第28話 発想を変えれば何も問題はない

 結局鬼ごっこで一時間を費やし、ラルフとホッブはなんとかクラエスを捕獲した。

「手間かけさせるんじゃねえ!」

「だって、だってぇぇぇぇ!」

「君の研究だろ? これは」

「そうなんだけど……」

 ぐるぐる巻きに縛られた上に首輪で紐につながれたクラエスフィーナを、ラルフとホッブは工造学科の実験場に連行していた。先に行っているダニエラに、研究設備の一つを借りるように言ってある。

「だけどホッブ、こうしてクラエスに縄をかけて引きずってるとさ」

「おう、手が疲れるか? 重いもんな」

「そんなに酷くないよ!? 私だって歩いてるじゃない!」

 紐を握ったラルフが、照れたように笑って鼻の下をこすった。

「いや、奴隷商人が禁止されるのもわかるね。なんかいけない悦びに目覚めそうだよ」

「それ何か、きっと違うヤツだよ!?」

「……奴らは商売でやってんだからな? 売り物で遊ぶためじゃねえからな?」


 工造学科の実験場に立つ建物の前で、ダニエラが助教と一緒に待っていた。

「おう、設備を借りる許可は取れたぜ」

「こっちもクラエスを連れてきた。無駄な時間がかかっちまった。早速やろう」

 ダニエラとホッブが打ち合わせている後ろで、クラエスフィーナがキョロキョロ辺りを見回した。

「ここで何をやるの?」

 見たところ、この付近で課題の研究をしている人間はいないように見える。どちらかというと室内で行う小さな実験をする所みたいだけど……。

 ダニエラが後ろに立つ小さな小屋を指した。

「クラエスがどうしても体重計るのが嫌みたいだから、工造学科の最新鋭の計測装置を借りることにした。コイツに入ると、おまえが体重計に乗らなくてもよくなるんだ」

「へえ……どういう構造なんだろ?」

 クラエスフィーナはダニエラが指し示した小屋に入ってみた。

 中は特に何もない。ちょっと動物の匂いがするので家畜小屋みたいだけど、別にここで飼っているわけでもなさそうだ。天井にも窓にも、特に変わった装置が付いている感じはない。

「なんだろ……別に魔力の発動も感じないけどなあ。何をどうやって測っているんだろう?」

 クラエスフィーナが首をひねっていると、外で助教がダニエラに説明する声がする。

「……よし、データ取れたよ。クラエスフィーナ君の体重は〇〇キログラムだ」

「なんで!?」

 慌てて小屋から転げ出たクラエスフィーナがダニエラに食ってかかった。

「なんで!? どゆこと!? どうして私の体重が出るの!?」

 今なにも起きていなかったはずなのに、どうしてクラエスフィーナの体重が出るのか? 動揺しているクラエスフィーナに対して、ダニエラは平常心で呑気にメモをしている。

「おおクラエス、おまえの体重〇〇キロで合ってる?」

「知らない! 最近は怖くて体重計なんか載った事ないよ! それよりなんで私の体重が出たの!?」

 パニクっているクラエスフィーナに、ホッブがニヤリと笑いかけた。

「この小屋はな、工造学科が開発した牛馬用の秤なんだ。床全体が秤になっているから、中に対象物が入れば計れるんだよ」

「引っかかったぁ!? 私のまわり、畜生しかいないよ!?」

 体重がバレてショックが隠せないクラエスフィーナを置いておいて、ダニエラも中を見学してみた。

「はー、ホントに見た目普通の小屋と変わんねえな」

 ダニエラが中を見回していると、外で助教がラルフに説明する声がする。

「……よし、データ取れたよ。ダニエラ君の体重は〇〇キログラムだ」

「あたしのまで計るんじゃねえよ!?」

「小さいわりに、意外とあるね」

「うるせえラルフ!」

「あー、確かにクラエスの半分どころじゃねえな。ごめんなダニエラ。確かにおまえを搭乗者にしても仕方なかったわ」

「ホッブも謝る振りしてエグッてくるんじゃねえ!?」




 研究室に戻ったホッブは、消沈している女子二人を眺めた。

「研究にどうしても必要なことだったろうが。いつまでも気にしてるんじゃねえよ」

「ううう……乙女の体重は国家機密より重いんだよ……」

「うるせえクラエス。重いのはおまえの体重だ」

「はうっ!?」

 床に転がってピクピクしているクラエスフィーナは、今日はもうダメかもしれない。

「……あたしのは筋肉なんだよ。クラエスみたいに贅肉百パーセントじゃねえんだよ」

「ダニエラも自分をごまかすのに時間を使ってんじゃねえよ」

「うるせえっ!」

 コーヒーを入れていたラルフが、お盆で運んできて各自の前にカップを配った。

「なんでも助教の話だと、将来は身体の中の脂肪の割合まで計れるようにしたいってさ」

「そんなディストピア嫌だぁ!?」

「あのバカ、余計な機能までつけるんじゃねえよ!?」


 女子に散々な評価だった家畜計測器だったが、この装置のおかげで知りたい情報クラエスのひみつもわかった。色々諦めたクラエスフィーナが身長その他も測らせてくれたのだ。

 ホッブがコーヒーを口に運びながら紙を広げる。ダニエラがメモした“翼”の絵だ。

「これで実際に“翼”の製作に描かれるわけだが……まずはクラエスを風に乗せるところからだな。そのあと推力をどうするか決めて、最適な形の“翼”をもう一度作り直す必要があるかもしれねえ」

 今のところ、まだ何を使って前に進む力を得るか決まっていない。

「ダニエラ、とりあえず人間凧揚げでもいいからクラエスを実際に空に上げられる機体を設計してくれ。何をどうしたらいいのか、まずは現物が無いことには話ができねえ」

 工造学科の連中ならともかく、ホッブたちでは実際に物を見ないと実感が掴めない。

 この後の手順をどうしたらいいのか考えているホッブの肩を、ラルフがトントンと叩いた。

「ねえホッブ」

「なんだ?」

 床に寝転がって泣いているクラエスと、頭を抱えてぶつぶつ呟いているダニエラをラルフが指さす。

「今日はもう無理そうだよ」

「……あいつら、こんなにメンタル弱くてこの後の失敗の繰り返しに耐えられるのかよ?」


   ◆


 審査課題の研究を行うチームには、実験機を格納する為に空き倉庫などが貸し出される。

 自分の授業が終わったラルフがそっちに顔を出してみると、ダニエラが中で“翼”の組み立てをしていた。

「おはようダニエラ。これ……実験機かい?」

「おうよ! もうすぐ形ができあがる。一日でここまで作れる辺りが、さすがあたしだぜ」

 ダニエラは手元の角材同士を線を引いた位置に貼り合わせ、釘を打つ。

「で、それは何をしているの?」

「ホッブが言ってたように、とりあえずクラエスが宙に浮くのかどうか、まず一台作ってみてる。これで風に乗れるのがわかったら、形を検討して二号機の製作だな」

「ふーん」

 全く知識のないラルフには、どこをどう手伝っていいのかわからない。だから黙ってダニエラの頭越しにのぞき込み、彼女の作っている機体を眺める。


 見事なまでに真四角な木のフレームは、クラエスフィーナが縦並びで三人寝れるほどの大きさだった。さすがに一本の木材でその長さは用意できないので、継ぎ足しをしたところは補強を入れている。四角い外枠だけでなく、途中にも何ヶ所か前後を繋ぐ桁が入っていた。見た目は巨大な格子戸としか言いようがない。


 ラルフはなんとなく違和感を感じた。

「うーん?」

 全く知識はないけれど、一般常識として……この戸板みたいな実験機、どうにも計算された結果の気がしないのだ。

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