第29話 試作一号機

 ラルフは釘を打っているダニエラにもう一度訊ねた。

「ねえダニエラ……これ結局、設計は何とかなったの?」

 そう、元々の問題はダニエラが図面を描けないという点だったはずだ。昨日の今日で、もう実験機を作っているけど……そう言えばダニエラが製図しているのを見ていない。

 手を休めたダニエラがニッと笑って親指を立てた。自信ありげだ。問題は解決したらしい……が、手元に図面はない。

「おうよ。あたしもさんざん悩んだんだがよ……発想を転換すれば簡単な話だったんだ」

「どういう風に?」

「図面上で色んな法則を当てはめて、完璧な設計をしようと思うから難しくなるんだ。でも、審査ではとにかく飛べばいいんだろ?」

「まあ……そう、かな?」

 ダニエラの理屈は短絡的だけど、合っているような気がしないでもない。ラルフは続きを促す。

「そこで考えたんよ。先に実験機を適当に作っちゃって、試行錯誤しながら正解に近づけて行けばいい」

「う……うう~ん?」

 何か、話がおかしくなってきた。

「そんでよ。うまくいく機体ができたら、その現物を元に図面を描けばいきなり完璧な完成図面が描けるって寸法よ! ハハハ、意外と簡単な話だったな」

 愉快そうに笑うドワーフに、ラルフはドン引きしかない。これは発想の転換というより、本末転倒というのが正しい。

「……それって、とりあえずマトモな機体ができるかどうかは勘頼りってことだよね?」

 そういう手は、長年経験を積み上げた職人ならなんとかなるって言うものじゃなかろうか? 空を飛ぶことに関して初心者でさえないダニエラが、初めての分野でどうやってノウハウを発揮するというのか。

 鼻歌交じりに金づちを振るうダニエラの背中を、ラルフは呆然と見つめた。


 その為にラルフは、一番最初に感じた違和感をツッコミ忘れた。


   


「なあダニエラ。これ……浮くのか?」

 ホッブの第一声を聞いて、ラルフもさっきツッコミ忘れたポイントを思い出した。

「あ、それ僕もさっき思ったんだ」

「思ったなら言ってやれよ……」

 今、四人の目の前に置かれている一号機。完成した実験機を一言で言い現わすと、


《絵を描くキャンバスの馬鹿でっかいの》


 になる。

 細長く長方形に成形した木枠に、帆布を張り付けて薄板で押さえ釘を打ってある。中央付近の下部には背負い紐と胴に巻くベルトが備え付けられていた。


 ラルフとホッブが違和感を抱いた原因は、主にその枠組み。

 空力特性とかは、工造学科でもない二人にはわからない。だから形はおかしいと思ってもツッコめないんだけど、それを置いといても使っている角材が……太すぎる。


 椅子でも作るような太さの角材に、試しにラルフが座ってみた。折れるどころか、きしむ音さえ聞こえない。ホッブが“翼”の片側を掴んで持ち上げてみると、予想していた以上の重さに取り落としそうになる。湖まで持って行くのに、ホッブとラルフだけでは難しそうだ。

「おいダニエラ。この“翼”、重過ぎねえか?」

 ホッブに聞かれたダニエラが肩を竦めた。

「仕方ねえだろ。クラエスの重さに充分耐えられるものにしようと思ったら、使う木がこんな太さになっちまったんだ」

「あぁ……」

「なにその『全部分かった』って顔!? 酷いよ!?」 

 なんとも言えない顔でチラリとみてくる男子二人に、クラエスフィーナが涙目で抗議の声を上げた。


   ◆


「風洞実験場?」

 “翼”のちょうど真ん中あたりを持ったラルフが訊き返した。

「おうよ。でかい部屋の真ん中に実験物を置いてな、それに人工で作った風を当ててどう煽られるかを確認する施設なんだ。王都にある学院の中でも、うちと工造専門学院の二か所にしかない珍しい設備なんだぜ」

 先頭を歩くダニエラが説明する。重い実験機を運んでいるので息が苦しそうだ。

「ほえー……そんな設備があるんだねえ」

 ラルフの反対側を持っているクラエスフィーナが感心した声を上げた。が、すぐに首を傾げた。

「それって、何を調べるのに使ってるの?」

 理屈を知らないと、風を当てるという行為に何の意味があるのかわからない。専攻でない人間にとっては、特殊実験の施設なんてそういうものだ。

 クラエスフィーナの素人らしい疑問に、工造学科のダニエラは自慢げに肩をそびやかした。ダニエラ自身は専門外だけど。

「嵐とかで、風に吹かれた建物や構造物にどんな影響が出るかを調べる為の物なんだ。んで、今度の課題では実際に空へ飛ばす前に、まず宙に浮くかどうかをソイツで皆が試しているんだってよ」

 得意そうなダニエラの話を聞き、一番後ろで機体を支えていたホッブが口を挟んだ。

「つまり、誰かの受け売りなんだな?」

「うるせえ! あたしらの役に立てば、誰が言い出したかなんて関係ねえだろッ!?」

「やっぱりね。ダニエラが急に分かったようなことを言い出したから、熱でもあるのかと思ったよ!」

「ラルフもうるせえよ!? つべこべ言うならおまえも役に立つこと聞きこんで来いよ!」

「良かった~。ダニエラの発案なのかと思って、安全なのか心配してたんだよ」

「あたしのアイデアだと信用できないの!? クラエスが一番ひでえ!」




 風洞実験場は先日の秤小屋の近くだった。まだ先客がいるので、運んで来た“荷物”を持ったままの格好で待機する。

 もうこの時間だと日差しのピークがとうに過ぎたとはいえ、屋外に立ちっ放しだと夕方でもまだまだ暑い。その中で荷物を持ち続けているのはなかなかの苦行だ。


 そもそもこの“翼”、なかなかの重量があるので担いだまま待機だと結構厳しい。

「置いとく“馬”だいざを持ってくればよかったな……」

 ラルフがぼやくけど、四人しかいないチームでは“馬”まで運ぶ余力がない。前のチームの実験が早く終わらないかと皆ため息をつく中、ダニエラがうんざりした声を出した。

「なあ……なんかあたしの負担が大きくねえ?」

 ダニエラが一番前を一人で持っている。中央付近をラルフとクラエスフィーナが両側から持ち、後端はホッブの担当だ。

「仕方ないじゃん。身長順で持ってるんだし」

 言いながらラルフは後ろのホッブに目配せ。ホッブもラルフの言葉に捕捉を入れた。

「四人がかりじゃねえと持ち運べねえし、横倒しに落とす心配もあるから両側にも配置しないとな」

「そりゃ、そうなんだけどな……」

 ダニエラが人一倍身長が低いので、四人がそれぞれ角を持って運ぶわけにもいかない。身長順と言われれば、両極端のダニエラとホッブ、その中間に同じくらいの身長のラルフとクラエスフィーナという菱形配置にならざるを得ないのだ。

「わかるけどさ、これ何とかなんねえかな……」

 ぶつぶつ言っているダニエラの背中を見ながら、ラルフとホッブが口元をかすかに綻ばせながら視線を合わせた。

(うまく丸め込めたぞ、ホッブ)

(ああ……ダニエラの奴、気がついていないな)

 長い荷物を運ぶ際、荷物に傾斜がつけば重量は下で受けている側に大きくかかる。上側が持ち上がれば持ち上がるほど、下側の負担は大きくなる。極端な話、下側が重さを支え、上側や側面は荷物が転がらないように横方向を支えているのが主な仕事になる。

 つまり人力で運ぶことを選択した段階で、一番重い負担がダニエラにかかるのは決まっている。

「こんなのが毎回だと堪んねえぞ。台車とかも作らないとダメかもな」

「そうだねえ。その方が楽だよねえ」

 後ろの二人の邪悪な思惑も気づかず、チームで唯一の工造学科生ダニエラはクラエスフィーナと愚痴をこぼし合っていた。

「あークソ、重てえなぁ!」

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