第24話 エルフという生き方
クラエスフィーナの言葉に、ラルフとホッブは顔を見合わせた。
エルフって、肉はおろか乳製品でさえ食べられなかったんじゃ……。
「待って待って? 僕ら一般に、エルフはナマグサ物は一切無理って聞いていたんだけど?」
「あっはっは、そんな事ないよお。お肉だってあれば食べるよ? ただ、基本的にエルフは猟はしないし獲物の解体もできないから……外の人と物々交換した時くらいかなあ」
ケタケタ笑って世間の常識を否定してくれるポンコツエルフ。
クラエスフィーナと初めて話したあの日もそうだったけど、どうもエルフ族の実際と世間の見方に酷く乖離があるようだ。
ラルフに替わってホッブが気になることを質問した。
「じゃあようクラエス。猟をしないとか獲物の解体をできないとか、なにか宗教的なしきたりとかで普段は肉が無いのか?」
「え? 違うよ? ただ単に」
クラエスフィーナは炙り焼きにかぶりつきながら首を傾げた。
「猟なんかしたら危険だし、汚れるじゃない。解体だってグロいし、血の処理面倒だし」
ちょっと頭がくらくらしてきたホッブが、こめかみを押さえながらもう一つ尋ねる。
「いや、ちょっと待て……狩猟ってそういうもんだろ? じゃあ何か? エルフって肉食は別にいいんだけど、狩猟や食肉処理が“キツい・汚い・危険”だから普段は肉抜きってわけか?」
「そうだよ。だから他の村の人が処理まで済ませて精肉に加工してくれたら喜んで食べるよ」
クラエスフィーナは常識みたいに言うけど、それって、なにか……。
「なんか、いやな仕事から逃げてるだけのような……」
思わずこぼしたラルフの感想に、クラエスフィーナは大まじめに頷いた。
「エルフは基本的に思索とか芸術とか研究とか、高尚な趣味以外はする気が無いから」
「いや、趣味の為に生きてるって……わかんなくもねえけど、どうしたって生活はあるだろ? どうやって食ってるんだよ?」
ホッブのツッコミに、クラエスフィーナはわかんないヤツだなと唇を尖らせた。
「だから、豊かな森の恵みを分けてもらうの。木の実や果物を収穫してね」
そこは伝承通りらしい。
だけどラルフは今の話を聞いていて、当たり前だと思っていたことに逆に疑問が生じた。
「でもそんなんじゃ、不作の時はどうするんだい? 冬の季節もあんまり取れないだろ?」
採集生活だけで安定した生活が送れる筈がない。そう、例えば……。
「そう言えばエルフが農業やってるとか聞いたことがないけど、森をちょっと切り開いて畑とか作ったりしないの? 別に森の精霊に怒られるとか、そんなことはないだろ?」
ラルフに言われて、クラエスフィーナはジョッキに手を伸ばしながら“無い無い”と笑って手を振った。
「農耕なんてするわけないじゃない。めんどくさい」
“するわけないじゃない”とか、明るく言われても……。男二人だけでなく、ダニエラも意味が判らなくて頭から疑問符が飛んでいる。ついでに店のオヤジも。
食料の安定供給は人間も亜人種も関係なく悲願のはずだけど、緑に慣れ親しんでいるエルフが敢えて農業をしない? 理由が全く分からない。
クラエスフィーナがジョッキを置いて口元をぬぐった。
「森を切り開いて畑を耕すなんて……“泥臭い努力”って、エルフが一番嫌うヤツだもん。樹木の交配とかの研究とか、たまたまできている森の実りをありがたくいただくとか、そういう“俺、崇高な事やってる”感がある事はいいけど、“食べる為に汗かいて働いてる”ってのはエルフ的に“カッコよくない”んだよねえ」
「いや、ホントにちょっと待てや」
ダニエラが嫌な汗を額に滲ませて、口を挟んできた。
「なあ、クラエスよう……一族みんなが、そんな“ダサいことはしたくねえ”的なノリで生活しててさ……ラルフが言うように、森の食えるものがなかったらどうするんだ?」
「それはもう」
森のエルフであるところのクラエスフィーナは当然と言った顔で。
「食料が足りない年は、飢え死にする人も出るよ。でも仕方ないじゃない。エルフはね」
もう一度炙り焼きに手を伸ばすエルフ様は、明らかに本気の目で宣わった。
「働いたら負けだと思ってるから」
どうしても“生きていく”ことを優先する
「コイツら種族丸ごと、意識高い系の引きニートじゃねえか……」
「今までどうして絶滅してないんだろうね……」
「命がけでも働かねえってのが信じられねえ……
「わかりやす過ぎるおまえらもどうかと思うけどな」
周りが引いてるのも気がつかず楽しく肉にかぶりついているエルフを、ラルフたちは無言で眺め続けた。
◆
クラエスフィーナやダニエラと別れ、家の近くまで戻って来たラルフとホッブ。二人ともへべれけで千鳥足になっている。
というか、千鳥足を通り越して膝ががくがく震えている。
「くそっ、いつもの事だけど『黄金のイモリ亭』の酒は足にクルな!」
「あそこの酒、マジでおかしいよね。悪酔いしなかったことが無いよ」
だったら飲むな。
「まだ飲み足りない気分なのにこれだものな……絶対おかしな物を混ぜてるぞ」
ホッブがうめけば、ラルフも失敗したという顔をする。
「クラエス達大丈夫かな……家まで送ってきゃ良かった……」
「それは逆に“送り狼”を怖がられるだろ」
なんとかいつも別れる防火の大戸のところまでやってきて、ラルフが別れを告げようと思ったらホッブが「あっ!?」と一声叫んで額に手を当てた。
「どうしたホッブ!? 脳溢血かい!? あんな怪しい安酒をがぶ飲みするから!」
「脳溢血が自己診断できてたまるか!? そうじゃねえよ、クラエスの課題の事だよ!」
ホッブが「失敗した……」という顔をしている。
「打ち上げをしつつ今後の方針をみんなで検討しようかと思っていたのに……クラエスのぶっ飛んだ
「あー……」
ラルフも頭痛がしてきた気がする。
「なんで先に進まないんだろうね、僕たち……」
「……まあ、今日のはクラエスの自業自得だな。課題が間に合わなくなっても、なんか仕方がない気がしてきた……」
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