第7話 2つ目の現場

 自社に居て、一ヶ月ほどで新しい現場が決まった。現場の席はありがたいことに、また前の現場と同じく彼女、佐野さのさんの隣だった。

 新しい現場は、前の現場と違って比較的静かに仕事をする感じだったので、あまり彼女と無駄話をすることはできなかった。それでも隣なのでちょこちょこっと話しをすることはできた。

 新しい現場に入ってすぐのことだった。まだ、その現場の自動販売機にも慣れていないからだろう。彼女が買ったコーヒーがブラックで彼女に飲めないぐらい苦かった。彼女がちょっと口をつけて、無理だと判断したようで、俺によかったら飲んでくれないかとくれた。俺はありがたく貰うことにした。(気持ち悪いと思われるだろうが)間接キスだ。紙コップだから、どこで飲んでいるかは分からなかったが、俺は必死でニヤケそうになる顔を押さえつけた。

 彼女は何も考えず、コーヒーを処分したかっただけかもしれないが、俺にはこれは一生の思い出だと思えたし、もうこのまま死んでもいいとまで思った。現場に誰もいなかったら、小躍こおどりしていただろう。ブラックコーヒーはひどく苦かったが、とても甘く感じられた。これが俺が彼女と一番近く接することができた瞬間だった。

 その現場は忙しく、かつ、人の出入りが激しかった。1ヶ月で同じチームの人間(しかも、結構業務に貢献していた)が急に撤退になった。

 その撤退することになった男性は、俺とLINEを交換した。その男性は、佐野さんに木があったらしく、俺に自分のLINEを佐野さんに教えておいて欲しいとお願いしてきた。俺は仕方なく、彼女にその男性のLINEを教えた。すると、すぐに一緒に飲みに行こうという誘いがしつこくあったようだ。……そんな気はしていたが。

 俺はその男性に止めるように言おうか?と彼女に提案したが、大丈夫だと一蹴されてしまった。

 その男性が撤退してから、現場での席に変更があった。俺と佐野さんは離れた位置に配置されてしまった。その辺りから、彼女の態度に変化が現れた。

 簡単に言うと、どうやら俺は彼女に嫌われたらしい。原因は分からない。一緒にやってくれと言われた作業を彼女に確認せずに終わらせてしまったからだろうか。そのぐらいしか、勝手なことはしていないのだが。そして、それもこの現場でも彼氏に「何時までに帰ってこないと家に入れない」と言われていたので、彼女が早く帰れるようにと作業を引き受けた結果だったのだが。

 徐々にだが、確実に彼女に避けられるようになった。俺はそれ以上嫌われないようにと、なるべく彼女から距離を取るようにした。朝夕の進捗会議も会議室まで行くのに彼女とはタイミングをずらしていたし、座る席も距離を取って座っていた。別に同じ会社から来ているのだから隣に座ってもいいのだが、余計に嫌がられるのが怖かった。

 この現場は忙しく、休日出勤もさせられた。一瞬、彼女も休日出勤するだろうかと思ったが、予定があったらしく来ることはなかった。

 そうやって貢献したにも関わらず、現場は2ヶ月で終了になった。現場の仕事が削減されたのが理由だ。また、彼女とセットで面談をする日が多くなった。この現場は終了前から面談を受けるために抜けることを普通に許可してくれたため、あっさりと次の現場が決まった。確か、2〜3件面談を受けただけで決定が出たと記憶している。

 この間に、給与の査定もあった。

 俺はリーダーなので、佐野さんの査定面談にも参加した。上司には基本的に仕事も一生懸命やっているし、俺のフォローもしてくれて、とても助かっているとひいき目に報告をした。現に体調が悪くても休もうとしないし、依頼された仕事はしっかりやってくれていた。俺と初めて一緒になった現場では、俺と無駄話をしてばかりだったが……。彼氏が早く帰って来いと言うから残業できない日があります。なんて、とても言う気にはなれなかった。彼女の評価が良くなって欲しかったからだ。その甲斐もあって、彼女の給与は年齢の割に高額になったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る