第08話 作戦会議が始まらない 

 クラエスフィーナが掲示板から書き写してきた要項を読み上げた。

「とりあえず、すでに知られている技術はダメ。種族に秘伝で伝わるものとか、大々的に使われているものは自分で研究した結果にならないから。同じく種族の身体的な特徴で飛ぶのもダメ。翼持ちの種族は使えないように縛られるって」

「まあ、そりゃそうだろうな」

 聞いてる三人が頷く。そんなの長距離走に馬を持ち込むようなものだ。

「それと、実際の発表飛行はチームリーダー……つまり課題を課された特待生が乗ること。危険が伴うから、ヤケクソで下級生を生贄にしないようにだって」

 それも当然。時間切れで未完成の実験を立場が弱い者がやらされてはたまらない。

 だが二つ目を聞いて、ホッブが渋い顔になった。

「そうか……そいつは目論見が狂ったな」

「どしたん?」

「いやな、飛行者をダニエラにすればで飛びやすいかと思ったんだが」

「誰がチビだとテメエッ!?」

「私がダニエラ二人分ってどういう計算よ!?」

 余計な事を言ったホッブをダニエラとクラエスフィーナが蹴りまわしている間に、ラルフはクラエスフィーナのメモ書きの続きを読んだ。

「魔導学あるいは工造学、もしくは両方を使った技術で……か。必ず両方を使えってわけじゃないんだね」

「両方が望ましいとも書いてあったけど専攻にもよるし、交友関係で必ずしも両方の伝手があるとは限らないしね。理論を突き詰めれば片方だけでもなんとかできるんじゃないか、って工造学の人たちが言ってたけど……」

 クラエスフィーナの説明にラルフも頷いた。

「両方に伝手が無いチームがここにいるしね」

「それを言わないで……」




「それでね、じつはね」

 場の空気に何度目かの手詰まり感が出始めた所で、クラエスフィーナが切り出した。

 彼女は何か秘策をしゃべりたいらしく、口元がウズウズしているけど……今日半日で、コイツがどれほど駄目エルフなのかをラルフ達は見て来た。なのでアテにせず無言で続きを待つ。

 そんな聴衆の白けた様子に気づかず、クラエスフィーナがとっておき(と思っている)情報を開陳した。

「引退したダートナム導師がね、去年新人歓迎会の飲み会で酔っ払って言ってたの。実はうちの研究室はある魔導書を解析する為に作られたんだって。それで、その古文書が……空を飛ぶことに関する古代の貴重な情報を、難解な古代文字で記してある可能性が高いんだって! それを解析できれば、私たち一気に劣勢を挽回できるかも!」

 最後の方はもう振り切ったテンションで発表したクラエスフィーナに対して。

「ふーん」

 後の三人は手持無沙汰に、窓ガラスの汚れを観察したりメモ紙に落書きしたりしている。

「……あれっ!? なんかみんな興味が薄すぎない!?」

 他メンバーの関心がまるで無いことにクラエスフィーナ一人が憤慨しているけど……三人から見て今の話はツッコミどころしかない。そもそもがピンチの時にぴったりのウマい話って辺りがもう、胡散臭さしかない。

「なんでやる気無しなの!? これで一気に有利になるかもしれないよ!?」

 ムキになって力説するクラエスフィーナに、仕方がないからダニエラがおざなりな態度で手を出した。

「じゃあ、まあ……とりあえずソレを見せてみろや」

「そうだね。とりあえずその古文書を確認しない事にはねえ」

 ダニエラに続いてラルフも前を向き、ホッブも無言で続きを促した。

 そうしたら。

「あ、うん、そう、だね」

 聞く気を見せたのに、なぜか途端に挙動不審になるクラエスフィーナ。


 今さら感が強いけど、この態度……何かある。


 うさん臭いものを見る目つきのダニエラが、ドスの効いた低音で尋ねた。

「……おいクラエス。何を隠してる!?」

「ぐっ!?」

 三人の視線に耐えかねて、クラエスフィーナが白状した。

「あ、あの……そのね、私もこの課題を聞いてすぐに思い出して、それから一週間探しているんだけど……」

 モジモジしている彼女の視線が彷徨う所には……あっちこっちを家探しした結果、乱雑に床に積み上がった書類の山。

「導師は家でぎっくり腰をやって、そのまま湯治場に行っちゃったから持ち出してはいないと思うんだけど……」


 クラエスフィーナの説明が尻切れトンボに終わると、しばし静かな時間が流れた。


「……ね」

 ポンコツエルフが口を開く前に、ホッブがパンパン手を叩きながら立ち上がった。

「はいっ、今日はこれまで! 解散っ!」

「おっつー!」

「お疲れい!」

「わあぁぁぁ、ちょっと!? ねえ、探すの手伝ってよ!?」

「どんな物かもわからないのに探してられるか!」

「まずそこまで自分で努力しろ、このトンチキ娘!」

「話は肝心の古文書が見つかってからにしてねー」

「うわーん、そんなぁぁっ!」


   ◆


 もう真っ暗な学院の敷地から街路に出ると、街はまだまだ店の灯りで十分に明るかった。飲み屋街は今頃がちょうど混んでる時間だ。

「なんだろう……今日はものすごい疲れた気がする」

「どう考えても疲れて当たり前だろ、今日の出来事アレは」

 学園随一の美女にいきなり声をかけられたと思ったら、無理な実験の研究チームに勧誘されて……しかも進行度合いがマイナスで、肝心のエルフ様がイメージが裏返るような駄目人間?ポンコツ ときた。

 この濃すぎる体験に要した時間が僅か二時間ほどだとは信じられない。

「しかし、クラエスのポンコツぶりにはびっくりしたね」

 ラルフがぼやけば、ホッブも研究室での光景を思い出して遠い目になる。

「あいつらアレで、普段の研究どうしているんだろうな。人手の問題が無くてもあの二人で成功するとは思えねえ」

 散々な事を言っているけど、決して名誉棄損ではないと思う。それぐらい今日のクラエスフィーナ(と初対面だけどダニエラ)の役立たずぶりは酷かった。

「ただ……」

「ただ?」

「……いや、何でもない」

 ラルフは一瞬頭に浮かんだ考えを打ち消した。

(いつもの“高嶺の花”のイメージより、今日のグダグダのクラエスの方が生き生きして可愛かった気がする……なんて、ホッブにだって言えないよな)

 通行人Aラルフのくせに、ミス学院キャンパスに対してそんな偉そうなこと……とてもじゃないけど、親友ホッブにも話せない。


 彼女との距離がほんの半歩、近くなった。ソレだけのことが女に縁が無いラルフには、一生モノの思い出になった気がする。

 ラルフは甘酸っぱい記憶を振り払うように、ことさら明るく声を張り上げた。

「なあホッブ、まだ『首絞め野ウサギ亭』やってるかな?」

「うーん、遅くなっちまったからなあ……もう厳しいかもな。しかたねえ、『黄金のイモリ亭』でちょっと酒もやっちゃうか?」

「確かに、もう飲んでもいい時間だよね」

 盛りが良いことで有名な学生向け食堂は今日はあきらめるしかなさそうだ。二人は飲みに行くことにして、安いだけが売りの居酒屋へと進路を取った。


 ラルフの家が今日は絶賛棚卸中なのは考えない。


   ◆


 賑わう馴染みの宿屋兼居酒屋で四人掛けのテーブルを占拠して、なんの肉かわからない串焼きを肴にやたら薄めた安酒で乾杯する。それが二人のたまの楽しみだ。

 お替りを注文したところで、ホッブがぼやいた。 

「話を聞くだけとか言ってたのに、なんか結局巻き込まれたような」

「あー……」

 言われてみれば。さっき研究室で別れる時、次回があるような話の流れになっていた気がする。クラエスフィーナが古文書を見つけるまでにあと何日かかるのかわからないけれど、あの様子なら絶対呼びに来るだろう。

「くそっ、面倒事はできるだけ関わりたくないのに。あいつら絶対言ってくるよな」

「だろうねえ。他に人がいないってのは絶対に解消しないだろうしね」

 苦い顔つきでホッブが頬杖をついた。

「おかしな縁が出来ちまったなあ……学院なんて同じ学科で四年過ごしていたって知らない奴らばっかりだってのに、他学科の奴らを手伝うことになるとはな……」

 ラルフにも、ホッブの言いたいことがなんとなくわかる気がする。

「まあ仕方ないさ。僕もね、ホッブの気持ちがわからなくもない」

「そうかぁ?」

「ああ」

 給仕のハンスが持ってきた新しいジョッキを渡して、自分のジョッキを軽くコンとぶつけた。

「あれだな。さすがのホッブも天下のクラエスフィーナ嬢の」

「……術中にハマったってか?」

「いや。きっとお前もに魅了されたんだな」

「おまえと一緒にするな、小高き丘の賢者ボインスキー

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