第07話 アクロバティックに第三の道

 たった一人の工造学科が図面を描けない。


 ……それって、かなりヤバくない?


 三人の虚ろな視線を受けてワタワタとパントマイムをしていたダニエラは、しばらく踊った後に「音声発信」という知的生命体の基本機能を思い出した。

「い、いや、あのな……あたし、図面を見て何か作るのは得意なんだけどさ。その元になる図面を引くのって、いろいろな法則とか理屈とかあって形を決めているわけじゃん? あたし、その組み合わせを考えるのとか理屈を覚えるのが嫌いでさ……」

 “図面屋”が理論を覚えられなくても仕事に差し支えないという話は、古今東西聞いたことが無い。必死に身振り手振りを入れながらあれこれ弁解しているドワーフに、エルフが疑問を呈した。

「それを覚える為に学院に入ったんじゃないの?」

「ぐはっ!?」

 クラエスフィーナのもっともな一言に、ダニエラが反論いいわけも出来ずにがっくりと項垂れた。なんかもう、すでに一人で負け犬感を醸し出している。

「コイツもクラエスと一緒でポンコツか……」

「坑道の安全設計って人の命がかかってるヤバいヤツじゃないのか? ダニエラおまえ、鉱山に就職する時は間違っても管理部署行くなよ?」


 クラエスにダニエラと、亜人種が高い専門能力を持っているという幻想が立て続けに打ち砕かれたところで。

 元々のメンバーが当てにならないので、ラルフは自分の相棒に尋ねてみた。

「ホッブは何か、思いつくことがある?」

「そうだなあ……」

 後頭部をガシガシ掻いていたホッブがすっかり諦めた顔で顔を上げた。

「とりあえず、送別会の主賓は二人に変更だな」

「あ、あたしは特待生じゃないからな!?」

「ダニエラ、ズルい!?」


   ◆


「何とかしろって言われてもなあ……」

 自信なさげに頭を掻いたホッブがクラエスフィーナを見る。

「まずそもそもなんだがな。クラエスフィーナさん」

「クラエスでいいわよ」

「ああ、クラエス。おまえさんにとってだな、『エンシェントここの学院生を続けること』と『王都で研究を続けること』。どちらの優先度が高い? それによって話も変わってくるんだ」

「えっ!?」

 ホッブにいきなり考えてもいなかった二者択一を迫られて、クラエスフィーナは口元を押さえて考え込んだ。ちょっと考えて言葉を紡ぎ出す。

「ええっと……正直、王都に住む事かなあ。私の専門は薬草の成長促進だから、こちらに居さえすれば個人の身分でも文献や実験器具を手に入れて研究を続けることはできると思うんだよね」


 学院の本分は研究施設ではなくて後進の育成機関。

 だから学院所属と学界参加はイコールではないし、自宅で研究をしている者はいくらでもいる。在野の研究者は環境は厳しいけど、発表の場はあるし公立文書館に出入りもできる。

 それに最悪でもクラエスフィーナの言うように、金を出せばある程度の物は街で買えるのが王都に住む利点だ。もちろん経済事情が良ければ、奨学金が止まっても学費を払って居残りだって可能だ。


「できれば、王都にも学院にも残りたいのが一番の願いなんだけど……」

 クラエスフィーナの答えを聞いて、ホッブがなるほどと頷いた。

「それなら、手がないでもないな」

「どうするの?」

 期待で目をキラキラさせてホッブを見るクラエスフィーナ……には悪いけど、多分まともな提案じゃないだろうなとラルフは思った。こういう時のホッブの当てにならなさを甘く見てもらっちゃ困る。

 親友が自分の事をどう見ているかも知らず、ホッブは自信ありげにニカッと笑ってサムズアップした。

「ああ、とっておきの手がある」

「どんなの!?」

 声を弾ませるクラエスフィーナに、ホッブは自信満々に答えた。

「上流階級向けの新聞に、クラエスが援助者パトロン募集の広告を出すんだ。エルフで学院に通う年齢の女子だってちゃんと書いてな。そうすれば金持ちがいくらでも名乗り出るって」

「あっ! なるほど」

「え?」

 ラルフとダニエラは意表をつかれて手を叩いたが、クラエスフィーナは意味が判らなかったらしい。

「まだ私、全然研究実績ないよ? それでも資金援助してくれる人がいるの? 個人に?」

 頭から疑問符を飛ばしまくっているクラエスフィーナの肩をダニエラが叩いた。

「そういう意味じゃねえよ」

「どういうこと?」

 ダニエラもホッブと同じ満面の笑みでビッと親指を立てた。

「クラエスが愛人になりますっつったら、金持ちがありったけの金貨を積んでパパさんパトロンになってくれるって言ってんの。なにしろ王都でエルフのお妾さんなんて誰も持ってないからな」

「おっ、おめっ……!?」

 クラエスフィーナが口をパクパクさせるけど、言葉が出てこない。このエルフ、生活が乱れやすい学院生のわりになかなかウブなようだ。


 絶句していたクラエスフィーナはホッブとダニエラが真面目に言っていると理解すると、湯気が出そうなほどに真っ赤になってラルフの肩を揺すった。

「ちょっと、この二人に何か言ってやってよ! わ、私、そんなの……」

 泣きつかれた方のラルフは、天を仰いで額を押さえている。

「あちゃー……」

「ね? ね? 二人とも酷いよね!」

 ラルフはホッブに降参したとゼスチャーで示した。

「ホッブ、オマエ思ってたより頭いいな! 僕は学院長か主任導師へ色仕掛けしか考え付かなかったよ」

「はっはっは! ラルフ、そいつは学院に残るのが優先の場合の選択肢だな。だがそれだと金銭問題が解決しないから、王都に残る方が優先かなと思ったんだ」

「おっと、そこまで考えての両面作戦か。おまえ冴えてるなぁ、ホッブ」

 感嘆したダニエラがホッブに握手を求め、二人は笑顔でがっちりシェイクハンド。

「ダニエラまで……!? ううう、退学もパパ活も嫌だぁ! もっとマトモな作戦は無いの!? ていうか課題をクリアする方向で考えてってば! もう、みんな嫌いよぉっ!」

 なごやかに三人が讃えあっている所へ、クラエスフィーナの罵倒が重なった。


   ◆


 クラエスが歯ぎしりしながら睨んでいるので、肩を竦めたダニエラが場を仕切り直した。

「で、真面目な話。どうするよ?」

「俺は至極真面目に話していたんだが」

「ホッブ、プランBは取りあえず下げておけ」

「プランB? 取りあえず? 腹案で残るの!?」

「クラエス、うるせえ」

 赤くなったり青くなったりして騒ぐエルフを叱りつけ、ダニエラがコツコツと指先で机を叩いた。

「この四人は課題に対して何も知識がない。とにかく基礎になる知識を何とかしなくちゃどうにもならねえ。そこまではいいな?」

「ああ。何か参考になるものでもあればいいんだけどなあ……おいクラエス、発表会に提出する研究成果って、何か条件とか制限ってないのか?」

「えーっとね」

 ホッブに催促され、クラエスフィーナが机上に積み上がる資料の山を掻き回して一枚のメモを引っ張り出した。

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