第22話 エルフにできる事

 クラエスフィーナの話だと、魔法の威力はイメージされるほど大きなものではないらしい。たとえ高魔力を持つエルフ族でもだ。

「よく知らない人ほど天変地異レベルの凄い破壊力を期待するんだけど、そんな力は伝説の魔導士でも無理だと思うよ? 私たちエルフ族でも風魔法ならいいところで突風、火魔法でも目の前に火炎放射ぐらい? もちろん十メートルも離れたら有効範囲外だよ」

「以外に弱いんだな、魔法って」

「威力と消費魔力がイコールだから。物語にあるような竜を焼き尽くす巨大な火球とか……エルフを一万人くらい集めれば、できるかなあ?」

「……エルフを一万人集めてる間に、騎士団一万人で突撃した方が早いな」

 クラエスフィーナとダニエラの話を横で聞いていて、ラルフが考え込んだ。

「威力が思ったほどは無いのはわかったけど、複雑な装置が作れない以上は魔力を補助で使いたいよね。今まで見てきて、飛び立つ時に加速するだけじゃ無理そうなのはわかったじゃない? メインは工造学の技術で、補助の推力に風魔法辺りを使えないかな?」

「そうだねえ……うん、方向の微調整で風を送るぐらいはできるかな? 揚力のメインが何かあって、空中に浮いているのを機械的な何かに頼れるならアリだと思う」

 クラエスフィーナの意見を受けて、辺りを見回したダニエラが何かを見つけた。

「だとすると……あれなんかどうだ?」

 ダニエラが指さす方向を三人が見ると、十人ぐらいの集団が何か小さな装備のテストをしているところだった。


   ◆


 どうも工造学科は女子に免疫がないらしい。クラエスフィーナが話しかけると、チームリーダーがデレデレしながら聞きもしないことまでペラペラ話してくれた。

「つまり僕の研究では、このように身につけた羽根で滞空時間を延ばしながら、水面に魔力を撃ち込んで反発力で上向きの力を手に入れるんです。この繰り返しで、着水を防いで低空を滑空して合格ラインを目指します!」

「わぁ、凄いですね!」

「いやあっはっは、それほどでも!」

 クラエスフィーナは馬鹿の一つ覚えで褒めているだけだけど、理論は後ろで黙っているホッブとダニエラが聞いているので問題ない。そして向こうの注意がクラエスフィーナに向いている間に、顔だけニコニコ笑っているラルフが実験中の設備や装備をじっくり観察する。密偵は無理でも、スリや置引きぐらいは今すぐやれそうなチームワークである。


 うまい事話をまとめて……というよりあちらが勝手に自ら見学をOKして、彼らの実験を横で見させてもらうことになった。

 軽い木材と布で作った蝙蝠の羽根みたいなのを背負った特待生、四年生のヘッジス先輩が湖から少し離れて助走を開始する。それに合わせ、助手たちが彼につないだロープを引っ張って先導して走り始めた。

「俺、なんかこれ知ってるぞ。人間凧揚げだ」

 ホッブがぼやいたとおり、この段階ではまるっきり凧揚げである。

 今日は風が強いこともあり、向かい風に吹かれて先輩は上手いこと飛び立った。飛行姿勢が安定すると、先輩は補助のロープを手放していよいよ本飛行に入った。

 ……のはいいのだが。

「やっこさんの理論、多分水面上を舐めるように飛んでないと使い物にならないな」

 ダニエラが呟いたとおり、上空では単純に滑空しているように見える。苦労して姿勢を正そうとしているのはわかるけど、魔術を使っている様子はない。クラエスフィーナが猫撫で声で助手に聞いてみると、やっぱり水面との反発で推力を得られるにはせいぜい高さ一メートルが限界のようだった。

「今の人間凧揚げは泳ぎで言ったら飛び込み台みたいなもんか。とにかく上空に上がらないと、やっぱり飛び出しがうまくいかないんだ」

 スタートダッシュである程度勢いよく空に上がり、後は滑空を併用しながら何かの力を使って水面まで落ちるのを寸前で食い止める方法がというわけだ。


 ある程度の距離を飛んだヘッジス先輩は、いよいよ湖が近くなったところで水面に向かって魔力を風にしてぶつけ始めた。

 ……が、いかにも効率が悪い。

 派手な水しぶきが立っているけど、固い地面と違って水面だと無形の水が動いて威力が半減してしまう。だから一回当たりに得られる反発力は弱いし、距離が延びないから回数が増えるし、回数が増えれば術者の疲労が加速度的に増していく。

 見る間にどんどん高度が下がって行って……大して距離が行かないうちに、着水してしまった。

 これはダメだと四人は見切りをつけたけど、ヘッジスチームの助手たちは大興奮している。

「前回の挑戦より推定二メートルも距離が延びたぞ!」

「おおっ! これは期待が持てるな! やはり魔力の持久力を鍛えれば……」

 はしゃいでいる研究チームから距離を置いて、ホッブが周りに囁いた。

(やり方は悪いが、あの羽根は使えるんじゃないか?)

(確かに滞空時間を稼ぐメインには良さそうだな)

 ダニエラも頷く。クラエスフィーナも顔を寄せた。

(風魔法の使い方次第では、もっといい方法があるんじゃないかな? 羽根も他の装置に比べれば作りやすそうだし)

 三人は無言で頷きあう。認識を共有できたところで、ホッブがダニエラの肩を叩いた。

「というわけだ、工造学科。設計図頑張れよ」

「フォアーッ!?」


 帰ろうと思ったところで、クラエスフィーナはラルフがずっと湖を見ているのに気がついた。

「どうしたの、ラルフ? なにか気になる物があるの?」

「いや、ね?」

 ラルフが今後の課題を話し合うスタッフたちをちらりと見た後、少し離れた水面でバチャバチャ溺れているヘッジス先輩を指差した。

「彼ら、みんなデータの分析に忙しいみたいだけど……肝心のチームリーダーを助けなくていいのかな?」

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