第03話 エルフの追撃
学院一の美女に頼られたという非日常的出来事はそのまま講義室に置いて来て、いつも通りの平凡な日常に戻った二人。
見ればもう、窓の外に宵闇が迫っている。
二人はこのまま帰る事にした。研究室に寄る用事も無いし、下手に顔を出して上級生にレポート用の文献を文書館で探して来いとか押し付けられたら最悪だ。
「おいホッブ、帰り『首絞め野ウサギ亭』に寄ってかない?」
「おう、俺も飯食って帰ろうと思っていたんだよ。今日のサービス定食なんだろうな」
今けっこう腹が減っているから、夕食はドカ盛り系の店がいいな。なんて笑いながら普段通りに帰ろうとしたら……そうは問屋が卸さなかった。
「待ってえぇぇぇぇ!!」
誰かが走るような音が聞こえたと思ったら、階段を降りようとしたラルフの背中に柔らかい物がぶつかってきた。
「うぉっ!?」
いきなりの衝撃で空中へ飛びかけたラルフは咄嗟に手すりにしがみつき、
「ちっ、追ってきやがった!」
ホッブが苦々しく舌打ちした。
クラエスフィーナ大先生、すぐに我に返って講義室から階段まで追いかけて来たらしい。来なくてよかったのにと二人は思った。
ラルフにしがみついたエルフの彫像みたいに綺麗な顔が、涙交じりに恨みがましく見上げてくる。そんな顔もなかなか可愛い。さすがエルフ。
「ここまで話を聞いたのに、見捨てるなんて酷い!」
「だって君たちのチーム、どう考えても終わってるじゃないか!」
振り払おうとするラルフにますます強くしがみつくクラエスフィーナ嬢。
「お願い、もう頼める人がいないの! 見捨てないでぇ!」
「いや、見捨てるも何も。そもそも俺ら、君に泣きつかれるほど接点ないだろ?」
彼女は超有名人だけど、ラルフ達はただの
美女のピンチに駆けつけて助けるのは主役級のやる仕事だ。
そうラルフは言っているんだけど、後がないクラエスフィーナも引き下がらなかった。
「接点あるわよ! 『魔力基礎概説』を一緒に履修している仲じゃない!」
「必修の
「クラスが五人でも五十人でも机を並べている事実は変わらないわ!」
二人に断られれば、スタートラインにさえ立てない。そんなエルフも必死だ。
「おい、引き剥がして帰ろうぜ」
「そう……したいんだ、けど」
引き剥がそうにも、クラエスフィーナは華奢な身体のどこにと思うような力で抱き着いている。
それと、年頃の女の子(妹除く)に縁がないラルフは、この美少女のどこを掴んだらいいのかわからない。
「ああもう……!?」
あきらめの悪い娘に、いい加減キレたラルフが意地悪な質問をした。
「じゃあ聞くけど!? 君は俺たちの名前知ってる!? 学友と思っているなら答えられるよね!?」
「へっ!?」
そう。背景コンビの名前なんか、今まで二人と話したこともない彼女に答えられるとも思えない。
予想通り、ラルフにしがみついたままのクラエスフィーナが遠い目をして考え込み……。
「ええ、と……そっちはぁ……ポップ君?」
過去にホッブが誰かに名前を呼ばれる光景を見て、一応覚えてはいたらしい……微妙に不合格なラインで。
言われたホッブも唸りながら首を傾げる。
「惜しい、って言っていいのか?」
「僕の推理は図星だったようだな」
「うっ……!」
ラルフのため息に、クラエスフィーナがうめいた。やっぱり二人の事を「大講堂で見たことあるような……」というレベルでしか認識していなかったみたいだ。
冷ややかな二人の視線に焦りながら、クラエスフィーナはラルフの名前が全く出て来なくて小声でつぶやいている。
「君はぁ……ぁ、ぁ、ぁ……アックス、アガサ、アイネ、アール……」
「人名事典をケツまで言うつもりかい!? ラルフだよ!」
「そうそう、ガルフ君!」
「聞いた傍から間違えてる!」
このエルフ、そもそも記憶力に問題がありそうだ。
「いい加減諦めて、次を当たってくれよ!?」
「いーやーだーぁぁっ!」
腰に力いっぱい抱きついて剥がれないクラエスフィーナ。押せば押すほどより強く抱きついてくる。
「おいホッブ、女の子ってどこを掴めば剥がせるんだ!?」
「そうだな。胸と尻、顔、脇腹に足? 辺りをしつこく撫でまわせば」
「それどう考えても逆だよね!?」
「警吏が来て強制的に引っぺがしてくれるぞ」
「僕は家に帰りたいんだ! 離されればいいってもんじゃないぞ!?」
二人が言い合っているあいだに、がっちりしがみついた彼女はぐすぐす泣きだした。
「お願いよぅ……手伝ってぇぇ……」
「あぁぁぁ、もおぉぉぉ……!」
こういう事をされても、ラルフとしては扱いに困る。
何が困るって、彼女はスレンダーで知られるエルフにしては珍しく出るべきところだけ出ている体型なのだ。弾力のあるかなり大きな塊がぐいぐい背中に押し付けられている。
「そうは言われてもさぁ……」
柔らかさを必死に無視して抵抗するのだけど……頑張るラルフの耳に、クラエスフィーナのマジ泣きがまとわりついて仕方がない。
「無理はわかってるの……それを承知でお願いぃ!」
「でも、ねえ……」
女の子が泣いているからといって、それで心がぐらつくようなラルフじゃない。女子の涙に騎士道を刺激されるような男なら、年齢イコールモテない歴になんかなってない。でも、この別格のムニュムニュ感が……。
もう本泣きのエルフが叫んだ。
「報告会で落第評価を受けたら、奨学金が打ち切りになるの!」
「あー……えーと……」
商人の跡継ぎだけに、金の話をされるとわかってしまう。資金がショートすればどうなるか……あと、この絶妙なぷにぷに感。
学院一の美女が外聞も気にせずに、ラルフにすがりついてわぁわぁ泣いている。
「奨学金が無くなったら学費免除も無くなる……私、とても個人で学費が払えない……退学になっちゃうんだよぉ……」
「……あ~……」
この小憎らしいまでの飽くなき弾力……じゃなくて。才能があっても金銭的な理由でリタイアするやるせなさは、親父の同業者の倒産を見たことあるだけに同情してしまうというか……あああ、それにつけても背中に感じる柔らかさよ……。
「お願い……せめて、せめて研究室でもう一人に会ってよ。それでやれるかどうか、考えてみてもいいじゃない……お願い! 考え直して……」
後は言葉にならず、シクシク泣くクラエスフィーナに……そして無自覚に押し付けてくる豊乳に、ラルフはとうとう根負けした。
「わかったよ! ……話を聞くだけだよ? 手伝うかどうかは約束しないからね」
「ほんとっ!?」
泣き止んだクラエスフィーナに代わり、今度はホッブが慌てた。
「おいラルフ、俺らが話なんか聞いたって!?」
「わかってるさ、正直役に立てないのはわかってるって。だけどさ……」
やめとけと暗に言ってくるホッブに、ラルフは諦めに満ちた爽やかな笑顔を向けた。
「僕の本能が僕の良心に訴えてくるんだ……」
「なんだって? おまえに良心なんかある訳ねえだろ」
「困る学友は見捨てられても、
その一言で理解した友人は素直に負けを認めて、ため息をつくと天を仰いだ。
「……そういやオマエ、
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