かみさまのすきなひと

「ねぇ、黄介こうすけさま。

また主がいなくなったよ」

「またか…今度は一体どこの女についていったんだ?」

「たぶん『明けの姫』のお屋敷じゃないかな。

最近文机に向かってなにやら書いてたし」

「あいつが歌をね…時代に合わせて器用な奴だ。

連れ戻しに行くぞ、青介あおすけ


ところでこの水干姿の二人は人間ではない。


黄介は野良魔族からの成り上がりで、

今や神付きという異例の大出世を果たした悪魔。

言葉は荒いが、冷静かつ親分肌で面倒見がよかった。


対して青介は天使。

希少な創造主生まれのエリートなのに、

全く気取ないのんびりした性格。

七天使からも可愛がられている。


彼らが支えている主…

この世界を任されている神は、どうも不真面目でいけない。だからこそ、彼らが付いたのだが。


屋敷の従者に牛車を引かせ、二人は乗り込んだ。


「全く…懲りねぇな」

「主の癖には困ったもんだね」

「明けの姫じゃ仕方ねぇけどな、あいつの好みに創ってあるしよ」

「それでも…かりそめなのに。

ねぇ、主って好きだった恋人がいたのでしょ?

その人に似せた人間を、必ず創るじゃない。

それって…それって、僕たちが止めるものなのかな?」


牛車がゆるりと揺れる。

目を伏せたままの青介を横目で一瞬見るが、

黄介はすぐに目をそらした。

そのまま会話は続かず、件の姫の屋敷に牛車が止まる。

姫の屋敷の従者と話を付け、中に入った。

屋敷への庭を歩く青介の顔はまだ浮かない。

黄介は小さくため息をした。


「そんな顔すんな」

「黄介さま…でも、」

「でもじゃねぇ、これも仕事だ。それに、あいつの為だろ」


青介の言っている意味が分からず、首を傾げる。

だがもう姫の間に着いてしまった。


たん、とふすまを両手で開け放つ黄介。

目を奥にやると、

庭を眺めて直衣姿の男と美しい女が寄り添っていた。

わざと足音を立てて近寄るが、

青介はしずしずと隠れるように歩み寄る。


頼晄よりあき、立場をわきまえろよ」


黄介の声に気付いて、顔を向ける男。

この時代にそぐわぬ、茶色の目。

だらしなく着くずした直衣。

軽く含んだ笑み。


今の世の名は、藤原頼晄。


「もう見つけたのか、相変わらず鼻が利くな」

「そりゃどうも。

さ、帰るぞ。責務が山積みだ」

「身分があると面倒だなぁ…おい青介、来てるんだろう?」


頼晄に呼ばれ、黄介の後ろからそろりと顔を出す。


「…はい、ここに」


沈んだ声で答える青介に、頼晄は手招きする。

肩に寄せたままの明けの姫も楽しそうに

目を細くして笑っていた。

青介がしずしずと頼晄の前まで来ると、頬に手をやる。


「青介、お前なら姫と一緒にいるのを手伝ってくれるだろう?」


あらがえない。

青介の心中をなぞるように、

頼晄は意地悪く笑いながら続ける。


「青介は優しいからな。お前なら分かってくれるよな?」


頷こうとした青介の脳天に、黄介のげんこつが落とされた。


「ぎゃっ」


頭を抱えてその場に崩れ落ちる青介。


「帰るっつーのが聞こえなかったか、頼晄?」


拳を見せ付けるように構え、黄介は睨み付けた。

そんな様子に渋々諦めたのか、頼晄は手を挙げる。


「………分かったよ。

じゃ悪いね、姫。そういうことだからさ」


あっさりと姫から身を放し、さっさと歩きだした。

頼晄の態度の急変についていけたのは、黄介だけだった。


「なんだか僕だけ取り残されちゃったなぁ…」


牛車に乗った頼晄。その後ろを徒歩でついていく二人。

青介の言葉に、車の中の頼晄が微かに笑った。


「お前は優しすぎるんだよ、青介。ま、天使らしいんかもな」

「そうとも、わたしにはちょうどいいのだ」


牛車から言葉がかけられた。


「でも主は……」

「わたしの心はいつまでもあの人の物だとも。

べつに他の女と戯れて、気を紛らわせているわけではないんだよ。

わたしは……なにより美人が好きなだけさ」


口を開けたままふさがらない青介。

黄介はため息を大きく吐く。

「ったく…そんな色欲まみれだと堕ちるぞ?」

「だからこそ、お前達がいるのだろう。

それなら、次は黄介を美女にして楽しんでやるしかないな」


あははと笑う頼晄。

そしたら煉獄官庁に交代要請を出そうと

固く心に誓う黄介だった。

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