第12話 退社

 そうして、現場に復帰したのだが、新しい現場は経験したことのないプログラム言語だった。情報の伝達が上手くいっていなかったのか、原因は明らかにはされなかった。

 ゆっくり覚えてくれればいい。できれば現場に長く居てほしい。という要望があり、スキルのミスマッチでもそのまま現場に居続けることができることとなった。

 同時期に数人現場に参加した。その中には女性も居た。少し佐野さのさんに雰囲気が似ている女性だった。年齢も確か24歳ぐらいだったと思う。

 その女性と一緒に俺の歓迎会が行われた。最寄りの駅も一緒だったが、別のチームだったため、あまり話す機会はなかった。もっと話す機会があれば、俺の気持ちは少しは別に向いてよかったのかもしれないが、まだ佐野さんを諦めきれずにいた。

 現場に参加して1ヶ月も経つと、俺の配属されたチームの作業がヤバいということが分かってきた。簡単にいうと火を吹いているチームだったのだ。

 客先の1つの配送倉庫用のシステムを作っていたのだが、別にもう1つ配送倉庫があり、今作っているシステムをそのまま転用するはずだったらしい。しかし、1つ目のシステムすら完成していないのに、もう1つが手付かずなのはどうなっているんだと客先と揉めたようだ。

 急遽、2つのシステムを同時進行で作ることになってしまった。転用するはずだったシステムが、蓋を開けてみると配送倉庫独自の仕様のため、転用ができなくなったのだ。

 そして、また終電の日々が始まった。ゆっくり覚えればいいという話はどこかに吹っ飛んでいた。それに伴い、うつ病も悪化していった。

 おそらく終電で帰ることが多くなったことと、現場の雰囲気が原因だと思う。年齢のせいか、腫れ物を扱うような感じで、誰も話しかけて来なかった。もう少し雑談する相手でもいれば違っていたのかもしれない。朝から晩まで一言も発することがない日がほとんどだった。

 そんなわけで出社して、自分の席に着いただけで異常に汗をかく。この症状は別の会社にいるときにもなったことがあった。真冬なのにシャツが汗で絞れるほどの大量の汗をかいた。

 それと、体が拒否しているのか、突然寝てしまう。十分に睡眠を取っているにも関わらずだ。これも、別会社で大量に汗をかいていたときに同じ症状だった。

 それでも、ごまかしごまかし仕事をこなしていた。年末までは。

 年末、自社ではミーティングと忘年会があった。俺は両方とも参加した。佐野さのさんも参加していた。しかし、話掛ける機会がなかった。正直にいうと謝るのが怖かったのかもしれない。ぐずぐずしているうちに佐野さんの姿は見えなくなってしまった。それでも、忘年会で謝ろうと思っていたのだが、忘年会に佐野さんの姿はなかったように思う。結構、探し回ったので、間違いない。きっと、俺と関わるのが嫌で忘年会には出席しなかったのだろう。

 自社のみんなも気を使ってか、何かを察してか、佐野さんの話を俺に振ってきたりはしなかった。以前はずっと一緒だったのだから、誰かしら言ってきてもいいようなものだが、不気味なほどその話題には触れられなかった。

 年が開けると、年末年始のいわゆる冬休みから、また現場に行けなくなった。そうして、ほとんどクビのような感じで会社を自主退社することになった。

 何度か社長と話した時も、頭にあるのは佐野さんとの繋がりが完全に切れてしまうということだけだった。それ以外は別にこの会社にすがる理由はなかった。流石に退社が決まってから、社長と話した時に社長が涙してくれたのは、ちょっとグッと来るものがあったが。俺のようなクズには勿体無い。本当にありがたかった。

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