第23話 何もしていないけど慰労会をやってみる

 居酒屋特有の浮き立つような乱痴気騒ぎの中にいると、大抵のことはどうでも良い気分になってくるものだ。学院の帰途に四人がやってきた、安さと肉料理が男子学院生に人気の居酒屋『黄金のイモリ亭』は今日も賑わっていた。


 運ばれてきたジョッキを掲げてホッブが声を張り上げた。

「それじゃ、今日は一日お疲れっ!」

 ラルフとダニエラ、ちょっと遅れてクラエスフィーナがそれぞれのジョッキをホッブの持つソレにぶつける。

「お疲れーっ!」

「お疲れさん!」

「お疲れ様ー!」

 酒呑みなホッブとダニエラが一気に半分くらい飲み干し、ラルフとクラエスフィーナもそれぞれ何度か喉を鳴らして酒杯を大きく傾けた。ちょっと薄口だけど爽やかなこの店独特のエールは、疲れた身体の隅々まで染み渡る気がする。

「いやー、やっぱり一日よく働いた後の酒は美味いな!」

 ダニエラが上機嫌でもう一度ジョッキに口をつける。ラルフもウンウンと頷いた。

「その通り! 今日は頑張ったもんね!」

 まだほとんど素面のクラエスフィーナが怪訝な顔になる。

「今日、そんなに働いた? 他人の研究を見て回っていただけじゃ……」

「バカだなクラエス。ラルフとダニエラだぞ?」

 早くも一杯空けたホッブが頭の上でジョッキを振って、遠くの給仕にお替りを催促した。

「勉強に関係した事にコイツらが半日も頭を使うなんて、そりゃあ人生初の事だからな。疲れるに決まってるだろ」

「あははは、さすがホッブ! わかってるぅ!」

 ラルフは否定すべき場面ではなかろうか? クラエスフィーナはちょっとそう思った。


 給仕のハンスから二杯目を受け取ったホッブが一口飲んで卓にジョッキを置いた。

「まあしかし、ラルフじゃないけど今日は酒が美味いっくらい疲れていてもおかしくないだろう? だってよ……」


 宇宙人だの魔法少女だのに神(?)頼みしている連中でウンザリして。

 おならで空を飛べると信じるラリッた先輩の生尻を間近で観察しながら命を救って。

 ビックリガッカリな珍発明の数々に連続でツッコミ入れまくって。


「俺は今、自分が正気を保っているのが信じられねえぜ……」

 ジョッキの横にぐったりと突っ伏すホッブに続き、ラルフも乾いた笑いを漏らす。

「そもそもうちの学院、ホントに学院なのかな? バカしかいない……」

 ラルフのセリフに「おまえもだろ!?」とツッコミを入れる筈のダニエラはダニエラで、ジョッキを両手で抱えてガタガタ震えている。

「設計……設計どうしたらいいんだよ……クラエス、死んだらごめんな……」

 仲間の様子を見て、エルフも耳をへにゃりと曲げた。

「一番泣きたいのは実際に飛ぶ私だよ……根拠なくっても大丈夫って言ってよ……」




 審査の合格・不合格どころか人生投げそうなクラエスフィーナの気分を再び上向きにしたのは、やっぱり美味しい物だった。

 場の空気が落ち込んだところへ、居酒屋の主人が自ら大皿の料理を運んで来た。

 出来立ての肉料理が何種類も、卓の上にドカドカと並べられる。湯気と一緒に立ち昇る美味しそうな芳香に、それまで泣きそうだったエルフは一転して夢見心地な表情で顔をほころばせた。いつだって食べ物に釣られるちょろいエルフ、クラエスフィーナ。

「はいよっ、料理おまちぃ! 鳥モモ炙り焼きにモツと野菜の煮込み、茹で肉、挽肉の皮包み焼き、串焼き盛りに香草焼き! おやおやボウズども、今日はヤケに気前良く注文すると思ったら女連れかよ!? 全く羨ましいねえ!」

 店主は常連の学院生たちが珍しく女連れなので、これは珍しいと軽口を叩いて新顔のクラエスフィーナとダニエラに話しかけ始めた。

 ……が、普段より愛想五割増しで女性陣に料理の解説をしている店主を、常連のラルフとホッブは白けた顔で眺めた。


 ハゲ頭に顎ひげの中年オヤジは、いつも二人で来るラルフとホッブが女子同伴なのを“今知って驚いた”風を装って爽やかにおどけているけど……週一で通う二人はこのオヤジをよく知っている。

(コイツ、絶対美人が来ていると知ってて厨房からわざわざ見に来たな……)

 五十を過ぎても花街に出没しては、売り上げを使い込んでカミさんに蛇の締め落としコブラツイストをかけられている懲りないオヤジだ。例え見るだけでも、この手の機会は逃さないのはさすがの一言だろう。

(肉料理が自慢な店と言ったって、店主が肉食系である必要はないよな?)

(逆だ。肉食系が精力付くような料理屋をやってるんだよ)

 そんな話を囁き合い……ラルフとホッブは鼻の下を伸ばして愛想を振りまく店主を、ジト目で睨んだ。


 まあでもちょっとダウナーな空気になったところを、このタイミングで切り替えできたのはありがたい。

 クラエスフィーナは目を輝かせてオヤジの味自慢に相槌を打っているし、変なゾーンに入ったダニエラも届いたツマミを一心不乱に食べている。

 ラルフとホッブにしても、オヤジのスケベ心は悪くない。クラエスフィーナ(とオマケのダニエラ)に良いところ見せようとしたのか、料理の盛りがいつもの三割増しになっているのだから。

 ……それにしても。

「なあ、オヤジ。いつも思うんだがよ」

「なんだよ?」

「これ何の肉だよ?」

 ホッブが一口齧った茹で肉を振った。独特の風味があるのだけど、茹でた後に調味料をくぐらせているのではっきり何かわからない。というか、ホントに家畜の肉なのかがわからない。

 小太りなオヤジはいつにも増してテラテラと光る肌を光らせて曖昧に微笑む。

「そりゃおめえ、“肉”だよ」

 揚げ物でもやって調理の脂がしみ込んでいるのか、美女成分をいま吸収したからか。いつもより後光が差して見えるほど光って見えるオヤジの営業スマイル。

 に、ごまかされるほどラルフとホッブは馬鹿じゃない。なによりお手本みたいな満面の笑顔が、余計に怖い。

「……まさかとは思うけど、人に言えない類の肉じゃないよね……」

 ちょっと手が出しにくくなったラルフに、オヤジが仕方ないと声を潜めた。

「仕方ねえなあ……コイツは店の営業秘密だから、大きな声じゃ言いたくねえんだがよ」

 二ッと笑って親指を立ててみせる。

「人間は使ってねえぜ」

「待って!? 残りの対象範囲が広すぎる!?」




 ラルフとホッブが今からでも店を変えるべきかと思った所へ……意外なところから答えが出てきた。

 自分も茹で肉を取ったクラエスフィーナが、一口食べてよく咀嚼しながらウンウン頷いている。

「これは……成獣の羊肉マトンだね。旨味の出方から見て結構歳がいってる……羊毛を取るのに飼っていた羊が歳を取ったから潰したのね。スパイスで上手く臭みを隠してるなあ」

 クラエスフィーナの堂に入った分析に、ラルフたちだけでなくオヤジまで呆気にとられた。

「クラエス……肉に詳しいの?」

 だって、彼女はエルフなのだ。エルフと言えば亜人種の中でも草食系で有名で……ぶっちゃけ、木の実や果実だけを食べて生きてるイメージがある。そのエルフ(現物)が、利き肉? をするとは……。

 炙り焼きを齧ったダニエラがおかしそうに笑って一杯目を空けた。

「ビックリするだろ? クラエスは肉が大好きなんだぜ」

「ふふん、肉ソムリエと呼んで?」

 肉食を自慢するエルフ……。

 クラエスは他の料理も次々に口にする。

「串焼きは牛……やっぱり農耕用だったのを潰した肉だね。硬いはずなのにうまく柔らかくしてる……香りづけの為に見せかけてるけど、多分柔らかくする為の漬け汁に入れて寝かせたのかな? 挽肉包みもマトンだね。一緒に刻んだネギやニンニクが入っているのはアクセントと一緒に臭い消しか」

「すげえ、嬢ちゃんいい舌してるな!」

 オヤジが目を丸くして思わず漏らした。合っていたようだ。

 常連客リピーターも多いここの客の中で、肉の正体きぎょうひみつを唯一看破したのが初めて来たエルフ……。


 一通り味見をしたクラエスフィーナが満足そうにジョッキを傾ける。

「あ~、お肉を好きに食べられるだけでも王都に来てよかったあ……こんな色んな種類は、エルフの里じもとだと手に入らないものねえ」

「そりゃそうだよなあ。やっぱ王都は色々あっていいよな!」

 笑いあうクラエスフィーナとダニエラを呆然と見ていたラルフは、ふとクラエスフィーナの言い方が気になった。

「ん? 今の言い方だと、エルフの里でも肉は食べるの?」

「そうだけど? 何かおかしい?」

 クラエスフィーナがキョトンとした。

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