第21話 なにかが掴めそうな気がしないでもない

「なんだか、工造学科のも参考にならなさそうだよ……」

 クラエスフィーナが長い耳をへんにゃりさせてため息をついた。微妙に犬みたい。

「そうは言っても、“なにか”は掴んで帰らないと僕ら、基礎理論もおぼつかないよ?」

 ラルフの意見も正しい。

 そもそもクラエスフィーナたちは何をするのかも決まっていないのだから、参加チームで一番の後発になる。よそのチームを貶している余裕なんか一番ない。

 ホッブが眉間に皺を寄せて頭を掻いた。

「そもそもだな。今日廻った連中の手法は俺たちができないのが多くないか? 怪しい儀式は言うに及ばず、大人数や巨大設備が必要なやり方は用意できないだろう」

「確かに」

 バカでっかい装置を作るような製造技術も製作時間も無いし、十数人の魔導学科生なんて完全に用意できない。もっと等身大の……この四人で何とか製作できる装備でないと無理だ。




 他にも何チームか出ているので、順繰りに廻ってみる。


 デカい布袋に空気に浮く気体を詰めているチームがあった。

「発想の転換なんだ。飛行する物体に作用する四つの力は……知ってる? よろしい。その中でいわゆる『飛ぶ』ことに必要な『揚力』と『推力』だけど、ほとんどのチームは『飛ぶ』と言う言葉に惑わされて一緒くたに考えていると思う」

 説明してくれる四年生の先輩は、自分たちが用意している装備を振り返った。

「だが僕は、そこでちょっと立ち止まって考えてみた。『空に浮く』ことと『前に進む』ことは別ではないかと! そこで、これだ!」

 先輩の身体を縛る帯は、後ろの宙に浮きかけている布袋につながっている。そして両手には団扇うちわ

「僕はあの布袋……気球と名付けたんだが、あれで揚力を作り、この団扇で風を送ることで前に進むという分離方式を考え付いたんだ! ははは、研究の成果を見せてあげよう!」

 すでに準備はできていたらしく、先輩は待機している助手に合図を送った。助手たちが一斉に“気球”を地上に繋ぎ止める砂袋に結んだロープを切り始める。

「あっ……!」

 ラルフが一言忠告しようとしたが……口を挟む間もなく、一瞬で先輩がいなくなった。見上げれば、はるか高空を布袋が飛んでいる。

「あれは……無理だな」

 額に手をかざして仰ぎ見たダニエラがつぶやいた。

 下にぶら下がっている人影が一生懸命両手を振っているけれど……高空の暴風に掴まったらしく、学院のさらに向こうへドンドンと押し流されていく。

 行きたい方向と正反対の空の彼方に飛び去った実験機を皆がぽかんと眺めている中、ダニエラが呟いた。

「あの団扇じゃ推力が足りねえんじゃねえかと思ったんだが……」

「今さら言うなよ……」

「ラルフは何を言いかけたんだ?」

「いやね? 砂袋を一気に全部落とさないで、高さ調整の重りに使った方がいいんじゃないかと言おうかと……」

「それも今さらだな」


   ◆


 風船兄さんを見送った後、ダニエラがまた同期生を見つけた。

 こちらのグループも結構な人数が集まって実験をしている。まだ人間が乗れるような物はないらしく、小さな機械で理論の実証実験をしているようだ。


 同期生に紹介されたチームリーダーのアントニオ先輩は快く見学を受けてくれた。

「僕らの研究はね、人間が乗る土台に多数のファンをつけて推力と揚力……というより浮力だな、を同時に得て低空を滑るように飛行することを目的にしているんだ」

 実験機の実物を見せてくれる。

「この四隅に埋めてある丸い三枚羽根がファンだ。これを魔力で高速回転させて、下に向かって空気を叩きつける。詳細は秘密だけど、コイツにそれぞれ角度を付けることで風に方向をつけて前に進む推力にも使う計画なんだ。柄にもないけど、僕らはこのプランを『魔法の絨毯』計画と呼んでいるんだよ」

「なるほど」

 今まで見てきた中で、このグループが一番理路整然としている。チームリーダーの先輩は厳つい顔に似合わず細かいところにも気がつく性格のようで、スタッフたちもキビキビ動いていた。

 感心したクラエスフィーナが尋ねてみた。

「今実験しているこの小さいので、どれぐらいの能力があるんですか?」

「そうだな……この二号機で、だいたい二百グラムぐらいの積載量に耐えられる。実際に学力審査に使う機体は僕が乗るからだいぶ大きくなるよ。ファンの数も大幅に増えて、制御も複雑になると思う」

「に、二百グラム……ですか」

 思わずクラエスフィーナはアントニオ先輩をまじまじとしまった。

「いや、まだまだ先が長いのは自覚しているよ。だけど、やらなければならないからね」

 無遠慮なクラエスフィーナの態度に怒ることもなく、のアントニオ先輩は爽やかに苦笑を浮かべながらも決意を表明する。

「あの……ちなみに先輩、体重は?」

 ダニエラの問いにも、先輩はちょっと考えて丁寧に返す。

「確か……二百二十キロだったと思う」

「そうっすね……うん、それぐらいはありますよね」

 思わず普段使わない敬語が混じったホッブも、気の毒で先輩を直視できない。オーガ族のアントニオ先輩は推定身長が二百三十センチぐらいか。四人の中で一番背が高いホッブでさえ先輩の胸までしかない。種族の身体的特徴で、背が高いだけでなく筋骨隆々でもあるから二百二十キロぐらいは当然だろう。学院生の中でもぶっちぎりにデカいのは間違いない。


 こんな巨体に、空を飛べなんて……。


 ダニエラが同期生の袖を引っ張った。

(おい、いくらなんでも無茶すぎるだろう!? この方式じゃ無理だって言ってやれよ!?)

(わかってるよ、そんなことは!? だけど、だけどさ……アントニオ先輩は本当にいい人で、俺たち後輩の面倒見も良くて……そんな人に俺たちの口から、審査に間に合いませんなんて言えるか!)

 ダニエラの同期生だけでなく、他の助手たちも目頭を押さえて泣くのを我慢している。みんな、わかってはいるんだなとダニエラたちも悟った。

 同志たちの心中を知ってか知らずか、アントニオ先輩は綺麗な瞳で力強く断言した。

「かなり難しい挑戦なのはわかっている。だけど、やるべきことをやらずに後悔することだけはしたくないんだ。厳しい道だろうけど、僕は最後の最後まで足掻いて見せるよ!」

「先輩ーっ!!」

 悲壮な覚悟を固めているアントニオ先輩に、研究チームの後輩たちが大泣きしながらワッとすがりつく。ひねてるラルフやホッブでも感動モノの光景だった。

「すごいねー……」

 呆けたように見ながらポロっと漏らしたクラエスフィーナを、もらい泣きしているラルフたちがどやしつけた。

「しっかりしろクラエス! ぼんやりしている場合じゃないぞ!」

「そうだぞ、先輩の生き様を見ろ! おまえなんかまだいい方じゃないか!」

「ポンコツでもポンコツなりにできることがあるだろ!? 真面目に生きろクラエス!」

「みんな、感化され過ぎだよ!?」


   ◆ 


「うーん、とにかく複雑な機構が必要な装置はまず無理だな」

 歩きながらホッブが唸った。

「俺たちに機械の構造から勉強している余裕はない。それを実際に作ってみて、微調整するノウハウと時間はもっとない」

「だとすると、もう何らかのギミックがある物はダメだよね。あのパチンコ作戦くらいはやれるかな?」

 ラルフの意見に、ダニエラがどうかなと首を傾げた。

「飛び立つところに使うのはアリだけど、あの実験機はいただけないな。クラエス、おまえエルフの端くれなんだから、何か使える魔法はあるのか?」

 ダニエラの質問にクラエスフィーナがむくれる。

「端くれは余計だよ!? 課題に使えそうなって言うと、風魔法はあるけれど……」

「あるけれど?」

「人間が浮き上がるような凄い力なんか無いからね?」

「クラエスはオツムだけじゃなくて魔術もポンコツか……」

「言っておくけど、私の魔力は並みなんだよ!? キミたち魔法に夢見すぎ!」

 がっかりするダニエラに、涙目のクラエスフィーナが叫んだ。

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