第31話 反省会って、飲み会の言い訳だよね

 いつもの「黄金のイモリ亭」で、いつものエールを片手に。

「あ~……ホッブのせいで酷い目に遭った」

 ダニエラが飲んだくれていた。


「おまえのせいでよその専攻の助教にメチャクチャ説教されたじゃねえか!」

 とダニエラが苦情を言うも、対面で飲んでいるホッブはそれを平然と切り捨てる。

「俺のせいじゃねえだろ。勉強してねえお前が悪い」

「あの場で言わなくてもいいじゃねえかよ! ごまかしてくれてもさあ!?」

「だったらはっきり『ごまかして』と言えよ」

「助教の前で言えるか! そんなの言ったら結果が同じことになるわ!」

 ギャアギャア騒ぐ二人の横で、両手でジョッキを持ったクラエスフィーナがうんざりした顔で天井を見上げた。

「こんな状態で飛べるようになるのかな……飛行理論もまだ何にも考えつかないし」

 今日も一日無駄にした。

 クラエスフィーナが深々とため息をつく。明るい展望はいまだ見えない。


「そうだよねえ。“翼”もまだ実験さえできない段階だしね」

 ラルフも頬杖をついて考え込む。

「とりあえず宙に浮く“翼”を作らないと話にならないよね」

「……こんなの基礎以前の話だよね。私たちだけ、なんでこんなに遅れているんだろう……ラルフ、どう思う?」

 クラエスに聞かれて、ラルフは顎を撫でながら原因を考えてみる。

 なぜこのチームは遅れているのか? 静学系の門外漢なりにラルフも考えてみて……多分アレだと思うヤツを思いついた。


「きっと、古文書探しに十日もかけたのがまずかったんじゃないかな?」


「うわーんっ!」

「あっ……」

 ラルフがしまったと思う暇も無く、古傷を抉られたエルフは泣きだしたのだった。

 



 三十分後。

「らって。私らって、役に立つと思って……ううう」

 クラエスフィーナが飲んだくれていた。

 それはもう、飲んだくれていた。

 机にジョッキがいくつも転がっている。酒が回っているので、一向に傷口が癒えないらしい。

「ラルフ、何したんだ?」

 ホッブに睨まれて、ラルフは頭を掻いた。

「いやぁ……クラエスのトラウマ踏んじゃって」

「気をつけろよラルフ。ちゃんと空気読めよ」

「おまえにだけは言われたくないぞ、ホッブ!」

 男たちが小さい声で言い争いをしている間も、新しいジョッキを持って来させたクラエスフィーナはスペアリブ(たぶん豚)をモソモソかじりながら鼻をすすり上げる。

「うぅ……私にも学科の友達がいたら、もっと早く情報も入って助手集めも出来たのに……」

「ああ、そうだねえ」

「課題を始めても、わからない事ばかりであれもこれも裏目に出てるし……」

「うん、まあ、そうだねえ」

 今さら言っても仕方ないことをウジウジ言い募るクラエスフィーナ。相槌を打つのもなかなか大変だ。なので。

 エルフの久しぶりにめんどくさい状態に、相槌の加減を誤ったラルフはうっかり急所に突撃をかましてしまった。

「あれ? そう言うってことは、クラエスは学科に友達いないの? じゃあもしかして……付き合いのある人間って、今ここにいる三人だけ?」

「うっ⁉」

 ラルフの心無いウッカリに、クラエスフィーナが石像になったみたいに固まった。

「あっ……」

「……ラルフ、それ口に出したらいかんヤツ」

 今頃傷口に手を突っ込んだことに気がついたラルフの脇腹に、ダニエラが軽く一発拳を入れた。ホッブも黙って顔の半分を手で覆う。

「本当にお前は、アホか」

「ごめん……」


 何とかしろという無言の圧力を二人から受けて、ラルフが恐る恐る声をかけるも……。

「あー……えーと……」

 黙り込んでふるふる震えているエルフに、なんて言ってフォローしたらいいものか。色々話しかけても全く応じる様子のないクラエスフィーナに、ワタワタしながらラルフは親友を見た。

(どうしようホッブ。思いっきりヤバいところへ当たったみたいだ)

(どうしようったって、どうしようもねえぞ)

 呆れ果てているラルフの親友も、とっさにいい手が思いつかない。腕組みすると眉根を寄せて考え込み……カッと目を見開いた。

(……仕方ねえ、迎え酒の要領で行け!)

 ホッブの気迫に、ラルフの期待も高まる。

(というと、何をしたらいい?)

(もっと派手に黒歴史をほじくり返せ! そうすれば友達がいないくらい、大した話じゃなくなる!)

(おまえは悪魔か!?)




 黒歴史をほじくるまでもなかった。

 自棄になったクラエスフィーナは、さらに浴びるように酒を飲み始めた。へべれけに酔っぱらったエルフは、卓に身を伏せたままクダをまく。

「あらしらってれ……あらしらって、おろもらちつくろうひょがんびゃりまひらよ?」

「おいダニエラ、このポンコツ何を言いだしたんだ? エルフ語か?」

「おまえの慣れ親しんだ王国語に決まってんだろ、すっとこどっこい。『私だって、友達作ろうと頑張りました』つってんだよ」

 扱いに困ったホッブとダニエラがボソボソ話していると、単語を拾ったクラエスフィーナがいきなりガバッと起き上がる。

「そう、それらの! 王国語!」

「……王国語がどうかしたのか?」

 エルフがストンとまた座り、卓に突っ伏してさめざめと泣く。

入学にゅうらくたばっかりの時、あらし周りにまひゃりひ声をかけひゃのよ? でもれもエルフえりゅふが珍しいのひゃ蜘蛛の子をらすみたいに逃るの!」

「あー……」

 これは、三人とも原因に心当たりがある。


 クラエスフィーナが美人過ぎる。

 エルフ族という希少性、そのエルフ族が気難しいという風評に加えて実物が王都でも滅多に見ない美しさだ。

 そしてクラエスフィーナが入った魔導学科は……基本的に引きこもり予備軍でコミュニケーション障害寸前の「ぼっち気質」が多い。同じ研究室にいるとかで、強制的に交流が発生する場合とかならともかく……人間相手の近所づきあいさえ難しいのに、エルフに「ちょっと良いですかぁ?」と声を掛けられたら……。


「そら、逃げるわ」

「逃げるだろうなあ」

「魔導学科の根暗どもには無理だよね」

「マイ先輩せんぴゃいいなフンドリーなのっているじゃひゃない!」

「あれを基準にすんじゃねえ。裸エプロンでおならで空を飛ぶような先輩ばっかりでいいのか?」

「それはや!」


 水を飲ませたり、ダニエラがトイレに連れて行って吐かせたりすると、泥酔エルフはやっと少しまともになった。

 それでも、くだをまくのは止まらないけど。

 クラエスフィーナは今度は水の入ったジョッキで卓をダンダン叩く。飛び散った水を頭からかぶっているけど、酔っ払いは気にしない。

「ヒドい人になると、声をかけると涙目で震えながら『アイ キャン ノット エルフィッシュ』とか叫ぶのよ!? 喋ってるじゃないあなた! 今! ていうか私は王国語で話しかけてるでしょ!? なんで 履修届の提出先を聞こうとしただけで私が虐めたみたいになってるの!?」

「クラエス、だいぶ溜まっているねえ」

 ラルフが思わず漏らすと、ダニエラが訳知り顔に頷いた。

「そら、そうよ。故郷から一人で出て来て、知り合いもいない町で暮らしているんだぜ? それで学院でも誰も相手にしてくれないんじゃ、たまには愚痴りたくなるってもんよ」

「その割にはグルメだのショッピングだの満喫して、『もう田舎暮らしは無理』とかほざいてるが?」

 ホッブに冷ややかにツッコまれるも、ダニエラは見下した微笑みでヤレヤレと首を振る。

「ははん、わかってねえなあ。クラエスはな、普段は寂しさを隠して陽気に振舞ってるんだよ。繊細なあたしにはわかる! 間違いねえ! ホッブもその辺りに気が回らねえとな~、彼女なんかできねえぜ?」

「ダニエラごときに人情の機微がわかるってんなら、ラルフは今頃文章学の権威になってるぞ」

「なあ、あたしなんでそこまで言われにゃなんねえの? ラルフみたいな根腐れのアホよりは、あたしの方がなんぼかマシでしょうが」

「それは僕のセリフだ、この底抜けドワーフ」

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