かみさまのかたおもい
「いいイベントですね。
人間の心理的欲求と糖分の特徴をかけるのは
センスを感じます」
まやかしだ。
私はそう思う。
本気なのか分からないが、相方の
主はその下らないイベントの為に、
さっきから甘い匂いがするボウルをせっせと混ぜていた。
「ガトーショコラ…ですか。
ええと、語源は…」
勉強熱心な昴は気になったのか、
主が学校で使っている電子辞書を片手に
パコパコ叩き出した。
……暇な奴。
ふん、とため息を吐く。
「ちょっと、
ボサッと見てないでそこのレシピ取って!
気が利かない天使だなぁ!」
「…主も神の癖に何を楽しんでるんです?」
二度目のため息。
レシピが書いてある可愛らしいパッケージの箱を手渡す。
「同じクラスの異性にバレンタインデーで
チョコレートを渡して告白だなんて…
平凡な恋する女子高生じゃないですか」
むぅ、と頬を膨らませながら、主は箱を手に取る。
「あの球蹴り男にそれほど御執心であれば、
好きにすればいいでしょうに」
「球蹴り男じゃないもん!
なんでもいい。
主は呼称の通り、この世界の主…
意のままに創り上げてきた神。
ただの女子高生なんかではない。
漫画のような道楽を楽しんでいる暇があるなら、
散らかりっぱなしの世界を秩序で紡ぎ上げてほしい。
「恋してるんだから、春刻君には
そういう裏技使いたくないの!
…本当に、ちゃんと好きになってほしいんだもん」
主の最近の口癖。
好きだの恋だの…下らない。
まやかしだ。道楽だ。
「む、灯…さては羨ましいんでしょー?」
鼻で笑って退室。
ベランダに出て、煙草をくわえる。
十五才なのでこの世界の法律上では違法だが、
私にとってはどうでもいい。
………羨ましい、だって?
「下らない」
口から吐いた煙は夜空に吸い込まれていく。
羨ましい、かどうか分からない。恋などしたことはないし。
「灯さんは恋をしたことがありますか?」
びくり、と肩を揺らす。
振り向くと昴が立っていた。
電子辞書を片手に首を傾げている。
「主の思考回路を占めている『恋愛感情』
…恋とはなんでしょう?」
見た目は双子の設定なので鏡に写したようにそっくりだが、頭の中は理解できないくらい純粋だ。
新米の悪魔にしちゃ真面目…
私はさぁね、と煙草を口にくわえて息を吸う。
「…誰かを自分より優先して、
意志や使命や義務を踏み倒して、
何よりも手に入れたいモノ…
しかもそれは汚い手段を一切使わない天然物…
そんな『誰かの心』なんて知らねーよ。
…たかが天使の私なんかじゃ」
主の焼くガトーショコラとやらの甘い匂いが
窓の外まで広がっている。
私は打ち消すように苦い煙を吐く。
「この想像すら偽物だろうよ?」
「…そうですね。
所詮、私は悪魔で、灯さんは天使ですから。
主しか——神しか解りませんね」
納得したように、昴は電子辞書を閉じる。
私は煙草を灰皿に押し消しながら、さてねと苦笑する。
「この恋の行方も…神すら知らないんじゃねぇの」
主の微かな鼻唄が、夜の冷たさを少しだけ優しく思わせた。
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