第8話 葛藤

 俺は2つ目の現場が終了した時点で、彼女、佐野さのさんに告白を決意した。

 はっきり言って焦っていたんだと思う。俺は彼女と一緒にいられれば、それだけで幸せだった。仕事上の関係でしかないが、毎日挨拶を交わして、くだらない話をして。それで十分だと思っていた。十分幸せだった。

 そもそも、今の会社は社内恋愛が禁止されていた。それでも突っ走ろうと決めたのは、やはり焦っていたからだろう。

 会社の問題以外にも、問題は山ほどある。まず、俺は既婚者だ。子どもも3人いる。それでも、十数年ぶりに人を好きになった。こんなに人を好きになったのは、結婚する前の妻以来だろう。もしかしたら、それ以上かもしれない。この気持ちをなんとかしたかった。ずっとモヤモヤとした気持ちのままでいるよりかは、振られてもその方がスッキリする。

 別に妻が嫌になったわけではない。それ以上に彼女が好きなのだ。妻は、メンタルの病院に着いてきてくれたりはしてくれる。うつの症状には自分で気付けない部分もあるので、それについては助かってはいる。それに、1人で出かけると俺がフラッと道路に飛び出したり、電車に飛び込んだりが心配というのもあるのだろう。うつ病なのでそれが絶対にないとは言い切れない。……しかし、妻だって、聖人君主だというわけではない。ダメなところもたくさんある。もう諦めているから一緒に居られる。例えば、仕事をする気がない。俺がうつ病なので、自分が仕事に出てしまったら、いない間に首を括ってしまうと心配しているのかもしれないが、俺からすれば、仕事に出て幾らかでも家庭に金を入れてくれた方が助かる。現に新しくバンドメンバーになったお父さんは、俺と同じうつ病だそうだが、奥さんが働いているので、家でダラダラしているらしい。できれば俺もそうしたい。ぶっちゃけると今は悪循環だ。生活費が困窮して仕事を探す。仕事を始めると、仕事のストレスでうつが悪化する。仕事にいけなくなる。これの繰り返してきたからだ。普段は考えないようにしているが、他にもあげれば切りがない。

 でも、彼女、佐野さのさんを妻の代わりにする気は全然ない。単純に彼女の顔がタイプだし、明るい性格も好きだ。人を好きになることに理屈なんてない。

 芸能人が不倫で週刊誌やワイドショーを騒がせることがあるが、少し彼らの気持ちが分かる気がした。本当にほんの少しだが。だが、ゲスの極み乙女や宮迫、渡部は嫌いだ。それに、奥さんが妊娠中に不倫をするようなクズ野郎の気持ちは分からないし、分かりたくもない。おそらく、下半身でしか物を考えられないか、下半身が本体なのだろう。それとこれとは話が別だ。

 男だって、おっさんだって、いつまでもときめいていたい。恋をしていたいのだ。相手と待ち合わせて、どんな格好で来るのだろうとドキドキしたいのだ。いつも家にいて、慣れてしまうと、そのドキドキがなくなってしまう。

 俺は出かける時には、妻とキスだってする。しかし、それは子どもとキスするのと変わらない。全くドキドキしない。そのぐらい、妻にときめくということがなくなってしまった。

 そうなのだ。俺は、別に妻を嫌いになったわけではないし、下半身だけで物を考えているわけでもない。結婚して、家族になる。すると、だんだんと妻を女性として見られなってくる。今でも、自分の一番の理解者は妻だと思っているし、戦友、親友だと思うぐらい一緒にいて気を使うことがない。話をしていても、楽しくないわけじゃない。俺が好きな話題(例えば、今期の面白いと思うアニメとか)を聞いてくれるし、小説のアイデアだって聞いてくれる。話が合わなかったら、十数年も一緒にいれないだろう。

 しかし、ときめきがないのだ。例えば、出かけるにしても、どこに行こうか、何を来て行こうか、何てもう悩んだりしない。どんなぶっ飛んだ格好をしようが、妻はそれに文句を言うことはないと思う。さすがにつなぎで出かけようとすれば「それはさすがにちょっと……」とはなるだろうが、普通の格好なら特にそれがユニクロで買った服だろうが、しまむらで買った服だろうが、ワークマンで買った服(つなぎ以外)だろうが、文句を言うことはないだろう。楽になった分、ときめきは薄れていったのだと思う。

 だいたい、出会った順番でパートナーが決まってしまうのはどうなんだ。もし、後に出会った人の方が良かった場合はどうすればいい?そう簡単に離婚なんてできない。子どもがいるのだから。俺は子どもが成人するまでは離婚しないと決意して結婚した。成人前に親が離婚するとなったら、子どもが可哀想だと思うからだ。まさか、その後にこれほど好きになる女性が現れるなんて思ってもいなかった。俺が妻よりも先に彼女に出会っていたとしたら、結果は違っていただろうか?彼女は彼氏よりも先に俺と出会っていたら、結果は違っているだろうか?

 それに、彼女との年の差は15歳も離れている。そんなおっさんを好きになってくれるとは、到底思えない。

 ちょうどテレビでドラマをやっていたので、電影少女ビデオガールの話をした時だった。「ビデオをセットするとテレビから女の子が出てくる話で……」と言うと、彼女から返って来たのは、「貞子?」と言う一言だった。ジェネレーションギャップは当然ある。七歳年下の妻ですらジェネレーションギャップはあるのだから。

 そして、彼女には彼氏がいる。しかも、同じコスプレという趣味を持った彼氏が。

 経験上、いい年齢の女性には大体彼氏がいる。よっぽど顔の作りが悪いか、性格に難がある場合は別だが。

 詳しい理由は分からないが、結婚したがらなかったり、彼女の手料理を食べようとしなかったり−−毒でも盛られると思っているのだろうか?−−、ちょっと変わっている彼氏だとは思うが、コスプレという趣味が同じというのは強い。

 俺もコスプレやカメラを趣味にするか。

 俺は自分が写真を撮られるのはあまり好きではないが、写真を撮るのは嫌いじゃない。おもちゃのようなカメラで昔の写真のような味のある写真を撮るなんてこともやったことはあるし、ダゲレオタイプという銀板写真が撮れる、カメラの初期型のような物を作れるセットを買ったこともある。……作ってはいないが。生活に余裕があれば、古いカメラを買って、ダラダラ散歩しながら写真を撮るなんてことを趣味にしてもいいとは思ったことはあった。

 コスプレは……どうだろう。俺は、俺だ。アニメの誰かになりたいわけじゃない。それでも好きなキャラクターに憧れはある。

 体型や顔を考えなければ、仮面ライダーエターナルに変身する前の大道克己だいどう かつみ(このキャラクターは、SOPHIAソフィアのボーカル、松岡充がやっていた。俺はSOPHIAソフィアというバンドの大ファンで、友達や妻と何度もライブに足を運んでいた)や、ファイナルファンタジーエイトのスコール、トライガンのバッシュ・ザ・スタンピードをやってみたい。もしくは、仮面ライダーなら顔も出ないからいいかもしれない。作るのが大変そうだが……。あとは、ガンダム系とか。アイアンマンもいい。でも、あのパワードスーツを作るのはしんどそうだ。年末年始にヒゲ伸ばしっぱなしにして、トニー・スタークみたいなヒゲにオールバックにすることはあるけど、人前に出るのは恥ずかしい。多重人格探偵サイコも好きなマンガだからやってみたいが、普通のスーツとなのでコスプレには向いていない気がする。やってもコスプレと思われそうにない。

 ただ、体型の問題がある。俺は人よりもちょっぴり身長が高い。彼女から教えてもらったコスプレ用語だが、コスプレには『あわせ』というものがあるらしい。簡単に言うと、同じ作品のキャラクターをコスプレする者同士で集まって写真を撮ったりするのだ。それをしようとすると、俺は体型の問題で浮く。他の人よりも頭一つ分でかい状態になってしまうからだ。

 逆に体型を生かして、ドロヘドロのカイマンとか、ノー・ガンズ・ライフの乾十三いぬい じゅうぞう(体を鍛える必要があるが)とか、炎炎えんえんノ消防隊のジャガーノートとか、呪術廻戦じゅじゅつかいせん五条悟ごじょう さとるならできなくもないかもしれない。五条先生をやるならダイエットは必要だけど。それに、衣装を作るスキルはないので、そこら辺はなんとかしなけれなならないが。

 息子はテレビ番組でコスプレしているのを見て、やってみたいと言っていたので、息子をコスプレさせて、俺が写真を撮るなんてのはアリかもしれない。

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