第27話 まず明らかにすべきは乙女の秘密

 離れたところでクラエスフィーナが手を振った。

「それじゃ、行くよぉ!」

 凪いでいた草原が風で煽られ、生い茂る緑に風紋が浮き始めた。

 その直後にラルフとホッブは強風に包まれる。目を開けているのがつらくなるぐらいの風が継続して吹きつける……クラエスフィーナの風魔法だ。

 徐々に風が収まり、クラエスフィーナが歩いてきた。

「アレで最大だよ。最大と言っても、五分ぐらい継続できる持続可能なパワーで、だけど」


 ラルフとホッブは風の動きが見えやすい草原で、クラエスフィーナの風魔法が実際どれぐらいの強さなのかを見せてもらっていた。

「割と強い……けど、確かに人間が吹き飛ばされるような力はないね」

 嵐の前に風が強くなった時に似ている。道端に置いてあるものが吹き飛ばされたり、手に持った傘を吹き飛ばされたり……という程度で、馬車が横倒しになったり人間が宙を舞ったりというような威力はない。ハリケーンとか言う外国の嵐は家を空中に吹き飛ばすこともあるというけど、そんな大自然の猛威の方がよっぽど強そうだ。

「そうでしょ? これでも人間トールマンの一般的な魔術師が使える力より、だいぶ強いはずなんだけどね」

 クラエスフィーナによれば、風魔法というのは本当に単純な動きしかできないらしい。具体的には「任意の方向に今のような風を吹かせることができる」程度の物だそうだ。

「いろんなことができるわけじゃない……というより、どう使うかの発想次第って事か」

「その通りだよ」

 強弱や方向は調整できても、要するに風を起こすだけなので術者のイメージが貧困だとただ風が吹いているだけになる。

「具体的に、エルフはどういう時に使うんだ?」

 ホッブの問いに、クラエスフィーナが考え込んだ。

「うーん……暑い時にあおいでほしいとか、洗濯物が早く乾いて欲しい時とか……」

「……意外と大したことに使っていねえんだな」

「クラエスのイメージが貧困なだけじゃないの?」

「し、失礼だよ!?」

 男二人の感想にクラエスが耳をピンと立てて抗議するが、実際問題他には思いつかないらしい。

「あとはあ……かまどの火熾しに使うとか、ジャンプする時飛距離を伸ばすのに後ろから追い風を当てるとか……でも、火おこしは細心の注意を払って微調整しないと煤が舞い上がるし、ジャンプの補助推力にすると勢い付きすぎて着地でつんのめったりすることもあるし……」

 使えばいいというものでもないらしい。

「なるほどねえ。使いどころがなかなかないのか……」

「コレって言う凄い用途って、すぐには思いつかないなあ」

 ラルフとクラエスフィーナが唸っていると、ホッブが禁断の質問を発した。

「クラエスが絶望的に不器用なだけじゃねえのか?」

「ち、違うもん!」


   ◆


 三人が研究室に帰ってきたら、居残って“羽根”の設計をやっていたダニエラがウンウン唸っていた。

「どうだダニエラ。蟻が寝返りを打ったぐらいには、ほんの少しでも進んだか?」

「まったく期待してねえってハッキリ言えよ!?」

 ダニエラが机の上にペンを投げだした。

「正直、全くどうしたらいいのかわかんねえよ。とりあえずは虫や鳥なんかの“羽根”っつーか、“翼”の構造も用途に依って形に違いがあるのはわかった」

 ダニエラは一度放り出したペンをまた取って、インク壺にちょっと浸すと裏紙に線を書き始める。

 ホッブが覗き込んだ。

「これは……先日の研究チームが使っていたヤツか」

「そう。見た目で言えば蝙蝠の羽根が一番近いんじゃねえかな……んだけどよ、この形が空を滑空するのに向いているかって言うと……正直そこまで考えて設計したものとは思えねえ」

 ラルフとホッブも考えてみた。言われてみれば、蝙蝠は風に乗って進んでいるような飛び方はしていない気がする。

 クラエスフィーナが首を傾げた。

「じゃあ、どんな形が向いているのかな?」

 ダニエラが参考にしていた鳥や昆虫の図鑑をぱらぱらとめくった。

「虫よりは鳥かあ? ……それも猛禽類とか海鳥とか、巡行状態では羽ばたかずに風に乗って漂っているヤツ。クラエスが羽ばたいて推力を得るのはまず無理だから、“翼”の用途は滞空だけになるな」

「推力はクラエスの風魔法に頼るってこと?」

 ラルフに聞かれて、ダニエラが頷いた。

「だから鳥や虫とは根本的に飛び方が違うから、最悪“翼”は真四角でもいいと思うんだよな」

「それはダニエラが設計できないからじゃ……」

「うるせえっ!」

 違うとは言わないダニエラ。


「んで。最初に問題になるのは、だ」

 ダニエラがクラエスフィーナを見た。

「クラエスを支えられる“翼”の大きさがわかんねえ」

 ラルフとホッブの視線もエルフに集まる。全員に見つめられて、クラエスフィーナが居心地悪そうに自分で自分の身体を抱きしめた。

「当然重力に引かれて、クラエスには真下に落ちようとする力が加わる。重力に下から引っ張られてもその場に居残ろうとする力を、“翼”が与えてくれるって訳なんだけどよ……どれぐらいの大きさがあれば、クラエスを支えられるもんなのか? それを割り出さないと製作にはかかれねえ」

 無言の数秒間が過ぎ、ホッブが一言口に出した。

「つまりは、クラエスの重さか」

「その通り!」




 じりじりと迫る三人に、クラエスフィーナが怯えた声を出した。

「待って! ちょっと待って!? 女の子の体重をバラすなんて、そんな非人道的な事を……!?」

「体重だけじゃねえ、身長と横幅とスリーサイズと……つまり何もかもだ!」

 メジャーを持ったダニエラが薄笑いを浮かべてクラエスフィーナに迫る。気がつけば、研究室の片隅にすでに体重計が用意されていた。

「スリーサイズは関係ないでしょ!?」

「関係あるぞ? 小高き丘の賢者巨乳大好きマンのラルフのやる気が上がるじゃねえか!」

「ねえ、それ有名なの? 僕ってそんなに有名なの?」

「じゃあ、調べなくていいのか?」

「僕の海より深い探究心的に、もちろん知るに越したことはないかな!」


 悲鳴を上げながら逃げ回るクラエスフィーナに、ホッブが業を煮やして叫んだ。

「このままでは埒があかねえ! おいダニエラ、とにかくクラエスを捕まえろ!」

「おうっ!」

 ドワーフがエルフに抱きついて足を封じる。ダニエラの方が体格は全然小さいけど、エルフじゃドワーフの馬鹿力にはかなわない。

「捕まえたぞ!」

「キャーッ!? 嫌だああ!」

 暴れるクラエスを完全に封じ込めたダニエラに、ホッブが次の指示を飛ばす。

「よし! そうしたらな、ダニエラ。そのままクラエスを抱えて体重計に乗れ!」

「よっしゃあ!」

 クラエスフィーナを引きずり始めたダニエラを見ながら、ラルフはホッブに尋ねた。

「これで測っても、クラエスの体重は出ないよ?」

「ははっ、頭を使えラルフ。二人まとめて計って、その後ダニエラだけで計ればクラエスの体重が出るじゃねえか」

「あ、なるほど」

 二人で笑いあい、体重計に視線を戻すと。

「ダニエラも逃げた!?」

「くそっ、手間を増やすんじゃねえ!」

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