第11話 ポンコツエルフと愉快な仲間たち

「なに? どうしてかしこまったの?」

 ラルフが視線を横に飛ばすと、ホッブとダニエラも妙に平坦な表情をしている。同じことを考えたようだ。ラルフがひとつ咳をしてから質問した。

「あのさ、クラエス……これって、“酔っ払いのたわ言”じゃないの?」

「え?」

 “泥酔した”導師が、“飲み会”というくだけた場に“極秘”と言いながら“わざわざ隠し場所から出して”研究者でもない“学院生したっぱ”に見せる。

「言ってることとやってることが正反対だよ。どう見ても粗雑に扱っていい程度の情報か、導師が学生をかついでいるとしか思えない」

「そ、そんな事ないもん!? 翌日聞いたら、正気に戻った導師が全員にきつく何度も口留めしてきたもの!」

「やっぱり正気じゃなかったんだ」

 クラエスフィーナは間違いないと主張するけど……ここまで聞いていたら、他にも気になる点をいくつも思いついた。

 ラルフとホッブ、ついでにダニエラが視線を交わし合う。

(おい、まずおまえ行け!)

(次ホッブな?)

(オーケー、最後あたしが締めるわ)

 一瞬の目配せで打合せを終えたラルフが一つゴホンとやってから尋ねてみた。

「ねえクラエス。なんで樹木生命学の導師が飛行魔術の古文書持ってるの?」

 魔導学科と言っても、クラエスフィーナの師なら分野が違うはず。だけどそれを突っ込まれても、クラエスフィーナは特には気にならないようだった。

「え? ダートナム導師は古代魔導学の方がメインだよ?」

「は?」

 クラエスフィーナの方が専門外だった。

「ここに入学したけど樹木生命学をやってる研究室が無かったから、万能専門家のダートナム導師が引き受けてくれたの」

「万能専門家……」

 話題のダートナム導師にお会いしたことはないけれど、今話を聞いているだけでどうもまともな学者と思えなくなってきたラルフだった。万能で、専門家って……。

 ラルフに続いてホッブも手を挙げた。

「まあ導師の専門は置いておいて……これ、なんでまだ世の中に発表されてないんだ? 導師はそれの研究をライフワークにしていたんだよな? ダートナム師が飛行魔術研究をやってたなんて聞いたこともねえ」

 飛行魔術の決定版と言えるものはまだ無かった筈だ。そもそもそんな話題になりそうな理論、発見でも発明でも王立エンシェント万能学院から公表されたなんて聞いたことが無い。導師が最優先で研究している筈なのに、成果が一かけらも発表されないなんてあり得るだろうか。

 学者のほとんどは承認欲求をこじらせた変人ばかりだ。成果が一つでも上がれば、世間が雨あられと賞賛を浴びせて当然だと思っている。論文が出来あがればライバルに先を越されないためにも、学会へすぐに発表するのが道理のはず。

 クラエスフィーナが目をぱちくりさせた。質問内容が予想外だったらしい。周りの三人にしてみれば当然出てくる疑問だと思うんだけど、“木を見て森を見ず”というヤツで近過ぎておかしく思わなかったようだ。

「うん、それはね。ダートナム導師の先代の先代から調べていたんだけど……まだ解読に成功していないんだって」

 キョトンとして昔聞いたことを話すポンコツ娘。それを聞いているラルフたちは、なんだか頭痛がしてきた。


 研究室を主宰する導師級の学者が三代に渡って読めていない古文書の内容を、このエルフはどうやったら三か月以内に形にできると思っているのか……。


 最後に「あ~……」と言いながら表情が死んだ顔で、ダニエラがその点を質問した。

「クラエス……おまえ、数十年解読も出来てない古文書を……どうやってこのメンツで三か月で解読する気だ? 実機の制作も考えたら正味一か月ないぞ?」

 自慢じゃないけど、研究者どころか学院生としても二線級の人材が四人。これで導師がライフワークにして果たせなかった成果を越えるとか……。

 無言で回答を迫る三人の圧力に、視線を泳がせたクラエスフィーナ。


 ……信じられない話だが、そこを何にも考えていなかったようだ。


「よ、四人で取り組めばなんとかなるんじゃないかな~……」

「言いやがった!? コイツ、マジでいいやがったぞ!?」

「期末のレポートじゃねえんだぞ!? こんなもん解読したけりゃ学院生じゃなくて導師を四人連れて来い!」

「だ、だってぇ……!」

 ホッブとダニエラに詰め寄られて涙目のクラエスフィーナ。誰が見ても自業自得感ハンパない。

 だが、そこへ。

「まあまあ、二人とも落ち着いてよ。クラエスも悪気があって言ってるんじゃないし……」

 三人の間にラルフが割り込んでなだめた。

「ラルフ……!」

 怒鳴るダニエラとホッブをなだめるラルフに、すがりつくような目を向けるクラエスフィーナだけれども……。

「クラエスのポンコツぶりを考えろよ。気がつかなくても仕方ないって」

 取り成しの内容にガックリと項垂れた。




「だって……課題を見た時もう、この古文書のことに思考が直結しちゃって……これが見つかれば全部解決する気になっちゃって……」

「それで、実験要員の確保も思いつかずに十日以上も探し回っていたと……」

 しょげて小さくなっているクラエスフィーナに、ホッブとダニエラがきつい追い打ちをかける。

「特効薬どころか、時間を浪費する原因になっただけじゃねえか」

「ううっ……」

「やっぱり今から無駄な努力なんかしてないで、盛大な送別会の準備を始めようぜ」

「飾り立てた大講堂で、学院長から退学証明書を手渡してもらうのはどうよ? そんでお涙頂戴のスピーチで一世一代の晴れ舞台を締めるの。厳かな退学記念セレモニーの後は、華やかな山車行列パレードで学生街を練り歩こうぜ。山車の上から笑顔で手を振るクラエスに、きっとみんな『あれが奨学金を取り消されたポンコツエルフか!』って半笑いで見惚れるよ」

「そんな晴れ舞台ヤダ! そもそもそれ、晴れ舞台じゃないよね!?」


 ダニエラに膝立ちで「見捨てないで!?」とか言いながら泣きつくクラエスフィーナと突っ放すダニエラ。その掛け合い漫才を呆れながら見ていたホッブがふと横を見たら、ラルフが一人だけ加わらずに古文書を眺めていた。

「どうしたラルフ。送別会資金の質ネタが気になるのか?」

「大事な古文書だよ!? 売らないでよ!?」

「いや、ね……この文字、見た気がするんだよなあ」

 ぽつんとラルフが漏らした言葉に、三人の動きが止まった。

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