第35話 解決の糸口と、新たな問題
「え!? 何!? 僕の方がおかしいの!?」
“粉屋横丁のオーガ”と恐れられる父が、あだ名通りに怒気をみなぎらせて仁王立ちになっている。背丈も幅もあるので、喧嘩腰だとめっちゃ怖い。
「ダニエルの所は昔から、小麦だけでも三種類混ぜているんだぞ! 作るパンに合わせて配合を変えているんだ」
「え?」
初耳だ。
「アイツはテメエが生まれる前からそういう工夫をしているんだぞ……ったく、今頃納品の内容に気がつくとは何事だ!」
「そうなの!?」
ラルフは注文内容にそんなドラマが隠されているなんて全然知らなかった……今まで漫然と仕事をしていたので気づかなかった、とも言う。
驚愕する息子に、父は頭痛を押さえるようにこめかみに手を当てた。
「まったく情けねえ……十八にもなってお得意さんの商売もわかってねえんだからよ。少しでもうまいパンをって、日夜研究しているダニエルの苦労が報われねえな」
「えええ……ちっとも気がつかなかった」
「このあほんだらが! テメエはヤツのパンをどれだけ食ってきたと思ってやがる」
「そうかあ、ダニエルさんはそんな努力を……」
痛む頬を撫でながら感心するラルフ……の手が止まった。
「ていうかさ、父さん。うち
「おらラルフ、今日は配達先が多いんだからサッサと届けて来い!」
七件ばかり届けて午前の配達がそろそろ終わりそうというところで、ラルフは八件目の荷物を積みながらふと尋ねてみた。
「そういえばさ、父さんも学院出ているんだよね?」
「なんで疑問形なんだ」
父が腕にグッと力を込めて、張りつめた筋肉を見せつける。
「どっからどう見ても学院出のインテリだろうが」
インテリを誇示するなら、そのポーズはおかしい。
ラルフはクラエスフィーナの課題を軽く説明し、ダニエラの作った実験機の強度が極端に違った一件を語った。
「確かに十六分の一まで削っちゃうとやり過ぎかなとも思ったんだけど……かといって中間に戻せばいいとも思えないんだよね。なんかこう……重さとか強度とか、説明できないんだけど単純に太さで考えていいのかとモヤモヤが……」
顔をしかめた父が深く深くため息をついた。
「おまえら……四人も雁首揃えて何をやってるんだかなあ」
「何かわかったの!?」
「朝、テメエは何を気にしたか覚えていないのか」
朝。
朝の話と言えば、ダニエル氏が小麦粉を混ぜて使っているという話。
「気を使うやつは、小麦粉は量だけでなく製粉歩合や品種も考えて混ぜている。パンを作るのでも機械を作るのでも、材料に何をどう使うか気にするのは基本の基本だろうが」
「てことは……」
「おまえらが作ろうとしている物にはどういう材質で、どんな特性の物が必要なんだ? そのぐらい考えたことないのか?」
材質。
“翼”に使っている物と言えば、木材と帆布が主な構成品だ。木にしても布にしても、いろいろな物があるのはラルフでも知っている。それを踏まえて考えると。
一号機と二号機。使ったのは同じ木だったのか?
飛ぶ機械に使いたいのは軽くて強度のある物。用意した木材は向いていたのか?
表面に張る布は、本当に帆布でいいのか?
言われてみれば、気にすべきポイントがそこにいくらでも隠れている。それが問題の全部では無いにしても、そこだけでも改善すべき点は幾つも出てくる。
「凄いよ父さん! まるで学院出みたいだよ!」
「実際に学院を出ているって何度言ったらわかるんだ、この唐変木!」
◆
翌日ラルフがもたらしたその情報は、クラエスフィーナの研究チームにセンセーションを巻き起こした。
「そうかあ、ある物をただ使うだけじゃダメなんだ……!」
クラエスフィーナが感心して呟く。ラルフが重々しく頷いた。
「そうなんだよ。よく考えてみたら材質なんて気にして作っていなかったんだよね、確かに」
一号機なんか「釘が打ちやすい」という理由で家具でも作るみたいな木材を使っていた。あれでは宙に浮かないのも当たり前だ。
ダニエラが驚嘆した顔で唸った。
「ラルフのオヤジ、大したもんだな。木材の種類か……材質の違いなんか考えたこともなかったわぁ」
「いや、君はそこに感心してたらダメなんじゃない? 材料学って工造学科じゃ基礎中の基礎だって父さん言ってたよ? 父さんチームに工造学科いないって信じ込んでたよ? 。実はいるなんて、僕恥ずかしくて訂正できなかったよ?」
ホッブがダニエラに尋ねた。
「もう処分しちまったけど、一号機と二号機は同じ木を使っていたのか?」
「それがな」
“材質”の概念さえ持っていなかったドワーフは、至極まじめな顔で答えた。
「問屋で木材買う時は、寸法だけ気にして安いヤツ買ってきたもんでさ。同じかどうかも分からねえんだわ」
「おまえもう工造学科なんて名乗るな!」
「坑道の梁に使う木材なんて、調達しやすければなんでもいいんだよ!」
「いや、条件があるだろ! 水に強いとか、重さに耐えられるとか!」
課題達成の為にクリアすべき点に、「推力の方式」「“翼”の形」に加えて「“翼”の材質」もリストアップされた。
「そうなると、やたらに形だけ実験機を作ってもダメだな。まず何を使うか考えないと」
ホッブが顎を摘まんで考え込んだ。
「木材を選べば、二号機の細さでも十分な強度がある機体を作れるかもな」
「それと助教が言ってた、中央部の強度が足りないって話。細い木材なら、そこだけ重ねて補強するのもアリだよ」
「それもそうだな。別に真四角にこだわっているわけじゃないんだし」
ホッブがダニエラをビシッと指さした。
「ダニエラ。以上を踏まえて、三号機の骨組みに使う木材は細くて硬いヤツを調達して来い」
「おう、わかった! ……んだけどよ」
一応了解したものの、ダニエラは何か気になることがあるらしい。
「どうした?」
「あたし、どの木が向いてんだかわかんねえぞ」
「材質の発想も無いおまえの知識には期待してねえよ。問屋がプロなんだから、わかんないなら
クラエスフィーナが手元にあったハンカチを摘まんだ。
「そう考えると、“翼”に張る布の方も帆布でいいのかってなるよね」
「そうなんだよ」
帆布は文字通り、帆船の帆に使う頑丈な布だ。風をはらんで大型船を動かせるぐらいだから強度があるのは確かだけど、それだけに厚みがあって重さもなかなか。
「人一人を持ち上げるだけなんだから、強風が吹きこんでも破けない程度でいいんだよね。それなら他にも使えるものはありそう」
ホッブがラルフを指差した。
「ラルフのところの粉袋はどうだ? 粉を通さないんだから風も通さないかもしれない」
「試してみる価値はあるかもね。決めつけずに布屋で探してもいいかも」
これらの事を改善するだけでも、三号機はだいぶマシな物ができそうな気がする。
「もう三週間経っちまっているからな。クラエスを空に浮かすところまではなんとか、一か月目までには終わらせておきたい」
ホッブが言う通り、時間もない。急いで今までの成果をフィードバックした三号機を作らなくちゃならない。
そこへダニエラが口を挟んだ。
「そのことについてなんだけどさ……」
「おっ? なにかあるのか?」
ダニエラがクラエスフィーナの背中をポンポンと叩いた。
「実はな……クラエスの研究予算が底をついた」
「……マジ?」
「思いっきりマジ」
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