かみさまはしらない

「なんだよ、ほたる。好きなのか?」


少年はにやにやしながら詰め寄る。

首に蝶ネクタイをしめてはいるが、半パンツから覗く膝は窮屈そうだった。


対するはきちんとした身なりの初老の紳士。

少年と違い、落ち着いた色合いのネクタイを締めている彼は長年この正装で身を包んでいる。

少年の言葉にくすりと笑う。


「私が好きなのは、主だけです」

「なんだよ、つまんねー!」

「そういう春樹はるきさんのほうこそ、好きなんじゃないですか?」


ふいに投げられた質問に、カップを下げる少年の頬が紅くなる。

紳士は当然、その瞬間を見逃さない。


「…結構、よく分かりました。」

「ちょ、ま、待て!別にこれは…違くて!」

「貴方を分かりやすい造りにした煉獄界に感謝したいですね」


慌てふためく少年。

穏やかに呟きながら、紳士は茶葉に湯を注ぐ。辺りにやわらかな薫りが広がっている。

紅茶に気を向けつつ、胸元から時計を取り出した。時刻はちょうど午後。アフタヌーンティの準備は万端だ。


かたん、と戸が開く。

同時にびくりと、春樹の肩が揺れた。彼女に反応したのだ。

ハーフらしい西洋風な顔つき、紺のメイド服から覗く華奢な肩。頼りなさげな瞳。


「蛍、紅茶の用意はできていて?」


スコーンを皿に盛り付け、テーブルへ運ぶ。

はかなげな彼女だが、彼らより態度が大きい。


「はい、三森みもりさま」


優しく微笑む紳士にも、特に笑い返さない。

冷たい印象だが、それが彼女の美しさを際立たせてもいる。


「結構ですわ。…春樹、それではお呼びして?」

「お…おう…」


呼びかけられた彼はどこか居心地悪そうにしていた。

先ほどの話題で、紳士の視線を気にしているのだろう。

扉を開け、廊下を走る音。


「また廊下を…。

蛍のしつけが足りないのではなくて?」

「元気でいいじゃありませんか」

「子供は嫌いですの」

「ふふ、貴女と春樹さんは三歳差でしょう。大して変わりませんよ。

貴女が落ち着いているだけです」

「……私が好きなのは、」


がたん、と扉が乱暴に開かれる。


「わたしの三森は何処だ!?」


尊大に言い放つ男は寝巻姿だった。紅い髪は寝癖だらけで跳ねまくり、頬にはシーツの跡が残っている。

呼ばれた彼女は軽蔑するような冷たい瞳で、男を見た。

「身なりを整えて下さい、当主様」

「わたしに命令するな!するのはわたしだ!

三森、おはよう!」


全く気にしない。

遅れて入ってきたのは春樹。

乱れた髪を直しているところからして、また枕でも投げられたのだろうか。

そっと駆け寄る紳士。


「……嫌なんだよなぁ、主を起こすの…」

「三森さまを真っ先に要求しますからね。

主の部屋に行かない彼女は賢明な判断をなさいましたね」

「…神じゃなきゃ殺してるぜ」


この屋敷に仕えているのは三人。そのうち人間は、三森だけだ。

彼女だけは何も知らないで仕えている。


穏やかで真面目な初老の紳士が、転生出身の天界所属天使ということも…


生意気で強情な少年が、

煉獄界育ちのエリート悪魔だということも…


そして半裸のだらしない寝癖男…こう見えても貴族院の当主が、

この世界を管理している神だということも…知らない。


「聞いたことないぜ。

神が好みの人間を傍に使わせるなんてさ。えこひいきだろ」

「存外珍しい事ではありませんよ。

所詮、暇潰し程度ですから。

それに、三森さまの心までは手を入れてませんし。

その辺は…主らしいところです」


微笑む紳士。

分からないという風に首を傾げる少年。


「さぁ食事にしよう!」


「「「かしこまりました」」」


三人とも思いはそのままに、彼らの主に返事をした。

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