第10話 友情の置きどころ
突如足を止めたドワーフが、背中を向けたまま問いかけてきた。
「……棒玉転がしだって?」
「えっ? うん。今から行こうかと」
ぐる~りと振り返ったダニエラが、ふてぶてしい笑みを浮かべている。
「おまえらもアレやるのか? スコア最高で何点よ?」
「えーと、僕はまあ始めたばっかりで……一番良くて五十七点かな?」
いきなり食いついて来たダニエラに驚きつつもラルフが答えると、ホッブも横からしゃしゃり出てくる。
「オレ様をラルフと一緒にするなよ? なんと七十二点だぜ」
胸を張るホッブをダニエラが得意げに鼻で笑った。
「ハッ! その程度で何を偉そうに。あたしなんか八十七点よ!」
「なんだって!?」
ちなみに満点は二百点。
ホッブが腕まくりをしながら鼻息荒く叫んだ。
「おいおい、ダニエラごときをいい気にさせてちゃ、俺たちの沽券にかかわるぞ」
仁王立ちのダニエラが腕組みしながら、上から目線で下から嘲弄した。
「バッカ言え、テメエらごときがあたしに楯突くなんて百年はええわ!」
ラルフだって棒玉転がしなら黙っちゃいられない。
「よし、ホッブ! ダニエラ! 急いで遊技場に行くぞ!? これからエンシェント万能学院・棒玉転がし頂上決戦だ!」
「おうよ!」
「へへっ、腕が鳴るぜ!」
◆
そんなことがあってから、そろそろ太陽が赤くなりそうな五時間後。
蚊の鳴くようなノックの後、研究室にそーっと入室した三人は……会議机に突っ伏すクラエスフィーナに、恐る恐る声をかけた。
「いや、すまんクラエス。コイツらが棒玉転がしにどうしても行くって聞かないから……」
「いやいや、俺は途中でそろそろ行ってやった方が良いんじゃないかって言ったんだけどな? でもダニエラが負けを取り返すまで終われないって……」
「ほ~らクラエス、王宮前広場の有名な揚げ菓子買ってきたよ?」
それぞれ言い訳をし終わった三人が静まり、何とも言えないエルフの後姿を見ていると。
肩を震わせていたクラエスフィーナがいきなり起き上がり、泣きべそをかきながら両手でバンバンと机を叩いて叫んだ。
「呼んでよ!? そういう時は!? 私も!? 友達でしょ!? ねえっ!?」
お茶を煎れて揚げ菓子をほとんど空にしたところで、やっとクラエスフィーナは機嫌を直した。
「まったくもう、私が研究室にいるのがわかっているのに呼んでくれないなんて。三人とも、友達がいがないよ!」
まだぷりぷりしながらも、揚げ菓子を美味しそうに頬張るクラエスフィーナ。機嫌は直ったようだ。ラルフとダニエラはホッとして無言で頷きあった。
……のだけれど、止せばいいのにこういう時にわざわざ急所を踏んでしまう考え無しが一人いた。
ホッブがふと、思い出したように呟く。
「あれ? でも考えてみれば、俺たち友達って言うほどつき合いねえよな?」
「えっ……」
固まるクラエスフィーナに気がつかず、そのまま続けるホッブ。
「このまえ茶飲み話にクラエスの奨学金がやべえって話を聞いただけだし。ダニエラはたまたま話をしている所にやって来て、話の流れで一緒に棒玉転がしに行くことになったけどさ……クラエスを待たせているのを忘れたダニエラが悪いだけだろ? クラエス抜きで棒玉転がしに行ったのは、別に俺たち謝るようなことでもねえよな?」
ホッブの一言に静まり返る研究室。
「……」
「おいホッブ、テメエなんてこと言いやがる!? あたしだけに責任押し付けんの!?」
椅子を蹴倒して立ち上がったダニエラが泡を食って抗議してくる中、ラルフがホッブの袖を引いた。
「おい、ホッブ……ホッブ!」
「ん?」
ラルフの指す方向をホッブが見ると、必死に悪くないアピールをするダニエラの横でクラエスフィーナが滝のような涙を流して肩をしゃくり上げている。
「さらに泣かしてどうする」
「あっ」
クラエスフィーナがまた机に突っ伏して泣き喚き始めた。
「四日前にずいぶん親しくお話ししたじゃない! 研究室に招待だってしたじゃない! 愛称で呼んでって言ったじゃない! これ友達だよ! 友達だよね!?」
「あ~……」
「まあ、ねえ……」
ポンコツなエルフがさらにめんどくさくなった。
「あれ!? そういえば、あたしもいつの間にか呼び捨てにされてる!? あたし、許可してないぞ!?」
ダニエラも四日遅れで気がついた。
「おまえはどうでもいい、製図できないダニエラ」
「うん。さん付けで呼んでもらえる立場だと思ってんのか、落盤事故を起こす予定のダニエラ」
「フォアーッ!?」
ダニエラに止めを刺すと、ホッブがラルフを見た。
(おい、この情緒不安定なエルフを何とかしろ)
(情緒不安定なのはホッブのせいだよね? まかせろ、攻略法は研究済みだ)
アイコンタクトで打ち合わせたラルフは、カバンから新しい袋を取り出した。
「クラエス、最近話題のパイ生地を使った焼き菓子も買ってきたんだけど?」
「……食べる」
◆
泣き止んで無心に焼き菓子を食べるクラエスフィーナにラルフが尋ねた。
「それで、古文書が見つかったって?」
ラルフに言われ、クラエスフィーナの表情がパッと明るくなった。
「そうなの! 今日ダニエラが手伝ってくれて昼前にやっと……工造学科の秘術のおかげで助かったわ」
ホッとした様子のクラエスフィーナと、さっきまでのパニックが嘘のようにふんぞり返るダニエラ。クラエスフィーナの探索が全然実を結ばないので、ダニエラが何か学科から便利な物を持って来たらしい。
「ほう……このドワーフ、ただのちびっ子じゃねえって事か」
「それを二度と言うなって言ったよな……?」
ホッブのお陰で話が横道にそれたダニエラに、興味をそそられたラルフが催促する。
「何かそういう凄い技術があるの? ダニエラも現物を見た事なかったんでしょ?」
「おうよ! 工造学科の技術力を舐めんな!」
ラルフが期待して見ていると、鼻高々のダニエラはL字の針金を二本取り出した。
「クラエスがどうしても見つけられないんでな、わが坑道設計学専攻の誇る探査技術、“ダウジング”で見つけてやった!」
ラルフはホッブをつついて二人に背を向け、コソコソ囁いた。
(なあホッブ、そもそもダウジングって書類を探すのに使えるものなのかな……?)
(俺に言われてもよくわからん。俺らにゃ原理がよくわからない代物だしなあ……というか、あれ工造学の先進技術なのか?
(まあ、ブツが見つかってクラエスが本物だと思っているならどうでもいいか)
(本当に“本物”ならいいけどな……)
ラルフとホッブがひそひそ話をしているのを無視して、クラエスフィーナが古そうな箱をドンと机に載せた。
「そして問題の古文書が、これでーす!」
古びた薄い木箱は、元は豪華な装飾が施されていたのだろう。表面に張ったビロードもすっかり擦り切れ、昔はベルトの下だったと思われる場所にかろうじて臙脂色の名残がある。最初の鍵とベルトはすでに失われ、代わりにひもでグルグルに縛ってきつく結んであった。ラベルはもうインクの色も薄く、何とか判別できる場所も明らかに王国語と違う文字が書かれている。
「相当前のものだな……」
感心してホッブが(わりと)真面目な口調で呟いた。これが相当に年数を経た古文書というのは信用してもいいだろう……古文書という点については、だが。
クラエスフィーナが紐をほどいて蓋を開いた。中にもビロードが張ってあり、こちらはまだ退色しただけで肌触りは残っていた。中身は二、三枚の羊皮紙と虫除けの(元)ポプリの香袋が一つ。
さすがに緊張の色を滲ませたクラエスフィーナが、箱から出した羊皮紙をそっと机に並べる。平らに保管されていたせいか、重しを載せなくても巻き癖は強くなかった。
インクに濃淡はあるものの、書かれた文字は読めないほどは薄くない。ただし、ラベルと同じ文字なので何と書いてあるのかは全く分からなかった。
「図形みたいなものは無いか……」
目を細めたダニエラが呟いた。読めない文字だけでは取っ掛かりがない。
「これが空を飛ぶことに関する秘術を記してあるってのは、確かなのか?」
ホッブが聞けば、こちらも緊張した顔でクラエスフィーナがコクンと頷く。
「間違いないわ。ここで
“くらえすふぃーな”は“だいじなじょうほう”をだした。
「……ちょっと待ってくれるかな? クラエスフィーナさん」
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