第02話 思いがけないリクルート
彼女の用事とは、実験の手伝いをして欲しいというものだった。
「私たち
言われてみれば……とラルフとホッブもおぼろげに思い出した。だけど関係ない話だと思って、二人とも見て三秒で忘れていた。
「掲示板の告知、見てないの?」
「俺たち特待生じゃないからな。そんなウリになる技能があったら、そもそも学院なんか来てねえよ」
「だよね。
「そんなドヤ顔で語られても……」
深刻な顔で自分の事情を話すエルフを見て。
ラルフは思った。
(話の内容はどうでもいいけど、
そう思うなら話を聞いてやれ。
まさか馬鹿が話も聞かずに見とれているとは思わず、クラエスフィーナは浮かない顔で先を続ける。
「その課題って言うのが、専攻関係なく“魔導学か工造学、あるいは両方を使用した技術により規定以上の距離を飛空する事”というものなのよ。それを三か月後に、一般客も呼んだ場で公開実験をして披露するの」
そこまで言ったクラエスフィーナは、泣きそうな顔で頭を抱えた。
「私、研究室の文献を探し回るので頭がいっぱいになっちゃって……チームで行う必要性を見落としてたのよ! 空を飛ぶ研究なんて、設計もテストも一人じゃまず無理なのに……気がついた時には、もう他の研究室はとうの昔に人材確保に走っていて」
「なるほど。空いている人間がいなかったと」
クラエスフィーナの事情はわかった。
どうも彼女はエルフという出身が災いして、本人の人間性? に関係なく親しい学生が少ないらしい。孤立していて周りからアドバイスをもらえず、まずい状況になってしまったようだ。
「それは災難だったねえ」
「うん……」
その境遇には素直に同情できる。
付き合いが無いとは言え、顔見知りの不幸に心を痛めるぐらいの人情はラルフとホッブも持っている。今目の前に座っている少女の、ショボンと落ち込んだ姿は見るからに痛々しい。
ただラルフとしては返事より先に、彼女に確認しておかなくてはならない点がひとつあった。
「あのさあ……手伝ってやりたいのはやまやまなんだけど……」
ちらっと横目で確認すると、ホッブも腕組みをして渋面を作っている。多分ラルフも同じ顔をしているだろう。ラルフはクラエスフィーナに向き直って続けた。
「僕、学科は文章学だよ? ホッブだって……」
「おう、俺は法論学の法文系統学専攻だ」
つまり。
「二人とも思いっきり
ラルフもホッブも文献だけ見て机で解読・研究を行う、いわゆる静学系の学生だ。魔導学や工造学など実験の現場でトライアル・アンド・エラーを繰り返して理論を突き詰めていく
「というわけで、確実に力になれないと思うよ?」
ラルフに遠回しに助力を断られたクラエスフィーナが涙目で叫んだ。
「そんな事はわかっているわよ! 今この発表会のおかげで動学系の学生は、学科問わずに研究室のどれかに根こそぎ掴まっているわよ。放課後に遊んでいるような学生なら静学系よ!」
「あ、そこまで大事になってるの?」
二人がのほほんと過ごしている間に、学院は大騒ぎになっていたようだ。
「もう学科なんか気にしてられないの……とにかく頭数だけでも集めないと、実験一つできないのよ!」
研究の内容にもよるけれど、例えば今回のように空を飛ばすというのなら。
・実際に飛ぶ係。
・監視してデータ収集する係。
・飛び立つ時に押し出すなど、外から補助する係。
・墜落に備えて回収、救助の為に先回りして待機する係。
などなど、同時に複数の人手が必要になるだろう。
本当は指揮を執る監督も別に置きたいし、データ収集は複数の方向から観察するのが望ましい。実験の規模が大きくなれば、それぞれの担当が何人も必要になるのは言うまでもない。
クラエスフィーナはそれを用意できなかったらしい。
「工造学科は友達を一人確保しているんだけど……後はもう、動学系の学生は全く残ってないの」
そこまで聞けば、クラエスフィーナの口に出せない本音も見えてきた。
「ああ、全部まともな戦力で用意しようにも他所に押さえられているから……」
ラルフが言いかけたのをホッブが引き取る。
「考察の役に立たなくても、肉体労働する要員だけでも確保したいと」
「……そう」
高慢で有名なエルフでも、さすがにお願いする立場で「能力は期待していない」とは言いにくいらしい。気持ち身体を縮こまらせながら、クラエスフィーナは気まずそうに小さく頷く。
チームリーダーにしてみればひどく不本意だろうけど……学内がもうそういう状況なら、足りない人手を研究者で確保できないのは確実だろう。
だとすると確かに専門知識がいらない部分は、自分の作業の意味もわかってない単純労働者に頼るしかない。だいたい魔導学と工造学が一人ずつでは、実験結果のクロスチェックもできないのじゃないだろうか?
「本当はそれでも十人ぐらい応援を欲しい所なんだけど……」
「ああ、他学科に頼むにしてもなあ……」
そして不足を単純労働者で補うといっても、頼める相手は学生仲間しかいない。
学生のレポート程度の実験で
沈み込んでいるエルフを見ながら、ラルフとホッブは顔を見合わせた。
現状二人しかいないクラエスフィーナの研究チームは、三か月後の発表会なんて待たなくてもリクルートに失敗した時点で正直終わっている。ラルフとホッブを加えても、成功の目算は激アマな見積もりで二割? 三割?
形勢はもはや末期的。そこまで理解したラルフとホッブは頷きあって腰を上げた。
「状況はわかったよ」
「わかってくれた!?」
パッと表情が明るくなった美少女に。
「うん、僕らじゃ力になれないわ。ごめんね?」
「わりぃな。それじゃ、研究頑張ってくれ!」
ラルフとホッブはにこやかにバイバイと手を振った。
愕然として固まる同期の花を置いて、カバンを肩にかけて講義室を後にする二人。廊下を歩きながらホッブがぼやく。
「さっすがに俺らが手伝っても、アレじゃどうにもなんねえよなあ」
ラルフも眉をしかめながら同意した。
「うん。あとちょっと人手があればって話なら、手助けしてもと思うけどねえ」
二人とも、他人の不幸に同情する程度の人情はある。
だけど今のクラエスフィーナの状況は……ちょっと、どころじゃない。
そもそも基礎プランも立てられると思えない彼女たちに、畑違いが二人ばかり加勢したところで何ができるだろうか。
結果が変わるならまだしも、敗戦必至の戦場に飛び込むようなヒロイズムは二人とも縁がない。無意味なことに体力を使うような義侠心なんて、
(クラエスフィーナさん、ご愁傷様)
二人はきっとまだ講義室で硬直しているであろう彼女を思いやり、歩きながら心の中で詫び(だけ)を入れた。
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