第6話 彼氏

 彼女、佐野さのさんと一緒の現場で数ヶ月すると、その現場は終了になった。現場が終わるということで、一瞬、もう別々の現場になってしまうのかとがっかりしたのだが、それは杞憂きゆうだった。現場は終了になったが、次の現場もセットで提案するということで、俺と彼女は、一緒に案件の面談に行くことになった。

 簡単には次の案件が決まらず、自社に戻ることになった。しかし、案件の面談とは言え、二人で出かけて時には一緒に昼食を取ったりするのは、楽しくもあった。彼女は食事のスピードがゆっくりだった。俺はなるべく彼女の食事スピードに合わせるようにゆっくりと食事をした。おそらくそんな気遣いは、彼女には全く気付いていないだろうが。

 そういえば、自社に通っている間に佐野さんから変な相談をされた。

 彼女は彼氏と同棲している。それはコスプレ仲間には内緒になっている。コミックマーケット(いわゆるコミケって奴だ)が近付くと、彼女の家はコスプレ仲間の合宿所のようになるらしい。作成する衣装の追い込みをかけるためだ。

 俺はこの時点でどうかと思った。なぜ、付き合っていることを内緒にする必要があるのか。やましい気持ちがないなら隠す必要はない。俺ならば、堂々と話すと思う。実際に今までそうしてきた。

 確か、合宿所のようになるのは彼氏が衣装を作る技術を持っているからだったと思う。ただ、コスプレ仲間の中に女子高生も居て、なぜか、女子高生と一緒に寝るのだそうだ。

 これには、さすがになんて答えていいのか困った。あまり彼氏を悪く言うと、彼女に嫌われそうだ。しかし、彼氏の行為はありえない。東京都の条例に引っかかって、捕まればいいのに。と思ったが、言えるわけもなく、俺なんか小学生の女の子(自分の子ども)と寝てますよと、訳の分からない返しをした気がする。どう言うのが正解だったのだろう。彼氏のことをこれでもかと攻撃した方が良かったのだろうか。

 自社にいる間に、自社のイベントがあった。四半期に一回、社員同士の交流を目的としたイベントだ。他の会社にはないのは、イベントに家族を連れてきていいということだ。今回は、バーベキューだった。

 俺は家族五人で参加した。父親の仕事の仲間を見せられるというのは、子どもにとってもいいことだと思う。そして、会社のメンバーは俺が年長者ということもあり、気を使ってくれる。これは、一緒に参加した妻に言われたことだ。めちゃくちゃ、気を使われていると。自分にそんな自覚はなかったのだが。

 このバーベキューには佐野さんも彼氏と一緒に参加した。俺は佐野さんと彼氏に家族を紹介し、佐野さんには彼氏を紹介してもらった。

「いつも、お世話になっています。佐野さんには色々とフォローしてもらって助かっています」と。

 現に、そのイベントの直前にあった面談で、もらった名刺をその会社に落としてしまって、佐野さんに拾ってもらうという失態を犯していた。

 彼氏の印象は、正直なところ、もっとイケメンだと思っていた。佐野さんと付き合うぐらいだから、俺が引くぐらいかっこいい男なんだろうと思っていた。思ったよりも全然で、どこが良いのかさっぱり分からなかった。よほど、興味がなかったのか、もう紹介された名前も覚えていない。

 そして、俺は彼氏とそれ以上話さなかった。正直、人見知りが発動していたので、ほとんど自分の妻か子どもと絡んでいることがほとんどだった。それに、恋敵ライバルと仲良くしても仕方がない。

 バーベキューの間に彼女は、他の社員に彼氏が女子高生と寝ていた話をしていたが、言われた方もやっぱり返答に困っていた。

 俺が見たところ、彼女が彼氏にベタ惚れという印象だった。なので、バーベキューの帰り道は、若干へこんでいた。そんな時、妻が佐野さんの彼氏について、聞いたことを教えてくれた。俺が子どもと遊んでいた時だかに、自社の人間に彼氏が自己紹介をしていたのを聞いたのだそうだ。彼氏は「どうも、◯◯です。これは、ビジネスネームなんですけど」と自己紹介をしていたらしい。妻が言うには、結局、本名は言わずじまいだったらしい。

 それを聞いた俺は、「ビジネスネームって何?というか、必要?お前の名前、山田光宙やまだ ぴかちゅうとかビジネスに支障をきたすような本名なわけ?」と思った。小説サイトで小説を公開している俺はペンネームを持っているが、本名、柿沼進一郎かきぬま しんいちろうでペンネームは柿沼進一かきぬま しんいち。本名を少しイジる程度しか変えていない。

 それなのに、普通の仕事をするのに偽名を使う必要があるのだろうか。相当、ヤバい仕事でもやっているのだろうか。だったら、それで捕まってくれると恋敵がいなくなって万々歳ばんばんざいなのだが。せめて、今頃ハゲ上がっていてくれると嬉しい。

 彼女が好きになった彼氏なのだから、きっといいところがたくさんあるのだろうと思う。しかし、俺ではそれを感じ取ることができなかった。

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