第32話 出るわ出るわ

 潰れて寝ているクラエスフィーナをそのままに、ラルフとホッブ、ダニエラは中途半端になっていた反省会を再開した。

「とにかくもっと軽く“翼”を作らねえと」

「あの重さじゃ無理だよね。傘持って立ってた方がよっぽど飛べるんじゃない?」

「おう、あたしに喧嘩売ってんのか」

「売られないように気をつけろ、強度計算のできないアホ工造学科」

 ラルフが左右の指先で四角を作った。ダニエラの作った“翼”の骨の太さだ。

「少なくても、僕が腰かけてたわみもしないほどの強度はいらないんじゃない?」

 ホッブもそれを見て、自分の指で円を作ってみる。

「そうだな……人間凧揚げのチームのを見ても、三分の一もあればいいんじゃないか?」

「うーん……」

 ダニエラが机に水滴で四角を幾つか書いて見る。

「木が細くなると釘を打った時に割れやすくなるんだよな」

「それはそうだけどさ」

 それが原因でそもそも浮かないのでは、本末転倒も甚だしい。

 家の仕事で釘打ちを手伝ったことがあるラルフが、ダニエラの組み立て過程を思い出していて……一つ気がついた。

「そう言えばダニエラ。昼間作っていたのを見ていてさ、下穴を開けて無かったみたいなんだけど」

 ダニエラより先に、新しいジョッキを受け取っていたホッブが振り向いた。

「下穴? 下穴ってなんだ?」

「ホッブは大工仕事した事ない? 木に釘を打つ時にさ、打つ場所に先に錐で穴を開けておくんだよ。そうすると金槌で叩いている間に位置がズレる心配が無くなるし、細い木なんか割れにくくなるんだ」

 説明しているうちに思い出したが、やっぱりダニエラがそんな工程を挟んでいた様子はなかった。男子二人が肉を咥えているドワーフを見る。

「いや、下穴ぐらい知ってるぞ!?」

 ダニエラがわちゃわちゃ手を振りながら、慌てて骨付き肉(たぶん鶏)を口から離した。

「だけど、釘を打つ箇所はいくらでもあるのに一々穴を開けるのがめんどくさくてさあ」

「木が太いのはテメエの都合じゃねえか!」


「とにかく、早急に二号機を作るぞ」

 議論は何も進んでいないけど、ホッブがそう言って話をまとめた。よそのチームに倣って人間凧揚げから始めるにしても、まず実験機を空に浮くようにしないと実験さえできない。推力をどう得るかはその後だ。

「もっと細い木か……問屋にあったっけかな」

「他所のチームは使っているんだぞ? 無いわけないだろ」

 ダニエラとホッブが木材の調達について話している横で、ラルフはお替りを運んで来たオヤジになんとなく質問を振ってみた。

「オヤジさん。鳥みたいに空を飛ぶって、どうしたらいいのかなあ」

「そりゃあんた、アレだよ。鳥になり切ってみることだな」

「どういう風に?」

 オヤジは待ってましたという顔で、壁に張り出したメニューを指した。

「今日はチキン? フェア開催中さ! 丸焼きに唐揚げ、野菜煮込み、にんにくをガツンと聞かせた『夜の香草焼き』もあるぞ? 変わり種ならスズメやカラスの丸焼きも出してるぜ。たらふく食えば、鳥の気持ちもわかるってもんよ」

「ねえオヤジさん、なんで素材に毎回疑問符がつくの? あと、スズメやカラスはそこら辺の路上で調達したんじゃないよね?」

「朝採れの新鮮なヤツだぜ!」

「それ野菜につける言葉だよ」



   ◆



 夜の街路に影が延びる。

 へべれけになった三人がフラフラしながら完全に潰れたエルフを担いで歩く。

「今日は反省会だったせいかな、酔った気がしねえ」

「気がしねえだけだ、ダニエラ。おまえもまっすぐ歩けてねえよ」

「そういうホッブこそ、なんで一々看板にぶつかるんだよ」

「うるせえ! そういう気分だったんだよ、たぶん」

「ほんと、あそこの酒は凄いよね。飲んだ気がしないのに足にだけはクルよ」

 言いながら、ラルフは背中で寝息を立てているエルフを担ぎ直した。意識が無いので非常に担ぎにくい。

「ところで、クラエスが地味に重いんだけど二人とも手伝ってよ」

 ラルフに言われて、ダニエラとホッブが顔を見合わせた。

「そうは言ってもラルフ。あたしん家逆方向だし」

「そうだぞラルフ。俺ん家も逆方向だし」

「ホッブの家は町内に入ってから逆方向だろ!」

 いきり立つラルフの肩をニヤニヤ笑いながらダニエラが叩く。

「まあまあラルフ君。おまえ女の子をお持ち帰りした事なんか無いだろ、ううん? 滅多に無いチャンスを与えてあげているんだ、ありがたく思えよ。いやもちろん、クラエスを連れて帰るのがめんどくせえとか思ってるわけじゃなくてな?」

 ホッブもしたり顔で反対の肩を叩く。

小高き丘の賢者デカいのダイスキ!よ、考えたまえ。君が手間取れば手間取るほど、その背中に豊かなふくらみを感じる時間が長くなるのではないかな? もちろん、俺が早く帰って寝てえとか思っているわけじゃないからな?」

 二人は揃ってシュバっと手を挙げた。

「というわけで、それじゃまた明日!」

「待て待て、マジに待ってよ!? ちょっと!?」

 ラルフが止めるも、ダニエラとホッブは本当に帰りやがった。

「なんて友達がいの無い連中だよ、まったく……」

 まさか超上玉のクラエスフィーナをそこら辺の路上に転がして帰るわけにはいかない。家はわからないし、そもそも鍵を出すのにクラエスフィーナがどこに持っているのか……「身体検査」は興味があるけど、さすがに寝ている友人にそれはちょっと。

「仕方ない……うちに連れ帰るか」

 ラルフはため息をついて、ずれ落ちかけたクラエスフィーナを担ぎ直した。

「……にしても、ホントクラエスは“ある”よな……」


 さすがにこの時間は店は閉まっているので裏口から台所に入ると、まだ起きていた妹がちょうど水を飲んでいたところだった。

「あ、ただいまジュレミー。客間のベッドって……」

 ラルフが話しかけようとしたら、妹が挨拶も抜きに金切り声を上げた。

「お母さん! お父さん! バカ兄が、マジバカ兄で女の子を誘拐してきちゃった!」

「酷い誤解だ!? ジュレミーおまえ、兄をなんだと……!」

 兄の姿を一目見るなりとんでもない誤解を叫びだす妹に、ラルフは頭痛が止まらない。もしかしたらアルコール性かも知れないが。

 とにかく説明しようとするも、その前に父母が飛び出してくる。

「ラルフ! いくら俺みたいにモテモテじゃねえからって、犯罪すれすれに手を出すとは何事だ!」

「誘拐なんかしてないんだってば! ていうか誘拐はすれすれじゃなくて犯罪そのものだから! そもそもどこの誰がモテだって!?」

「ジュレミーも夜中に騒ぎ過ぎだよ、静かにしな! 外に聞こえたらこっそり家の中で隠滅する事ができなくなるじゃないか!」

「母さんも結構うるさい……のまえに、発想が怖いよ!?」

 ラルフが状況を説明できるようになるまでに、この後まだ三十分の時間が必要だった。

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