第26話 技術のない四人でできること
メモを見ながらホッブが唸った。
「“ファン”で浮力と推力を同時に得るってのも魅かれるが……あんなの装置が作れないよな。ダニエラ、どうだ?」
「ははははは、あたしを舐めんなよ?」
「つまりできないってことだな」
ため息をつくホッブの横から、ラルフが口を出す。
「設計図盗んで来たら作れるの?」
「……それなら、やれる気がしないでもない」
「ダニエラ、冗談でも良心がかけらもない返事は止めて……」
「おいおいクラエス、そいつは不当評価だな。一秒もためらったじゃねえか」
「え? 初めの沈黙はコピーする自信が無かったからじゃないの?」
グダグダ言う仲間たちをホッブが𠮟りつけた。
「横道にそれるんじゃねえ、バカども。二百グラムしか浮かないなんて技術を、いま盗んで来たってしかたないだろ」
「二キロなら?」
「二十キロなら考えた」
今までの意見をまとめると。
「メインの仕組みは“羽根”で滑空し、そこにクラエスの風魔法を組み合わせて推力を得る。具体的にどういう仕組みかはこれから検討。まず空へ飛び立つところをどうするかも、これから検討する。どれぐらいの早さで飛べるかはクラエスの魔法次第。進路の安定のしかたもクラエス次第。……こんなところか」
ほぼ、何も決まっていない。
「……これ、方針がまとまったって言っていいのかな?」
ラルフに言われて、ホッブが肩を竦めた。
「メインの仕組みが決まっただけでも大進歩じゃねえか。そこに何を組み合わせできるか、クラエスが回復しねえと検討も出来ねえぞ」
自然と視線がクラエスに集まる。クラエスはまだウンウン唸っていた。魔法を見せてもらうどころじゃなさそうだ。
「まあそれに、この段階でもやることは多いぞ。とにかく“羽根”の製作だけでも進めないと実験もできないからな」
「ああ、そうかぁ……」
本当は構想が固まってからじゃないとおかしいんだけど、この人数だとできる事から進めないと間に合わない。そもそもの話、木工細工だって得意な人間がいない。
「それじゃ、取り急ぎやることができたわけで……次の問題だ」
「次の問題?」
まとめに続くホッブの一言に、ラルフとダニエラが注目する。ホッブが頷いて、重々しく口にした。
「“羽根”の設計をダニエラができるかどうかだ」
「せっかく忘れてたのにぃぃぃぃーっ!?」
研究室にダニエラの悲鳴が響いた。
◆
「そう言えばさ」
帰り支度をしているラルフが、思い出したようにポツリと言った。
「『黄金のイモリ亭』の肉料理の肉が何だったのか、クラエスが解き明かしたけど……あの悪酔いしやすいオリジナルのエールっぽい何か、あれは何なんだろうね」
「ああ、あれな。オヤジに聞いても『酒だぜ』としか言わねえよな」
ラルフに言われ、ホッブも今さらながら気になったようだった。
今までも気にならなかったわけではない。
それでも深く気にしなかったのは、とんでもない答えが返ってくるのが怖かったから……なんでそんな得体のしれない物を口にできるかというと、それはラルフとホッブだからとしか言えない。
ホッブも首をひねる。
「時々味が変わるしな。オヤジが自分で何か混ぜ合わせているんだろうと思うが」
「そもそも妙に飲み口が軽いし、あれってエールなのかな?」
二人で考えてもさっぱりわからない。
「ダニエラはどう思う?」
まだ製図で悩んでいるドワーフにラルフが訊くと、頭を抱えていたダニエラが何でもないことのように答えた。
「あの店のエールか? あれはまあ、合成酒っつーか……安くあげる為にチャンポンした酒だよ。できの悪いエールに蒸留酒を混ぜて、アルコールが高くなった分加水調整して薄めてんだよ。んで、味が薄くなったのを柑橘類とかを絞って混ぜてごまかしてんだな。エールだけど泡立たねえだろ?」
「えっ? でも、蒸留酒なんか混ぜたら高くつかない?」
蒸留酒は製造に手間がかかる。薄めるにしても一杯当たりのコストが上がりそうだけど……。
ラルフがそう思っていると、ダニエラがその考えを読んで首を振った。
「
昨日のクラエスフィーナに続き、ダニエラが秘密の解析に成功していた。
(うちの女子たちって、何故か自分の専門分野じゃない場面でばかり知識があるよね)
(食いもんだけって辺り、いかにもヤツらの専門っぽいじゃねえか)
「おい、きこえてんぞ!」
「じゃあ、爽やかで飲みやすいのって……」
「寝かせてない蒸留酒と水を混ぜて味のない酒を造って、そこに酒っぽい味付けの為にエール、鼻をごまかすためにレモンやオレンジ。要するにほとんど水だから酒としてのコクがねえんだよ」
「悪酔いするのも……」
「薄くたって、性質の違う醸造酒と蒸留酒を混ぜて飲んでるからなあ。しかもアルコールのまわりが遅いから、物足りなくってがぶ飲みしてるだろ? 酔いを自覚した頃には、もう飲み過ぎて足腰立たなくなってるってわけよ」
事も無げに種を明かすダニエラに、感心したホッブが思わず漏らした。
「スゲえなダニエラ。図面は描けないくせにな」
「何度も何度もうるせえよっ!?」
涙目で叫ぶドワーフに、ラルフも気になったことを聞いてみた。
「ねえダニエラ。それだけ詳しいんだったら、なんで坑道設計学なんかに入ったの? 酒造学に入った方が良かったんじゃ……」
「……過去の先輩たちがさんざんやらかしてな……どこの学院でもドワーフは酒造学専攻に入れねえんだよ。試験醸造中の樽を待ちきれなくて飲み干しちゃったり、資料のコレクションを空にしちゃったり、な」
「君たちドワーフは、ホントにアルコール依存症なんじゃないの?」
◆
「で? そんな話をしていたのに、なんでまたココに来るかな!?」
検討会議の間ほとんど寝ていたおかげで、少し調子の戻ったクラエスがジト目で仲間を睨む。
「そういうクラエスだって来てるじゃねえか」
ジョッキを空けながらダニエラが返す。
「いいじゃん。クラエスも肉食べたかったでしょ?」
ラルフが言えば、ホッブもウンウン頷く。
「なんでも二日酔いには迎え酒がいいらしいぞ、クラエス」
「みんな反省が無いよ……」
学生客に支えられる「黄金のイモリ亭」は今日も盛況だった。
「あいよっ、ビーフシチューお待ちっ!」
「なあオヤジ。これホントに牛肉使ってんのか?」
「おいおい、ご挨拶だな。うちのは
「だからそれビーフシチューじゃねえよっ!?」
「このオヤジ、食品偽装が趣味なのか……?」
学生客の薄い財布に支えられる「黄金のイモリ亭」は今日も盛況だった。
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