かみさまははたらかない

主人はまだ若い。

世界を任されるのには早熟じゃなかろうかなと思った。

…まぁ天界のさじ加減には口出しするつもりはないけど。

白いキングサイズベッドに、寝転がって寝こけている主人。

人間らしくない、全然。

見た目も子供のナリならまた分かるが、人間の歳なら30くらい。もういい歳だ。

人間の肉体になって30年間、こんな調子なのだ。


「ヲイこら、主!ちったぁ人間らしく働きやがれ!」


主人の頭を蹴っ飛ばして起こすが、眠そうに目を擦こするばかり。


「痛いよ、ネオン…いーよもう、人間て変わらないから。次に生まれるときは貝になりたい」

「貝も大変だぞ…」


と、インターホン。

慌てて白衣に袖を通す。一応設定としては、患者(主人)を視る医者。

自宅兼仕事場とはいえ、白衣くらい着ていないとなにかと誤解されることが多い。


「あの、羽織はおりさま、起きてますか」


覗き穴から視ると、一人の女の子。高校生になったばかりなのか、制服も目新しい。

そして彼女の横に立つのは、褐色の肌にグラサンスーツ。…またあいつか。


「どうも、相模さがみ精神科へようこそ。

ひいらぎ羽織はこちらの患者です。

ご親族の方ですか?」

「あ、いえ…羽織さまに救われにきたんです。

会わせてください!」


二人揃って頭を下げられた。

仕方なく主人の患者室に彼女を入れた。

そのドアを丁寧に閉めてから、隣に立っているグラサンスーツを殴る。派手にこける彼。


「オメーなにまたいらんことやってんだよ!

主人を育てるのは人間だって確かに言ったけどよ、だからってまた連れてくるこたねーだろーが!

主人自体を外に向かわせねーと意味ねぇんだ!

そこんとこ分かってんのか、モノクロさんよ」


神様が若いなら、天使も若い。

片翼のモノクロはまだまだ経験が足りなかった。

だから煉獄れんごく官庁かんちょうから神様就き二度目の自分が名指しされたのだと思う。


「向かわせる、ですか…。

また私は余計なことをしてしまったようですね…」


真面目な顔で呟く。

…素直すぎるんだコイツ。転生天使じゃねーからなー…。


「まぁ、確かにきっかけにはなるかもしんねーし。無駄じゃないだろうがよ」

「ネオンさんにはいつも勉強させられます」


薄く笑うモノクロ。心底そう思っているのだろう。

モノクロは主人の下がり切った神様としてのやる気を上げるために、悩みを抱えた人間をつれてきた。これで二回目。結果その人間が救われてるかどうかは分からないが、悪いことにはなっていないハズ。


「しかし主人はどうしてあんなに出無精でぶしょうになられたのでしょうか」


モノクロは口元を擦さすりながら、立ち上がる。彼が不思議がるのも無理はないか。


「よくある神様症候群だよ。

神様となって毎日生命と向き合うのだけど、ある日、神様って人間にとってなんなんだって感じるんだと。

つまるとこ、アイデンティティの喪失とかいうが、要はガキなんだよ」


人間にとって神様は万能だが、それはステージが違うだけ。生物としての倫理は似てる。

簡単に言えば『いじけてやる気の無い状態』。

別段驚く症状じゃない。

けれどコイツにとっては一大事なんだろう。

何しろ主人が初めて出会う挫折なんだから。


「このまま主人があの絶望の中で彷徨さまようとしたら…私はどうすればいいでしょう」


モノクロの沈み切った顔を見ると笑いが込み上げてくる。

天使が悪魔に相談するなんて、不思議な感覚。


と、足音。

主人がまた人間を救ったのだろう。どんな悩みだとしても、主人にできないことはない。世界の法律を決めるのも破るのも、主人だから。

ドアを開けた少女の顔は明るい。

救われた、のだな。


「ありがとうございます、羽織さま!

私、頑張ります」


深々と頭を下げる少女。

モノクロを呼び出し、屋敷の外へ送り出す。

玄関を閉め、白衣を脱いだ。


「…ネオン」


主人の声。それはまだ弱々しい。

部屋を覗くと横になったまま、ぼうっとしている

傍に腰かけると鬱々うつうつとした瞳がこちらに向く。


「悪魔のネオン。神とはなんだ?」


神も天使も路頭に迷っている世界。


「アンタのことだよ、我が主」


まだまだ若い、神様。

自分が何をしたらいいか掴んでいない。

悪魔と天使に頼りきり。

天使は神の迷いを叱責するべきだが、あっちもまだ産まれたて。


「いいぜ、好きなだけ迷えよ」


悪魔として好きなだけ、甘やかしてやるから。

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