第34話 初めての事故

 強風にあおられ、大きくU字にしなりながらも宙に浮いた二号機は……浮いた次の瞬間に、クラエスフィーナの右横辺りでV字に折れて落下した。

「グエッ!?」

 クラエスフィーナがマットも敷いていない地面に叩きつけられる。幸い一メートルと浮いていない状態だったので、ちょっと痛いですむだろう……と思いたい。

「どうしたラルフ!」

「落ちた!」

 音に気がついたホッブに聞かれ、ラルフも端的に返事をして助教と一緒に壊れた箇所へ駆けつけた。扇風機組の二人も追いかけて来る。

「どうしたんだ?」

「凄くしなったんだけど、浮いてすぐにここが折れた。クラエスを吊るすところまでは良かったのに……助教、どうしてでしょう?」

 生徒たちに聞かれて、助教が実験機の翼と“馬”を指し示した。

「この感じだと、下側で“馬”が支えている時はギリギリ重さに耐えていたようだが……風で持ち上がって翼全体に荷重がかかったら、搭乗者の重さを骨組の一部だけで負担するようになってしまったようだな。端の方はともかくとして、中央付近の強度が足りない」

 助教に言われて、ダニエラが腕組みをして唸った。

「うーん、前回の四分の一の強度があればイケると踏んだんだけどな~……」

「四分の一?」

 ダニエラの言葉を聞き咎めたホッブが指を折って検算した。

「なあダニエラ」

「あんだ?」

「角材の縦横をそれぞれ四分の一の太さにしただろ?」

「おう、そうだよ? おめえもさんざん見てるだろ?」

 今さら何を言うんだと言いたそうなダニエラに聞かれ、ホッブは両手で四本ずつ指を立ててみせる。

「法論学科の俺が工造学科様に説明するのもおかしな話だけどさ。縦横を四分の一ずつにしたら、太さは十六分の一になるんじゃねえのか?」


 全員無言の数秒が過ぎた。


 助教がダニエラの肩をがっしり掴んだ。

「さて男子諸君、ここの片づけを任せてもいいかな? 俺はこの一級欠陥設計士にちょっと話があるので失礼する」

「ういっす」

「ありがとございましたぁ」

「待て!? あたしを見捨てるなホッブ! ラルフ! 連帯責任だろ!? 説教はみんなで受けようぜ!?」

「怒られるだけの事をしたのはおまえだけだろ。きっちり責任を果たして来い」

「設計したのも工造学科なのも君だけだしねえ」


 襟首を掴まれて引きずられていったダニエラを見送り、ラルフとホッブは壊れた機体に向き直った。

「さて、またもやゴミになった実験機を処分しねえとな」

「今度は強度が無いから全部焼却場行きかなあ……」

 ラルフが首を傾げた。

「……そう言えば、クラエスが全然会話に参加してこなかったけど」

「……居たな」

 二人で折れた“翼”の下を覗き込むと。

「……今から飲みに行くよ……今晩じゃなくて、今すぐ!」

 実験の失敗で床に叩きつけられたのに、誰にも心配してもらえず残骸の下敷きになっているエルフが……涙で床にの字を書いていた。



   ◆



「みんな酷いよ! 私、身動きも取れずに全身打ったんだからね!」

 なんだかエルフが飲んだくれている光景も馴染みになってきた。

 ぷりぷり怒っているクラエスフィーナを前に、ホッブが深刻そうに呟いた。

「身動き取れずに、か……なあ、今の搭乗姿勢で湖に落ちたらまずいんじゃねえか?」

「あ、それはそうだね! 上から残骸がかぶるし、自分で身体を縛ったバンドを外せないんじゃ救助が着くまで危険だよね。クラエス、どう思う?」

 ホッブに同意するラルフに話を振られ、当人であるクラエスフィーナは持っていたジョッキで卓を叩いた。

「設計の改善の前に、私の心配をして!? 痛かったんだよ! ホントに!」

「でっけえクッション二つもつけてるんだから大丈夫だろ?」

 全然心配してなさそうなダニエラに指摘され、クラエスフィーナは余計に怒る。

「それも痛いの! だいたい全身はカバーしてないじゃない!?」 

「役に立たねえ安全装備だな」

「その為についてるんじゃないからね!? ていうかダニエラ、セクハラだよ!」

「今頃かよ」


「二回の実験を踏まえて、強度は中間で取るということでいいか」

「おう、そうだな」

 ホッブの発言に頷くダニエラに、ホッブが二本、二本に分けた指を見せる。

「工造学科のダニエラちゃん、いいでちゅか? 二かける二で四でちゅからね?」

 顔面にジョッキを投げつけられたホッブが吹っ飛ぶ横で、ラルフが頬杖をついて机に置いた実験機のスケッチを見た。スケッチと言うより、四角い枠が描かれたただのメモだ。

「だけどさ、ちょうど中間をとるにしてもまた重すぎにならないかな?」

 今回浮いた二号機は浮いたけど折れてしまい、最初の一号機はきしみもしないけど浮きもしない。あまりに両極端で、中間を作ってもどっちに転ぶかわからない。

「痛てて……確かに、それは言えてるな」

 起き上がって来たホッブが椅子を直して座った。

「だけど、他の研究チームはどうしてるんだろうな? 距離が稼げていないとはいえ、乗って飛ぶ所まで出来ている連中はいるわけだしな」

 課題の為に実験をしているチームは二十以上ある。方式の違いはあるけれど、同じような物を作っているチームも三、四か所はあるはずだ。

「見学に行ってわかるかな?」

「どうだろうな……なんか、見落としている気がするんだよな」

 眉間に皺を寄せて考えているホッブをラルフが見やる。

「何を?」

「それがわからねえから考えているんだろうが」

 二人で唸り、首をひねって……何も出てこないので、仕方なく向かいで軽快にジョッキを空けているドワーフに声をかけた。

「おまえはどう思う、ダニエラ」

 五つ目のジョッキを空にしたダニエラは、やれやれと首を振った。

「そんな事もわからねえのか、おまえたち」

「おまえはわかったのか?」

「ははは、答えは簡単よ!」

 新しいジョッキを受け取ったダニエラがニカッと笑った。

「下らねえことをウジウジ考えてねえで、バンバン実験してドンドン失敗すれば最後に残ったのが正解じゃねえか。簡単な話だろ?」

 トンデモドワーフから目を離し、ラルフは横のホッブに顔を向けた。

「ねえ、そもそもうちのチームはさ。ことが問題なんじゃないの?」

「ああ……俺もそんな気がしてきた」



   ◆



 昨日に引き続き、荒れた呑み方でぶっ倒れたクラエスフィーナは今日もラルフの家に収容されていた。今朝はまたもや女性陣にチヤホヤされて、もうすっかり接待攻勢で骨抜きになっているようだ。

 ポンコツエルフはラルフ母の「家族と思ってくれていいのよ?」という罠が透けて見えるトラップ確実なヤバいセリフを額面通りに真に受けて、母やジェレミーに無邪気に懐いている。一見フレンドリーな雌豹どもが、視界の外で舌舐めずりしているのに気がついていない。

 そんな様子を横から見ていて、実態を知っているラルフとしては震えが止まらなくて仕方ないのだが……クラエスフィーナはあんなに危険認知力が無くて、どうして自然の中で生きて来られたのだろう?

「クラエスも田舎育ちだろうに、なんで野生の警戒心ってものが無いのかな?」

「何の話だ?」

「いや、こっちの話」



   ◆



 今日は学院が休みなので、ラルフは朝から父に遠慮なくこき使われていた。商売人の家では、子供は十歳過ぎたら立派な労働力だ。

 父の読み上げるリストに合わせて、ラルフが納品先に合わせて土間に穀物の袋を仕分けして積んでいく。それが終われば当然配達もラルフだ。


 ちなみに今日の学院は講義は休みだけど、研究室や実験室は開いているので研究をしに行く学院生もいる。課題に挑戦している特待生たちは多分、今日も皆出ているに違いない。

 だから本当はラルフも、学院に皆と集まって検討作業をしたいところなんだけれど……クラエスフィーナはあの状態だし、ラルフだけだと父に解放してもらえると思えない。

 なにしろラルフは今まで、休日にまで登校だなんて勤勉な真似は一度もしたことが無い。今さら自主研究を理由にしたって、休校日に学院に逃げるのは無理だろう。こういう時、今までの積み重ねがモノを言う。

 したがって今日は、ここぞとばかりに家業の手伝い(強制)を詰め込まれていた。


 仕分けを終えて最初の配達先の分を荷車に積み込んでいたラルフは、同じ納品先なのに小麦粉の製粉歩合が違うものが紛れているのに気がついた。

「アッハッハ! やだなあ父さん、もうボケたの? ダニエルさんの所の分、用意が間違っているよ」

「何? どれがおかしい?」

 父に問い返されて、ラルフは袋を幾つか指差した。

「コレとコレが三分と七分で……」

 言っているそばから張り飛ばされた。

「何するんだよ!?」

 涙目で抗議したら、逆にひどい剣幕で怒鳴り返された。

「おまえは十年以上も家の手伝いをしていて何を見ていたんだ! 何を!」

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