヒーショップを出すんだ! 売りは何と言っても“滑らかな舌ざわり”!」

 いきなり変な事を言い出したラルフに、他の三人は顔を見合わせた。

「だから、その資金がねえんだろ?」

「ラルフ、おまえの腕で本当にそんなコーヒーが出せるのか?」

 疑っている仲間たちにラルフはチッチッと舌打ちしながら指を振る。

「開業資金は簡単に返せる。腕前も関係ない。何しろ店の売りは画期的なコーヒーの入れ方だ」

「どうするんだ?」

 キラッと目を光らせたラルフが、自信ありげに言い放った。


「淹れたコーヒーを、クラエスのパンツで濾す!」


 一瞬、研究室の時間が止まった。

「これ以上貴重で目の細かい布はそうはないよ! 話題性も十分だ!」

「何言っちゃってるの!?」

 ラルフのとち狂ったアイデアに悲鳴を上げるクラエス……を押しのけて、ダニエラが驚愕の叫びを上げた。

「おまえ天才か!? そんな店を出して見ろ、明日から王都中の“紳士”が行列するぞ!」

「そんな店やだよ⁉」

「いや、待てよ……」

 ラルフがさらに閃く。

「そもそも、コーヒーを淹れる必要があるのか? こんなのはどうだろう!? 特別料金を支払ったら別室で、クラエスがコーヒーをその客の為に淹れる特別メニューを出すんだ。んで。実際に淹れる前にクラエスが恥じらいながらそいつの目の前でパンツを脱ぎ、こう言うんだよ。『コレでコーヒーを今お淹れしますか? それとも……追加料金で器具・・を買い取って自宅で淹れてみますか?』と……。どっちを選ぶかなんて自明の理だろ!? この方式ならそもそもコーヒーを淹れる手間も省けるぞ!」

 ホッブが震えながら叫んだ。

「凄え! 凄すぎるぜラルフ! おまえの錬金術・・・は世界を征服できる!」

「ダニエラもホッブも何言っちゃってるの!?」

 ホッブの感嘆とクラエスフィーナの悲鳴を聞きながら、ラルフはさらにさらに閃いた。

「これ、もしかしたらもっと大きな商売になるかもしれないぞ!?」

「と言うと?」

「この商売のやり方を他の奴に伝授して、そいつらの資金で幾つも店を出すんだ! 運営はそれぞれの店主に任せて、僕たちにはノウハウの伝授料を売り上げに応じて払ってもらう」

「でもそれ、ノウハウを覚えたら勝手に商売されるんじゃ……」

 ダニエラの疑問に、ラルフが舌打ちしながら指を振る。

「チッチッチ、もちろんそれには備えるさ。運営の仕方を覚えた店主が勝手に商売を広げないように、エルフは僕たちが一括して雇って各店に貸し出す形にするんだ。そうすれば同業他社ができるのも防げるし僕たちは自分で店を運営する必要もない」

「ラルフ……イケる、そいつは間違いなくイケるぞ!」

 ラルフの完璧な計画に、ホッブとダニエラも手放しで賞賛した。


 この世界初の、フランチャイズチェーン構想の誕生である。


「あんまり店数を広げ過ぎても希少価値が無くなるな。大陸十七か国の首都へ一、二店舗くらいがちょうどいいか。すぐにオーナー希望者を募集しよう!」

「おおっ!」

「ホッブ、約款と契約書を考えてみてくれ!」

「任せとけ!」

「ダニエラ、内装の仕様を考えてくれ!」

「がってんだ!」

「クラエス、エルフの里から三、四十人ばかり都会に憧れる若い女の子を雇ってきてくれ!」

「止めてぇぇぇ!?」


 やる気に満ちた三人の雄叫びに、何とか止めようとするエルフの涙声が被った。

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