第04話 クラエスフィーナの研究室

 クラエスフィーナに案内されて、二人は動学系の研究室棟に初めて足を踏み入れた。さすがに鍜治場のような金属音とかはしないけど、慌ただしい雰囲気や何かを準備している様子が静学系の二人には珍しい。

「発表会の事を聞いてから来たせいか、そこらじゅうから議論する声が漏れてくる気がするね」

「つまり、鎮まり切った部屋があったらソコがコイツの部屋か」

「失礼な!?」


 クラエスフィーナに案内された三階にある部屋は正面に明かり取りで大きな窓があり、両側は天井まで書棚が埋め尽くしていた。八割がた埋まった書棚の中身は半分ぐらいが本で、残りは紐で縛って冊子にしたレポートのようだ。

 その壁周りの書棚と部屋の真ん中に鎮座する大きな会議卓で、部屋の家具はほぼ全部になる。動学系の研究室なのに、実験機材らしいものは置いてないのが意外だった。

 イヤイヤついて来た二人を自分たちの研究室へ押し込んだエルフ美女は、両手を大きく広げてにこやかに声を張り上げた。

「ようこそ、ダートナム研究室へ!」

 クラエスフィーナの歓迎に、ラルフとホッブは顔を見合わせた。

「ダートナム導師って……今年の春に辞めなかった?」

 その名前は確か、春先に掲示板で見た気がする。

 心なしか、クラエスフィーナの尖った耳がへにょんと垂れた気がした。

「うん……先生、腰痛が酷くなっちゃって……山奥へ湯治に行っちゃった」

「……導師が退任した場合、普通は助教が昇格して研究室を継承するんじゃなかった?」

「うち、元から助教がいないから担当導師が一人もいなくなっちゃって……だからそのままダートナム導師の名前を使っているの……」

 やけっぱちなまでに一瞬明るくなったクラエスフィーナがまたドヨンとして下を向く。触れてはいけない話だったらしい。向こうから振ってきたのに理不尽な……と思わないでもない。

(おいラルフ、これじゃ話が進まないぞ?)

(そうだなホッブ、話題をそらすか)

 一人で躁鬱病を実演しているエルフに遠慮して話題を変えようと、ホッブにつつかれたラルフが興味がある振りをしてキョロキョロ辺りを見回す。

「そう言えば研究室の他の人は? 先輩はいるよね?」

 クラエスフィーナは二年生。研究室には通常ならその上に三、四年生が……もしかしたら五年生以上も……いる筈だけど、どうもこの部屋には他人の気配が感じられない。

 試料の発掘とかで長期不在にしているのかと思って何気なく尋ねてみたら……クラエスフィーナの頭の俯角がさらに下がった。

「……合わせて四年の先輩が二人とも就職が決まって一年早く卒業しちゃって、三年の先輩も一人が授業料をギャンブルにつぎ込んで未納で退学になったの。だから所属しているのはあとは三年生が一人で……」

 なんだか嫌な予感がする。

「その人は先月、『今朝の夢に黄金の九官鳥が出てきた! 伝説の黄金郷エル・ドラドへの道は開かれた!』って叫んで自分探しの旅に出ちゃった……」

「それ、自分探しの旅か?」

「どっちかって言うと、自分を見失ってそうだよね」

 ラルフとホッブが呑気に突っ込んだら、下を向いていたエルフがいきなり爆発した。

「あぁそうですよ! うちはロクな先輩がいませんよ! ……どうせエンシェント万能学院うちは就職予備校なんだから、仕事が決まって早く卒業するのはまだいいわよ!? でもタイラー先輩のギャンブル依存症はなんなの!? 『大丈夫、十七万分の一の確率でAのファイブカードが来る筈! そしたら一発逆転、俺は大金持ち! コインを詰めた風呂に美女を侍らせて最高のワインで乾杯するんだ!』ってなによ!? ふざけるな!」

「硬貨風呂は止めとけ~?」

「多分痛いだけだよな」

 ラルフとホッブは狂乱するクラエスフィーナを眺めながら思った。もしかしなくてもこの研究室、まともな人間いなかったのではなかろうか?

「だいたい、Aのファイブカードって何? カードにAが一組四枚しかないの、賭博しない私でも知ってるのに……!」

 ここの研究室は相当に心労が溜まる環境だったようだ。

「導師だけじゃなくって先輩も相当だったみたいだね」

自分の研究室うちの先輩、ろくでなしだと思ってたけどよ。下には下がいるんだな……初めて見直す気になったわ」

 だけど人材の質はともかく、この話の流れを聞くに。

「……もしかして、この研究室って実はもう……解散してない?」

「ううう……みんな、引き継ぎも無しに……まだ私が残っているのに……」

 ラルフの問いに答えず、メソメソ泣き始めるクラエスフィーナ。

 ミス学院キャンパスとか持ち上げられているわりに、研究環境は悲惨なようだ。美人だけど運勢の引きは悪いのかもしれない。

 ラルフはげんなりしながらホッブを振り返った。

「ここの研究室、トラップ仕掛けまくりのダンジョンみたいだね。気を抜いて歩ける場所がないよ」

「なあ、頼まれて話を聞きに来たのは俺たちの方だよな? それがなんで、こっちが気を使わなくちゃならねえのかな?」


 十五分ほど喚いていたクラエスフィーナが正気に戻り、それまで手持ち無沙汰に怒れるエルフを観察していた二人に謝った。

「ご、ごめんね……ちょっと取り乱しちゃった。お茶でも出すから、座っててくれる?」

「うん、まあいいけど……」

「それより俺たち、もう帰りたい」

 男二人の正直な返事に、慌てたエルフが急いでお茶の準備を始めた。

「コーヒーの方がいいかなあ!? あ、お茶受けもつけるね!」

「いや、待遇改善を要求した訳じゃないんだけど……」

(どうするホッブ?)

(ま、せっかくついて来てやったんだ。茶の一杯ぐらい出してもらおうぜ)

 やっと落ち着いたクラエスフィーナがコーヒーを入れ始め、出してくれるのを二人が椅子に腰を下ろして待っていると。

 研究室の扉が開いてちびっ子が入ってきた。

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