第20話 見学に行かざるを得ない(工造学科編)

 次に目に入ったチームも、なにやら大掛かりな設備の設置をしている。

 二十人近いスタッフが忙しく装置の繋ぎ合わせや調整をしている。彼らの準備している装置を一言で言えば……巨大な鉄のムカデだった。

 人が入れるような太いパイプが一直線に伸びていて、その両側に細く短いパイプが枝のように斜めに突き出ている。短いパイプの先端には表面に何か魔力を込めるための魔法陣が描かれていた。これは見ても何が何だかわからない。


「これ、そもそも何をしているの?」

 クラエスフィーナの呟きを聞きつけて、監督をしていた学院生が満足そうに何度も頷いた。

「うむ、そうだろうそうだろう! 工造学科随一の頭脳である、このワトキンス様が開発している『超すげえ新世代輸送システム』は発想が凄すぎて凡俗はおろか学院の生徒でも理解が及ぶまいな! ま、極秘の理論だからそもそも教えるわけにもいかないんだが!」

 偉そうなワトキンス様が鼻高々に胸を張るけれど……こういうヤツが作ったご大層な物ほど、大した能力がない虚仮脅しだったりするのは定説である。というか、ネーミングセンスが悪すぎて逆に凄い発明に思えない。

 何をしているのかもわからないし、どう判断していいものか……困っているクラエスフィーナの後ろから、そっとラルフが囁いた。

(クラエス、クラエス)

(な、なに? ラルフ)

(この手のヤツはしゃべりたがりだぞ。ミス学院のクラエスがヨイショしまくれば簡単に理論をしゃべってくれるよ)

(ふぇっ!? わ、私そう言うの苦手で……)

(大丈夫、大丈夫! この手のヤツはウザくてモテないからね、美人に褒められればイチコロさ!)

(勉強はできないのに、なんでそういう事は知ってるの……?)


 クラエスにチョロっと褒められると、“工造学科随一の頭脳”様は簡単にぺらぺらしゃべりだした。

「元々は名前の通り、荷馬車に頼らない新世代の輸送手段として考えていた理論を空を飛ぶことに応用したのさ! ほら、完璧な物は転用しても十分に(不毛な自画自賛が続くので以下略)。というわけで、いよいよ実験なんだ!」

「は、はあ……」

 クラエスフィーナの様子を見るに、長時間べらべら喋りまくられて内容を覚えていないようだ。

 ラルフがホッブとダニエラを見ると、二人がウインクしてサムズアップした。

(大丈夫、ポンコツのクラエスが記憶し切れないのは織り込み済みだ)

(今ので理屈はわかった。安心しろ)

(良かった。僕も話を聞くのが追いつかなかったから、クラエスのポンコツぶりじゃ覚えられないんじゃないかと心配してたんだ)

(おまえはクラエスを笑えねえだろ)


 彼らの用意していた装置は言ってみれば、ある種の吹き矢のようなものだった。

 まず親パイプの後端に詰めた「物体」を、魔力で圧縮した空気で押し出す。この段階では大した力はない。だが“物体”が中を移動していく間に両側の子パイプから次々に圧縮空気を“物体”の後ろに当ててどんどん加速させ、パイプから空中へ飛び出す時には相当な力を蓄えるようにするという理屈。

「そしてついに今! 実際に試してみる所までこぎつけたのだ! ま、天才の僕の計算ではこの一回目試験でいきなり合格ラインを飛び越える筈なんだがね!」

 自信満々なワトキンス先輩(三年生だった)が指示を出すと、準備をしていた助手たちがわらわらと配置についた。第一回は先輩を模した砂袋で試すらしい。製薬学の変態よりはまだ慎重なようだ。

 砂袋が押し込まれ、魔導学科の助手たちが魔力を込めてタイミングを待つ。準備完了のサインを見たワトキンス氏がコホンと咳払いし、おもむろに腕を振り下ろした。

「いくぞぉ……発射!」

 先輩の号令に一拍遅れて、パイプの中を何かが滑る音がし始め……どんどん音と振動が大きくなり、わずか数秒後にはパイプの先端から砂袋が……出なかった。

 代わりに。

 空気が抜けるような破裂音が天高く響いたかと思うと、砲口(まさに砲口)から積もった埃が噴き上がったような物が勢いよく吐き出され……わずかに遅れて目の前の湖面が見渡す限り、集中豪雨に遭ったかのように一面小さな水柱で覆い尽くされた。

 小さいと言っても高速の“物体”が勢いよく衝突したので威力は大きく、付近一帯がまとめて爆発したように湖水が噴き上がる。


 またも跳ね上がった水が降り注ぐ中、わけがわからないラルフはダニエラを振り返った。

「ねえダニエラ、今何が起こったの?」

「あぁ、多分……入れた砂袋が力に耐え切れずに破けたんだな」

 砂袋として塊で出る筈だった砂が袋が破けてバラけてしまい、何千何万という砂が単体で発射されて湖の表面を抉り取ってしまったらしい。

 ホッブがしみじみ呟く。

「スゲエ威力だぞ、この装置。面で敵を制圧できるじゃねえか」

 ラルフも頷く。

「うちの賞味期限切れた麦も、弾丸兼食料で軍が買ってくれないかな」


「い、いやいや待て待て! これは兵器ではない! たまたま袋が破れただけだ!」

 先輩が必死に弁明しているけど、他の見物人どころかチームの助手までホッブの意見に頷いている。実際これ、人がいる所に向けられていたら広場一面を一瞬で吹き飛ばせる。

「ええい、違うと言うに! おいっ、修正の後に試すつもりだった木人形を持ってこい!」

 周りの感想に焦ったワトキンス先輩は、第二回試験用に用意していた木製のダミー人形を持って来させた。

「我が『超すげえ新世代輸送システム』は、遠隔地に大質量の輸送物資を投射するのを目的にした新世代輸送手段なのだ! 今みたいな暴発は本意ではない!」

 用意された木製の人形は、直立した人間が腕を胸に抱え込んだ形をしている。より人間に近い形で、確かに今度は中でバラバラにはなりそうにない。

 急いで装置に再装填し、助手たちが魔力を込め始める。

「いいか、今度こそ『超(省略)』の本領を発揮して見せる! 本当だからな!」

 先輩の少し慌てている宣言を聞きながら、クラエスフィーナが首を傾げた。

「別に本審査でうまくいけばいいと思うんだけどな」

 その意見は正鵠を射ていると思うけど、ラルフはまた別の考えがあると思う。

「ちょっと人目を気にしそうな先輩だからなぁ……予想外の人数の見物客の前で失敗して、自分のメンツが傷ついて焦ってるんじゃないの?」

「なるほどな」

 横で眺めているホッブが頷いた。

「かわいい男じゃねえか……俺らにもそんな時代があったな、懐かしい」

「ああ。恥だのメンツだのって概念を超越した大人な僕らには、もう過去の話だね」

 憐憫と懐古を混ぜた上から目線で生暖かく準備を見守るラルフとホッブに、諦めた表情のダニエラが力なくツッコんだ。

「恥は持ってろよ、バカども。成人もしてねえのにクズを自慢するんじゃねえ」


 再び魔力の充填が完了し、胸を張った先輩が……人目をチラチラ気にしつつも……自信一杯の声で号令を下した。

「よし、発射ぁ!」

 さっきよりは滑らかにパイプの中を滑る音がして、人形が勢いよく飛び出して一気に空の彼方へ飛び去った。

「どうだっ!」

「お……おおおぉぉぉぉっ!」

 得意満面でガッツポーズのワトキンス先輩と、結果を見てワッと沸き上がる助手と野次馬たち。確かに今の勢いなら、合格ラインどころか湖の対岸まで飛びそうだ。

「これは……行ったか?」

 ダニエラでさえ思わずポツッと漏らしたほど、結果に期待が持てそうだった。素直なクラエスフィーナなんか、無邪気に成功を喜んでいる。

 その中で、ラルフとホッブだけが怪訝な顔を浮かべていた。

「ねえホッブ。あれ、どうやって停まるの?」

「ああ、それもそうだけどよ……俺は、飛び過ぎてそうなのが気になるんだが……」

 そんな二人の懸念を裏付けるかのように。


 ズガァァァァン……。


 音の発生源を探るまでもなく。

 凄まじい衝突音に引き続き、メキメキと生木を折る音が響く。見る間に対岸の大木が何本か、一斉に湖に向かって倒れ始めた。

「やっぱりな……散弾に続いて徹甲弾もすげえ威力だ。こりゃ軍からスカウトが来るぜ」

 静まり返った実験場の中で、ホッブの呟きだけが辺りに響いた。

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