第5章 パンツ万能論

第36話 この期に及んでお金が無い

 とりあえずお茶を煎れて会議卓を囲んだ四人は、ダニエラに話の続きを促した。

「実はな……今回の課題にあたって、特別な予算は組まれていないんだわ」

「はっ!?」

 大規模な実験が必要な研究は、あたりまえだけど金がかかる。

 薬だろうと資材だろうとタダじゃない。

 実験スタッフも大勢になる。

 場合によっては設備を作るのに大工や職人を入れたり、データの集計専門で人間を置かないと間に合わない場合もある。つまり規模に比例して、材料費も人件費も雪だるま式に増えていく。

 この課題は学内での試験という位置づけでしかないので、臨時予算が降りないのもおかしくはないけど……それにしても「空を飛ぶ」なんて激ムズな課題を出しておいて、通常の奨学金の中で費用をやりくりしろとは。

「導師たちは何を考えているんだろうね? そりゃ、理論によってかかる経費はピンキリだろうけど」

 魔導学科が呪文だけで済ませるなら資材費はかからないし、工造学科が大きな設備と大量の運営スタッフを入れれば導師の研究なみに費用が発生する。

 そういう研究事情で公平に費用を出すのは確かに難しいだろうけど……。

 そんなラルフの疑問をホッブが鼻で笑った。

「そりゃおまえ、導師どもだぞ? ソロバン勘定が全くできないか、ソロバン勘定しかできないかのどっちかしかいねえだろ」

「あ~……」

 研究室にこもって浮世離れした導師なんて人種は、世間の常識に疎い代表選手だ。買い物にお金が必要なんて、当然のことを考え付かなくてもおかしくない。

 その一方で、研究実績より政治手腕でのし上がる連中もいたりして……まあ両極端な人材しかいないのを含めて、導師ってのはロクなヤツがいないってことだ。


 とはいえ、ラルフはいまいち納得がいかない所もある。

「そうだとしても、もっと派手な研究やっているチームはけっこういるよね?」

 とくに工造学科は大掛かりな装置を作っていた。

 奨学金の支給額が一律ではないとしても、クラエスフィーナの実験機二台よりよっぽど金がかかってそうなチームはいくらでもいる。奨学金の額に差があるにしても、たかだか学院生のもらえる金額がそんなに違うものだろうか?

「そうなんだけどね。ああいうチームは元々大掛かりな研究予算取っていたり、カンパ集めたり、奨学金以外にスポンサー見つけていたりするのかも」

「ああ、本来の研究の理論を転用しているっていうのもいたな」

 クラエスフィーナに言われてみれば、確かにそんなことを言っている先輩が何人かいた。ライフワークを流用できれば、それは時間も費用も短縮できるだろう。

「樹木生命学って要するに、木や草を植えて、観察して、成長を記録して、特徴のある個体を掛け合わせての繰り返しだから……時間はメチャクチャかかるけど、そんなに設備費がかからないんだよね」

 植木鉢や種苗代や肥料代……外国からよっぽど珍しい物を取り寄せるとかでもなければ、工造学科みたいに湯水のごとく金が飛んでいくなんてことはない。

 ラルフは納得した。

「そうか、だからもらってる奨学金が少ないんだね」

「んー、それもあるけどぉ……」

 一方で、確認を求められたクラエスフィーナの態度が微妙に歯切れが悪い。

「どうしたの?」

 もじもじしている。エルフがなぜかもじもじしている。ついでにドワーフも落ち着きがない。

 二人の様子を観察したホッブが、ゆっくりと、但し有無を言わせない口調で尋ねた。

「そこのポンコツ二人。怒らないから隠していることをちゃんと言え」

「ほ、ホントに……?」

「は・や・く!」

 一瞬助けを求めるようにクラエスフィーナがダニエラを見るも、ダニエラは無情にもあさっての方向を向いて視線を合わせない。首を竦めたクラエスフィーナが、ホッブの顔を上目遣いに見ながら恐る恐る白状した。

「あ、あのね……もらった奨学金って、学資と生活費の支援を兼ねているんだけど……」

「確か授業料の免除も含めて、学生生活に必要なお金が全部出るんだよね。けっこう太っ腹な制度だよねえ」

 ラルフに話を振られて、ホッブも半分呆れた顔で頷く。

「公立学院特有の『予算を余らせて次年度減らされるくらいなら、無駄遣いして使い切っちまえ』って発想のバラマキだからな。それでたまに成果をあげる学院生がいるから、未だに直らねえんだよな」

 学費目当てで向学心も無い青少年ラルフやホッブをかき集めるような赤字体質になった今でも、それが改善されない辺りがさすが公立というしかないのだけれど……。

「それでね……私は研究に使う種子とかは地元から持って来たし、元々そんなに機材を買うような研究でもないから……研究予算はほとんど余ったの」

 何か、嫌な予感がする。ラルフとホッブは顔を見合わせると、もう一度クラエスフィーナを見据えて話の続きを促した。

「だから、ほとんど生活費に使えたものだから……」

 話がなんとなく見えてきた。

「あれか? 都会暮らしにはしゃいで贅沢な生活をするのにつぎ込んだと」

「……うん」

「遊びまくったり、ブランド品を買い漁ったり」

「そ、そんなことはしてないよ! と、友達いなくて遊びに行く場所も知らなかったし、ブランド品も興味が無いし……」

 クラエスフィーナがボソボソ話す言い訳に、ラルフが首を捻った。

「遊びもショッピングもしてないのに、なんでお金が無くなるの?」

 一瞬チラッとラルフを見たクラエスフィーナが顔を伏せる。ダニエラの他所を向く首の角度もきつくなる。

「今さら何を隠す必要があるんだよ。サッサと白状しろ!」

 ホッブに言われ、ビクッと首を竦めたエルフは……やっと奨学金の用途を自白した。

「……食べちゃった」

「硬貨を!?」

「お金なんか食べないよ!? お金を使って食べちゃったんだよ!」

 何もない田舎暮らしに飽きていたエルフは、王都に出て来て何より溢れかえる品々に圧倒されたのだという。エルフの里では滅多に口に入らない肉や他地方の果実など贅沢品も、王都とかいでは日常的に売られている。常にあるので、値段も安い。

「それで、もらったお金もあるし遊ぶ相手もいないし……」

 買い食いが外食へ進化するのに時間はかからなかった。そして慣れれば高級店へ入る度胸もついて……。

「それで、棒玉転がしをする機会も無かったくせに一人レストランぼっち飯は平気になったと……」

「一人と言っても、途中からはダニエラと友達になったから二人で食べ歩いたのよ!」

 なんの弁解にもなっていない。

「このドワーフが一緒だと、そりゃあ酒代で金もかかるわな。ダニエラ、おまえも他人の奨学金にたかって申し訳ないと思わねえのか?」

「あ、あたしの酒代だけが金かかったんじゃないぞ!? クラエスだって、食肉専用の肥育牛とか食いまくったんだから!」

 こっちダニエラも、他人の財布にたかる言い訳にもなっていない。

 再び視線が戻って来たのを感じたクラエスフィーナも、いつものダニエラみたいにあたふたパントマイムをしながら弁解を再開する。

「だって、肥育牛のサーロインとか高いんだよ!? 百グラムで七千とかするんだよ!? それを二百とかだと、倍の一万四千もするんだから!」

 だからなんだという言い訳に、聞いている方も頭が痛い。

「それで、二百グラム食べちゃったんだ……」

 ため息をつきながらラルフが言うと、エルフがより一層小さくなる。

「……ううん、五百グラム」

「ごっ!?」

 ホッブが飲んだお茶を噴き出した。ダニエラが机に指文字を書きながら付け加える。

「を、四日連続で」

「四日!? 五百グラムを!?」

 ラルフが掴みかけたカップを取り落とす。そんな生活をしていれば、それは確かに学院生の奨学金程度は溶けて無くなるはずだ。

「……クラエス、なにか最後に言いたいことは?」

 男子二人に睨まれて、食い過ぎエルフはやけくそに叫んだ。

「とっても美味しゅうございました!」

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