第13話 研究室と導師の秘密

「どんな秘術なんだろう……」

 クラエスフィーナがドキドキを抑えきれない顔で覗き込み。

「これ、魔術って言うより何かの法則みたいだな」

 ホッブがざっと内容を推し量り。

「図面要らない内容だよな? な?」

 ダニエラは火の粉が飛んでこないように必死だった。


 ダートナム研究室の古文書に記されていた内容は、もったいぶった修飾語をはずせば割と簡単な話だった。


 ・“飛翔体”が前に進む時、“推力”により前進し、“抗力”により阻まれる。

 ・“飛翔体”が浮かぶ時、“揚力”により持ち上がり、“重力”により阻まれる。

 ・したがって“飛翔体”が空を飛ぶならば、“推力”が“抗力”を、“揚力”が“重力”を上回る必要がある。


 以上。


「クラエス、ちょっといいか?」

 しばらくそれを眺めていたダニエラが発言の許可を求めた。

「どうぞ」

「これ、工造学で言うところの……世界定理の初歩の初歩なんだけど?」

「よくわからないけど、私も見た感じそういうレベルの法則に見えるわ」

 憮然としている二人に、少し立ち直ったラルフが恐る恐る尋ねた。

「それって要するにさ……秘蔵されていた数百年の間に、他で発見されて常識になっちゃったってこと?」

「つまりは……そうなるかな」

 ダニエラが唸りながら言った一言で、クラエスフィーナが我に返った。

「じゃあ、じゃあさ? ダートナム導師たちが何十年も研究してきたことが、何の意味も無かったって事?」

「うっ……」

 クラエスフィーナの質問に、ラルフとダニエラが言葉に詰まった。思わず質問したクラエスフィーナも暗澹たる顔をしている。


 “秘蔵の古文書は、実はとうの昔に発見されていた内容だった”


 この結論を受け入れるなら……この研究室の存在意義が、そもそも初めから全く無かったということになってしまう。

 中身を見た以上、それは認めづらいが認めざるを得ない。

 いや、自分たちはいい。ただ単にアテが外れたで済むけれど、何十年もの時間をこの文書に費やしてきた導師たちの苦労を考えると……。




 そんな葬式みたいなどんよりした空気を破ったのはホッブだった。

「いや、そうでもないかもしれないぞ?」

「えっ?」

 ホッブもしかめっ面しい顔をしているけど、意味合いがどうも異なるようだ。

「ラルフのところの助教が言ってたろ? 文章学科なら読めたって」

「そう言ってたけど……?」

「繰り返すが、ダートナム導師は古典魔導学が専門なんだろう? さらに前の師匠たちはわからんが、導師がフォトン文字に全く気づかないとは考えにくいんだよなあ」

 ホッブの言いたいことがわからない三人が無言で続きを促す。ホッブが現代語訳のメモを指先で叩いた。

「全文ではなくても、導師は内容の解読に成功していたんじゃないか?」

「でも、それらしいことは何も言ってなかったよ? むしろ、全く解読できてないって……」

 否定するクラエスフィーナにホッブが尋ねる。

「クラエスが一年生のあいだ、導師がこれを出して解読作業をしていたことはあったか?」

 そう言われて昔のことを思い返しているクラエスフィーナが、いつまでも考えている。心当たりはなさそうだ。

 ホッブが盛大に息を吐いた。

「やっぱりだな」

「どゆこと?」

 聞いたラルフに肩を竦めて見せるホッブ。

「多分、どこかの段階で……ダートナム導師かその前かその前が、古文書の内容にもう気がついていたはずだ。だけど、今じゃすでに知られている知識だったうえに専門で研究するほど価値はない。それを馬鹿正直に報告したら……研究室はどうなる?」

「そりゃ、役割を果たせば閉鎖……あっ!?」

 ダニエラがホッブの言いたいことに気がついた。

「そうだよ。逆に言ったら、古文書が解読できない限り研究室と予算が確保されてんだよ。研究室持ちの学院導師って名誉と素人からの尊敬もデカいな。公立学院のチェック機能はザルだからな、いままで数十年もバレなかったってわけだ」

「あー……」


 理解した。


 できちゃった。


 ラルフとダニエラはホッブが見つけ出した“真実”に納得した。

 したけれど……今度は、呆然自失のクラエスフィーナの顔をとても見られない。

 

 彫像のように固まっているクラエスフィーナと、あからさまに後ろのエルフを見ないようにしているラルフとダニエラを見て……珍しく気を使ったホッブがわざとらしく咳払いをした。

「まあ、なんだ。この辺りのことは非常にデリケートな話でもあるし……外部の俺たちがあれこれ言うのもどうかと思う。この際、関係者に一任するというのはどうだろう?」

 ホッブが奥歯に物が挟まったような言い方で提案する方針に、ラルフとダニエラも一も二もなく賛成した。

「うん、それがいいね。僕たち部外者があれこれ言う事じゃないよね!」

「あたしもそう思うな! こういうのは内部の人間が決めるべきだよな!」

「……その内部の人間て、私一人の事だよね……?」

「……」

 地の底から湧き出るようなクラエスフィーナの暗い声に、全員明後日の方向を向いてノーコメント。ちょっと今のエルフに、面と向かって「その通り!」と言い切る度胸は三人には無い。


 “運が悪い”を通り越して“絶望的に運が悪い”エルフは、誰一人何も言わないのを見て取って……キレた。

「みんな部外者PRが露骨だよ!? 関わり合いに成りたくないのはわかるけど、私一人に押し付ける気満々なのは酷くない!?」

 貧乏くじ引きまくりで、しまいには所属研究室の予算不正受給疑惑なんて引き当てちゃったクラエスフィーナ。荒れるのも無理はない。

 そんな彼女の気持ちは三人とも理解できる。

 理解はできるけど、実際問題ラルフたちだって同じ二年生でしかないわけで……この秘密をどう処理したらいいのか、とてもじゃないけど抱えきれない。

 とりあえず心のトゲが出まくりでハリネズミのような心理のクラエスフィーナを、ラルフたちは猫撫で声で恐る恐る懐柔し始めた。

「まあ難しく考えるなよクラエス。おまえがなんとか退学免れたって、この研究室は導師も助教もいないんだろ? だからこの件が無くたって、どうせ閉鎖になるのは決まっているじゃねえか」

「そうそう。もう実質潰れている研究室なんだから、今さら不正を申告して痛くもない腹を探られなくたっていいんじゃないか?」

「うん、そうそう。小さいことは気にしない! 僕も今度クラエスが好きそうなお菓子を探して持って来るからさ」

「……全然慰めになってないよ、それ! あとラルフ、あなたお菓子を出せば私が簡単に釣れると思ってるでしょ!? 私はそんな単純じゃないんだからね!」

 あからさまな気休めに対し、後ろを向いたままぷりぷり怒るクラエスフィーナ。だけど代わる代わる声をかけているうちに、少しは怒りが鎮まってきているように見える。

 三人は目配せし合った。

(あとちょっとだぞ)

(何かネタはないか?)

(あたしに任せろ!)

 グッとこぶしから親指を立てたダニエラが、クラエスフィーナの背中に声をかける。

「クラエス、もう機嫌直せよ。次に棒玉転がしに行くときは忘れず誘うからさ!」

 しばらくの沈黙の後。

「……きっとだよ? 約束だからねっ!」

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