第11話 復帰

 仕事をせずに休職という形で自社に在籍していたため、生活費に余裕がなくなってきた。自社には休職という制度がなかったので、休職手当も出ず、ただ仕事をしていない状態が続いていた。

 俺はメンタルクリニックの先生にお願いし、復帰の許可証を書いてもらった。そして、上司と相談し、1ヶ月ほど様子を見て復帰を考えるという約束をもらった。

 その1ヶ月は、毎日スキルアップの勉強をし、1時間マラソンをして、仕事復帰に必要な体力をつけるというものだった。俺は相変わらず、ほとんど家から出ずに、勉強とマラソンの結果を適当に報告した。うつ病では、そう簡単に動くことはできない。かといって、このままでは生活もできなくなってしまう。条件は、うつ病を分かっていない人の出す条件だったと思う。それでも、初めは条件をこなそうと努力はした。いきなり1時間もマラソン出来るわけがない。まずは1時間程度散歩から始めたが、全然続かなかった。

 うつ病を知らない人に説明するいい例がある。これはネットで見たと思う。それは「目の前のテレビのリモコンを取ろうと思っているのに、体が動かない」というものだ。頭ではやらなきゃいけないことが分かってはいる。しかし、体がついて来ない。ほんのちょっと手を動かせば届くリモコンにさえ手がのびない。

 うつ病は心の風邪なんてよく言われるが、実際は脳の病だ。脳のエネルギーが欠乏した状態がうつ病らしい。真面目な人ほどうつ病になりなりやすいと言われるが、義務感が強く、仕事熱心、完璧主義、几帳面、凝り性、常に他人への配慮を重視し関係を保とうとする性格の持ち主は、脳のエネルギーの放出も多いために、うつ病になりやすいと。自分がそうだとは言わないが。

 1ヶ月、ほとんど今までと変わらず家でダラダラと過ごしていた。たまに散歩はしたが、1時間のマラソンなんて全然やらなかった。やろうとも思わなかった。

 ただでさえうつ病の薬を飲んでいると太る傾向にあるのに、家から出ないでダラダラとしているのだ。ますます太っていく。動かなくてはいけないと頭では分かっていても体がついてこない。

 それでも、1ヶ月後には会社に復帰の許可が出た。

 会社の方でも考えてくれたのか、次に決まった現場は家から近い場所にあった。

 復帰するタイミングで、俺は佐野さのさんにSkypeスカイプでメッセージを送った。

「お疲れ様です。案件に参加直後に長期休みになってしまいまして、大変ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。

 うつ病が悪化し、外に出れない状況になってしました。

 やっと回復してきましたので、新しい業務で復帰させていただきます。

 お会いした時に、直接お詫びさせていただくのが筋だとは思いますが、帰社日では少し先になってしまうと思いましたので、Skypeにてご連絡させていただきました。

 この度は大変申し訳ありませんでした。お詫びさせていただきます。

 佐野さんも、お体にはお気をつけ下さい」

 彼女からの返信はなかった。

 もう俺とは関わりたくないのか、真面目な彼女には急に仕事に来れなくなるというのが納得できないのか、うつ病が再発して仕事に行けなくなった時点で謝らなかったのが気に入らなかったのか、うつ病の人間とはからむ気がないのか。俺には分からなかった。

 ただ、俺は今だに彼女のことが諦めきれなかった。せめて、ずっと思い続けていれば、いつか思いが届けばいいと思っていた。他に俺に出来ることはなかった。これ以上、しつこくしてしまったら、ストーカーと変わらないだろう。そのぐらいの分別は持ち合わせているつもりだった。だけど、せめてずっと片思いならばいいのではないか。何10年経っても、100億光年先でも、俺の胸の中だけでひっそりと思い続けることだけは許してもらえるだろうか。

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