かみさまのいたずら

「どうやら貴女が片翼みたいですね。

…よろしく、人間名は闇岬やみみさきと申します。」

「私は天務あまつかさミカ、よろしく!」


人間界には必ず神様が居る。

天から護るといわれているが、

『人間界のような小さな箱庭』に神が何柱も任されるのは変な話。

たいていは『暇つぶし』程度の神様の玩具。


神はその箱庭世界を体感しながら見守るために、人間として何度も生まれ落ちる。

普通の人間となっている神を支えるために――僕らが手足となるのだ。


「あら、闇岬?

この国で二番目に多い名字なのに、ぴったりね!

これも主人によるものかしら。素敵ね!」


頬を紅潮させて可愛らしく笑う片翼の――天使、ミカ。

これも決まっているルール。

神に使える手足は均衡を保つために、片翼はそれぞれ所属の神が選んだ天使と悪魔によるものとする。

彼女は天使らしく素直で元気な清純な女の子…年は高校くらいか。


「どうでしょうね、いつもの気紛れでしょう」


そっけなく苦笑い。でも敬語。

つれない愛敬がモットーの僕、悪魔の闇岬。

この人間界統一の特徴なのだが、この闇岬姓を持つ家系はどうやら名前をあまり名乗らない傾向にある。

親の名前も知らないくらい。

授業でも重要なテスト以外では記入しない。

理由は知らないが…そのへんも主人の悪戯心だろう。

いまいち趣旨が分からない。


「闇岬ならあだ名が必要ね。なにがいいかしら。

うーん…眼鏡だからって眼鏡君じゃ安易だし。

そうね、好きな食べ物はなにかしら?」


この会話も闇岬性になってからよくする会話。だいたいはやっちゃんとかに落ち着く。

好きな食べ物の話ははじめてのパターンだが。


「はぁ、食べ物は特に…毎日飲んでも不快にならない牛乳ですかね?」

「まぁ、健康的で素敵ね!

じゃあミルクくんにしましょう!」


…え?まさかそれがあだ名か?!

牛乳ってのも冗談のつもりなんだけど!


「そ、それはちょっ」

「うふふ!自分で決めといてなんだけれど、

ミルクって素敵なあだ名ね!そう思うでしょっ?

ところでミルク君、主人は何処にいらっしゃると思う?

私たちがこうして出会ったのなら、

やっぱりこの国に生まれてることは確かなのでしょうけれど」


…こいつ…天然なのか、天然でこんな強引なんだよな?

自覚的なら悪魔の僕より性格悪いぞ…。


頭を振る。とりあえず、まずは主人探しだ。


「前はどうやって探したんでしたか…

少なくとも最期から五年は経ってるから、

そろそろ目覚められてもいいとは思いますが」

「そうなの。

残念だけれど、私は以前の記憶が無いので

お役に立てないわ。ここはミルク君に任せるわね!」


…なんだこの無駄な元気オーラ…

こちらの元気さを吸い取る勢いなんですけど。

転生以前の天使を知っている僕は、

あの落ち着いた頼り甲斐のある老婆だった性格からの落差にがっかり、そしてぐったりしていた。

気を取り直して、状況を整理する。

ここは都内の騒がしい駅前、なんとなくここまで来たけど…。


「だいたい我々主従同士は、呼応するようになっているんですよ」


とりあえず適当に歩きながら、僕はミカに話す。

彼女は僕の話を頷きながら聞いている。


「主人は下僕を喚び、手足として使うため、

そして下僕は使ってもらう…それが僕らの関係です。

なので僕らが主人の存在が目覚められたという感覚を持ち、自然と各々の家庭を離れられたということは、主人が喚んだからなのですが…」


だが、ここまでだ。

主人が喚んでいるような気がする方向を歩いていたのに、今は一切そんな直感がない。

糸が切れたように、感覚がつながらないのだ。

くりくりとした瞳を向けながら、ミカも頷く。


「私もそうなの!

今は頼りなく、なんのアテもない感じで…少し怖いわ」


なんで糸が切れたか。考えられる理由は二つ。

主人が切らざるをえないような危険な状態になった。

あるいは、故意に切ったか。


「僕は以前の主人を知っています。考え得るに…」


どうせあの適当な主人のことだ。この状態を楽しんでいるにちがいない。

つまり、後者。


「あの人はテキトーですからね」


僕の言葉に、ミカもそれは困ったわねと苦笑する。

まぁ違う神についてった奴はもっと面倒な悪戯をされたと聞いているので、みんなそんなもんなのかもしれない。

とりあえず。


「ま、探しましょうか…

どうせ僕たち自体がセンサーになりますから」


しかしミカは合点行かないように、首を傾げる。


「覚えておいたほうがいいですよ。

僕たちの力は主人によって解放されます。

主人の近くにいればいるほどに力加減は全開にできる。

いまの主人ができることは唯一、僕らの手綱を握ることといっても過言ではありません。

さて——いまの感覚は如何です?

何処か鎖を巻かれているみたいに窮屈では?」


僕ははりきっていたわけではないけれど、

ミカを引っ張っていかなければならないなと責任を感じていた。


だから、

後ろからずっと付いてきていた白い子猫に気付かなかった。


子猫は緑の瞳を細めている。


「…ミルク、ね。愉快なあだ名だ。

これだから闇岬姓にするのは面白い。

さてゆっくり見学させてもらおう」


神は自分の気配を消すこともできるのだが秘密。

それは下僕が反乱したときの保険。

二人を見ている子猫は楽しそうだ。


悪戯の真っ最中のかみさまの笑みは、とても意地悪い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かみさまシリーズ Rui @rui-wani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ