第16話 見学に行こう(魔導学科編)
「どういうことだ?」
ホッブの質問に、ダニエラが身を乗り出した。
「他所の研究チームに今の進捗を見せてもらおう。あたしたちに一からプランを煮詰める時間はねえ。他がどういう事をしているのか見て回って、使えそうな理論をいただこうじゃねえか」
「他のチームの研究を盗むのか!?」
「盗むんじゃねえ、参考にさせてもらうんだ。ラルフの妹ちゃんも言ってたろ? 中間を書き換えればオリジナルだって」
驚く他の三人に、ダニエラは動学系の研究事情を説明した。
「研究の概要を見せてもらうってのは、工造学科じゃ割とある話なんだよ。秘密に論文を仕上げて完成品を発表する静学系と違って、動学系、とくに工造学科じゃ実機を作ってトライアル・アンド・エラーを繰り返す必要がある」
ダニエラは窓の外の大騒ぎを指し示した。
「その実験を完全に人目から隠すなんて、学院レベルじゃまず無理だ。だからむしろ自分たちの進み具合を見せて、類似研究をしている連中に方針転換を促したり世間にうちがオリジナルだとアピールするのも作戦のうちなわけだよ」
「なるほどねぇ。それで言ったら今回の課題も、研究チームの方向性ぐらいまでは見せてもらうこともできるわけね」
工造学科とはまた研究のしかたが違う樹木生命学のクラエスフィーナが感心する。その隣で、ダニエラの言いたいことがわかったホッブもニヤリと笑った。
「なるほどな……おたくとやる事が被らないようにしたい、概要を見せて欲しいって言っておいて」
ホッブが区切った後を、ラルフが引き取る。
「実はそもそも何をしていいかもわかってない僕たちは、よその研究を見て『こうすればいいんだ』と答案から何をすればいいのかを手に入れると」
「そう言うこった!」
立ち上がってお互いハイタッチした三人は、黒い笑みを浮かべて笑いあう。
「被らないようにも何も、こっちはまだなんにも手を付けてないんだけどな!」
「あちこちの研究からいいとこ取りして、ニコイチにしちまえばオリジナルってワケだ」
「丸パクリしなければいいんだもんね。嘘は言ってない」
ゲッゲッゲッと笑いあう悪魔が三匹。
「みんな、妹さんのことを言えないと思うけどなー……」
クラエスフィーナはどんよりした顔で小さくツッコミを入れた。
「よっしゃ、そうと決まれば急いで他の研究チームにあたらないとな。おいクラエス、今回の対象者はわかるか?」
やる気を出して手を打ち合わせるホッブに言われ、特待生のリストを探しながらクラエスフィーナが首を傾げた。
「今から廻るの? そんなに焦らなくても……」
「焦るだろ。もう二週間無駄にしてるんだぞ?」
肝心のチームリーダーが呑気なので、ダニエラがツッコミを入れる。
「そもそもこの間の秘伝の古文書がダメだった段階で、すでに十日も経ってたのに……その後に
「だって! だって私だってやってみたかったんだもん!」
クラエスフィーナ、友達と初めての棒玉転がしでむちゃくちゃハッスルしてしまった。
「だけど、まだ始まったばかりだよ? まだ二ヶ月半もあるし……」
状況がわかっていないクラエスフィーナに、多分一番実感があるダニエラが頭を抱えた。
「あのな、クラエス。おまえまさか、三ヶ月かけて実験機を完成させればとか思ってる?」
「え? 違うの?」
「いいかクラエス。『学力審査』には“完成した研究成果”を出さなくちゃならない。わかるか?」
「うん」
「“完成”させるためには“方針”を決定、“設計”を繰り返し、実機を“製作”しなくちゃならない。もちろん一度じゃ完璧な物はできない。この過程を何度も繰り返すんだぞ? ……正直、三ヶ月じゃ足りねえよ。」
ダニエラが手元の紙に書いていた工程表を皆に見えるように広げた。
「クラエス。この表を見ろ。方針をいつまでに決めなくちゃいけない?」
引かれた横線を一生懸命目で追っていたクラエスフィーナが、答えが書かれた場所にたどり着いた。
「……今日、だね」
「わかったか。つまり、今から方針を検討しようってだけでもう遅れてるんだよ」
「わかった……もう、時間がギリギリってことだね!?」
クラエスが決意を新たにする隣で、横から覗いていたラルフが首をひねった。ダニエラに指摘する。
「でも、この表の通りにうまく行くかな?」
「そうか? どうして?」
「だってさ」
ラルフがダニエラを見た。
「このドワーフ、図面書けないじゃん。図面書けないのに設計も何もないだろ?」
「フォワッ!?」
心に見えない銛が突き刺さって痙攣するドワーフの横で、クラエスの長い耳が力なく垂れた。
「どうしよう、ものすごく時間がない気がしてきた……」
◆
先頭を行くホッブが特待生のリストを見ながら階段を昇る。
「とりあえずクラエスの研究室に近いから、魔導学科から行こうぜ」
リストには魔導学科と工造学科で二十人ぐらいの名前があった。学年は様々だが、リストを見たホッブは早々に魔導学科から見に行くことに決めた。
「なあホッブ」
「なんだ?」
後ろをついて来るラルフは気になることがあるようだ。
「近くから見ていくのは文句ないけどさ。魔導だと、個々人の向き不向きがあるからクラエスの参考になるかわからないよ?」
一口に魔導と言っても、よくある四つの属性とか以外にも事細かに術者の相性や求める成果で専門的な内容は細分化されている。
ラルフに言われずとも、そんな事はホッブもわかっているのだが……。
「それはそうなんだがよ……工造学の分野だと、ほら……図面を書けないアホに命綱を託さないとならないからな」
一番後ろから湧き上がる弁解の雨あられを聞き流し、三人(と一人)は最初の訪問先にたどり着いた。
「さて、いるといいんだが」
そう呟きながらホッブがノックしようとして……中から漏れてくる声に気がついた。
「なんだ? 議論している感じでもないが」
「何人かいるみたいだけど……」
後ろの三人にも一応聞こえるけど、扉越しだと何を言っているのかはっきりしない。
「どれ……」
ホッブが扉に耳を押し当てると、何をしゃべっているのかは一応聞き取れた。
中では複数の人間が、呪文を一心不乱に唱えている。
『ベントラ、ベントラ、スペースピープル。ベントラ、ベントラ、スペースピープル。宇宙の皆様、聞こえていますか? こちらは王立エンシェント万能学院マキシマ研究室です。聞こえていたら応答して下さい。急ぎで相談したいことがございます。
……ベントラ、ベントラ、スペースピープル。ベントラ、ベントラ……』
ホッブは三人を振り返った。
「ここは留守のようだ。次に行こう」
「え? でも、声がするじゃない」
「訂正だ。マトモな人間は留守のようだ。聞いても仕方ないから次に行くぞ」
◆
リストと扉の研究室名を照らし合わせて、四人は次の所へやってきた。ホッブが先頭はイヤだというので、今度はラルフが訪問してみる。
……また、扉越しに不明瞭な唱和が聞こえる。振り返ると三人がどうぞどうぞとジェスチャーをするので、仕方なくラルフは扉に耳を付け……ようとして、わずかに扉が開いているのに気がついた。
そっと覗いてみる。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中では蝋燭の灯りに照らされながら、黒いローブを着た者数人が魔法陣を描いた上で儀式を執り行っていた。魔法陣の真ん中には、生け贄らしい鶏の丸焼きが置いてある。研究室棟は衛生の問題で屠殺厳禁なのだ。
儀式の進行をしにくいのか、司会らしいのが一人だけフードを脱いでいる。小柄でとんがったエルフ耳にしわくちゃな風体から、ここの特待生でゴブリンのゾーンダイク先輩だろうとラルフはアタリをつけた。
難しい言語でぶつぶつ暗唱を続けていた術者はカッと目を見開くと、天に向かって杖を振り上げて甲高い声で最後の呪文を叫ぶ。
(おい、なんか本格的だな)
ラルフの上に並んで覗き込んだホッブが興味をそそられた様子で呟く。
(だけど、本格過ぎるとクラエスにはできないよ?)
(それもそうだが……いったい何が始まるんだか、気になるな)
他人に覗かれているとも知らず、中の者たちは一心不乱に呪文を唱和している。そして……。
「……キィエェェェッ!」
儀式が完成したらしい。
満足げに腕を下ろしたゾーンダイク先輩は、最後の仕上げにとりかかった。
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