第30話 いきなり黒歴史

 運び込んだ機体を見て、管理者の助教は怪訝な顔をした。

「君たちの試作機……重すぎないか? 部材がやたら太いというか……」

 やっぱり骨組みの太さが気になったらしい。

 四人は顔を見合わせた。代表してダニエラが答える。

「クソ重てえクラエスを支えるように作ったもんで」

「なるほどな」

「待って!? 私、そんなに重く見えますか!? ねえ!? ちょっとぉ!?」

 気になっただけで疑問自体はどうでも良かったらしく、生返事で準備に入っていった助教をクラエスフィーナの悲鳴が追いかけた。


 実験場の備品の架台を借りて“翼”を設置し、浮き上がった時に吹き飛ばされないよう天井から吊るしたロープをかける。

「前側を少し高くするんですね」

 少し上向き角で設置した“翼”を見て、ラルフが助教に尋ねた。これは初めて見る工夫だ。

「ああ、先行チームの研究でな。翼の下に風が入らないと浮き上がらないらしい」

「そういうものですか」

 何気なく話していて、不意にラルフの脳裏をチリッと小さな稲妻が走った。

「……ん?」

 今の会話が、何か大事なことを含んでいるような……。


 “翼”の設計をするのに、重要なヒント。


 に気づかず、ラルフは後ろのクラエスフィーナを振り返った。

「ところでクラエス、これ実際に乗ってみた方がいいんじゃない?」

 そのまま次の打ち合わせに入る。

 ひらめきに縁が無い男、ラルフであった。




 助教が号令をかけた。

「よーし、扇風機を回せ!」

「はーい!」

 クラエスフィーナが構える中、壁際に設置された巨大な二基の“扇風機”が回り始めた。

 先日のアントニオ先輩が開発した「ファン」に似ていて、円形に配置された六枚の羽根が空気を切り裂いて風にする構造になっている。ただし、大きさは直径が二メートルほどもあり、廻すのに必要な力も起きる風の威力も桁違いである。

 ……つまり、クラエスフィーナの言っていた「魔力=威力」理論に基づけば「魔力」で廻せる大きさを超えている。


 そんなわけで。

「なんであたしがこんな係なんだよっ!?」

「黙って漕げ、ダニエラ!」

 ダニエラとホッブが円形羽根の軸につながれた動力装置カラクリのペダルを踏み、必死に漕いでいた。一応クラエスフィーナを除いた三人の脚力を測定して、一番弱かったラルフが観測にまわっている。

「先生! このペダル、やたらと重いんですけど!?」

 ダニエラの悲鳴に、むしろ嬉しそうに助教が頷いた。

「うむ! 我々が漕ぐ力を単純に羽根に伝えても、回転させるのに大した力にならないからな。間に何か所も歯車ギヤをかまして、何倍にも回転速度を上げるように設計してあるのだ。設計に苦労した力作だぞ!」

「そ、それがペダルの重さと何の関係が……!?」

「工造学科が何を言っている。間に挟まるギミックが増えれば増えるほど、最初に動き出す時に強い力が必要になるだろうが。巡航速度に達したら、そんなに重くも無いはずだ」

「くそっ、何の慰めにもなりゃしねえ!?」

 必死で漕いでいる二人のおかげで、かなり暴力的な強風が実験室の中を通り抜けている。その中で目を凝らして“翼”の挙動を観察していたラルフが、風を作っている二人にメガホンで叫んで報告した。

「ホッブ、ダニエラ! あのね~! え~とね~!」

「け・つ・ろ・ん・を・い・えっ! キッツイんだよ、これ!」

「わかった~!」

 息が上がっているホッブに怒鳴られ、一旦言葉を切ったラルフがもう一回叫んだ。

「まったく浮いてない~!」

「なんだとっ!?」

「なんでだ!?」

 驚いた二人がペダルを漕ぐのを忘れ、回転がどんどん落ちた扇風機が止まった。風音と歯車のきしむ音が消え、静かになった実験室にダニエラの叫びがこだました。

「もう一度言え、ラルフ!」

「だから、全然浮いてないんだよ!」

 慌てて扇風機から戻って来たホッブとラルフに、ラルフが現物を指し示しながら説明する。

「今の風でも、この機体まったく浮かないんだよ」

「まったく?」

「まったく。これっぽっちも。この架台から一ミリも浮いてない。押されてズレてもいないよ」

 ダニエラがぶら下がっているクラエスフィーナに怒鳴った。

「重すぎだ、おまえ!」

「私のせいじゃなーいっ! 今の風で押されてズレもしないなんて、おかしいよコレ!?」

 首を傾げた三人はしばし沈黙して……申し合わせたように実験場を管理している助教に顔を向けた。

「なぜでしょう?」

「いや、俺も飛ぶ装置なんか専門外なんだが」

 それでも今まで各チームの実験を見守って来ただけあって、寺院建築学の助教は一応の心当たりがあるようだった。

「多分だが……単純に重すぎるな。やっぱり部材が太すぎる」

 風で浮かび上がる力でもカバーしきれないくらい、“翼”自体が重すぎる。

「でも、クラエスの重さをカバーするには……」

「私、重くないよ!?」

「そのクラエスフィーナ君の体重だがね、もっと細い部材でもカバーできるんじゃないか? 大柄の男子学院生がチームリーダーの所も多いが、こんなに頑丈な角材を使ったチームはないぞ? いくらクラエスフィーナ君が重いとしても、耐荷重に余裕を見過ぎじゃないか?」

「私、重くないってば!」

「うーん……クラエスが乗るのを考えれば、安全に幅を持たせたかったんっすけどねえ」

「だから、私そんなに重くない!」

 クラエスフィーナの抗議も無視して、ダニエラと助教が話し込んでいる。

 ラルフがゴクリと喉を鳴らした。

「動学系の集中力って凄いねホッブ。あれだけうるさいクラエスをガン無視だよ」

「ああ。ダニエラの方はワザとかもしれねえがな」


 ミャーミャー喚いているクラエスフィーナを無視した議論も、十分ほど続いてついに結論が出そうな雰囲気になっていた。というか色々可能性を潰して、結局は骨組みが重すぎるという結論になりそうだった。

 助教が眉間に皺を寄せてこめかみを指で掻く。

「そもそもクラエスフィーナ君の体重は設計の段階で元より計算に入れているだろう? この装備、強度計算はどうなっているんだね?」

「あ、それなんすが……えーっとっすね……」

 助教に根本のところを指摘されて口ごもるダニエラ。なにしろ設計図が描けないくらいだから……そんなものは、当然やっていない。

 答えに詰まったダニエラが、横で見ていたホッブにアイコンタクトで援護射撃を要請した。

(おい、ホッブ! 頼む、助教を丸め込んでくれ!)

 口の巧さに関して言えば、法論学のホッブは四人の中で一番達者だ。とっさに相手を煙に巻く能力は、入学以来の付き合いのラルフも感心するほどである。

(わかった)

 ホッブがかすかに頷いて、助教の肩をフレンドリーに叩いた。

「いやあ、それなんですがね……ダニエラの奴は小難しい理論が一つも覚えられないほどオツムの出来が悪いもんで、強度計算どころか製図もできないんすよ」

「おまえ確か二年生だったな!? この一年以上何を勉強してきたんだ!」

「ひぃっ!?」

 えらい剣幕で詰め寄る助教に散々責め立てられた挙句、最後には首根っこを捕まえられて補習に連れ去られたダニエラ……を見送ったラルフが、ホッブに振り向いた。

「ダニエラは状況をわかりやすく説明して欲しかったわけじゃ無いんじゃないかな?」

「そうか? パニクって自分の口で説明できないのかと思った」


 口の廻る男、ホッブ。ただし、空気は読めない。




「ところでクラエス、さっきから静かだけど……どうしたの?」

「べ、ベルトがお腹や肩に食い込んで……早く下ろして……」

「ああ、重いからなあ」

「違うよ!? そうじゃないよ!? この実験機が欠陥設計なんだよ!」

「いや、そもそも『設計』はされてない。完全にやっつけ仕事だよ」

「欠陥なのは設計者の方だよな」

「なんでもいいから早く下ろしてよ!」

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