第3話 小さな恋のうた

 俺は彼女とよく話をした。俺も仲がいい人と話をするのは好きだったし、彼女も話好きだった。ほとんど仕事そっちのけで話をしていることの方が多かったように思う。……ちゃんと仕事もしていたが。

 彼女は相当の頑張り屋だった。現場で働きながら、自社の研修にも参加していた。その研修が俺からしたらかなりキツいスケジュールを組まれていた。現場で定時まで働いた後、自社に戻って研修を受けるのだ。しかも、一週間で二回。研修の日は、ほどんど終電になってしまう。それなのに、皆勤賞もので参加していた。だから、俺は彼女のなるべく協力することにしていた。研修の日で残業になってしまう場合は引き取って仕事をしていたし、研修のない日はなるべく早く帰れるようにしていたと思う。

 それに彼氏が変わり者で、仕事なのに何時までに帰ってこないと家に入れないなんてLINEを彼女にしてくる。遊んでいて帰りが遅いなら分からないでもないが、仕事していてそれはどうかと思う。しかも、その給料は全部自分が管理して小遣いしか渡してくれないのに。

 それでも彼女はしっかりと仕事と研修をこなしていた。体調が悪くても無理して出勤してきた。逆に周りが「休め」、「もう早退していいから」と言っても頑張るほどだった。うつ病でちょっとしたことで休みがちな俺は彼女のそんなところを本当に尊敬していた。

 俺たちの会社はちょっと変わっていて、会社内で部活があった。俺が入社するときは社長に一緒にミニ四駆部をやろうと誘われた。実際に入社してみると、社長が忙しくてミニ四駆部はあまり活動をしていなかったのだが。

 そこで、他に気になる部活を見つけた。それはゲーム開発部だった。俺がIT系のプログラムを作るこの業界に来たのは、ゲームを作りたかったからだ。しかし、ゲーム会社が求める高いスキルというハードルと、ゲーム系の仕事は家に帰れないという噂でゲーム関連の仕事を諦めていた。

 俺が入社して数ヶ月後に、一人のおばちゃんが中途採用で入社して来た。そのおばちゃんは以前、ゲームのデザイナーの仕事をしていたらしく、入社してすぐにゲーム開発部に入り、月一回のミーティングでゲーム開発部を宣伝していた。

 俺はまんまとそれに乗っかったわけだが、現場にいるときにそのおばちゃんの声が聞こえてきた。「えっ?同じ現場にいるのにゲーム開発部に誘ってもいないの?」と。

 俺はダメ元で彼女をゲーム開発部に誘ってみた。これが、まさかのオッケーでゲーム開発部に入ると言ってくれた。何気にゲーム開発に興味があったらしい。

 その直後に、最寄りの駅を使っている別の現場の人間と一緒にランチをすることになった。ランチをする二人は、俺と入社月が一緒の同期だった。二人は俺より若い男性社員と彼女、佐野さんと同い年の女性で、佐野さんはその女性と仲が良いらしい。それで現場も近いことだし、一度ランチを……となったというわけだ。

 ランチ後に少し話をしていたら、俺と同期の男性社員は軽音部の部長になったらしく、メンバーを募集していた。そして、佐野さんも軽音部にも入るつもりらしい。俺も軽音部に誘われた。俺は迷ったが、佐野さんの「私がゲーム開発部に入るんだから、交換条件で柿沼さんは軽音部に入ってください」という言葉が俺の背中を思い切り押した。

 もちろん、全くやりたくないのに彼女に誘われたからというわけじゃない。学生の頃は、あまり楽器をできる友達がいなくてバンドを組めなかった。

 うつ病で休職している間に、夜中、NHKのドラマを見た。それは、筧利夫かけい としおが昔のバンドメンバーを集めて、親父バンドコンテストに出るという話だった。

 なぜか、そのドラマがひどく俺の心に突き刺さった。俺も自分の子どもに仕事以外で頑張っているところを見せたい!と思った。そして、地元の友人にバンドの話をした。

 結果は散々だった。楽器なんてやったことのない友人だ。断られて当然だろう。そして、俺はバンドを組むということを諦めた。

 第二波が来たのは、テレビでMIYAVIを見たときだ。あの独特のスラップ奏法に憧れてギターをやりたいと思った。いつか、本気でギター教室に通ってみようと思っていた。だから、軽音部にも入ったのだ。

 現場と自社は離れているため、やり取りはSkypeスカイプのメッセージだった。もちろん、部活もだ。部活ごとにグループが作られていて、俺は軽音部に入りましたと挨拶したが、誰からも返答はなかった。

 それで心が折れかけていた俺は、練習曲のやり取りも見守っているだけだった。練習曲の候補の中にやりたい曲はあった。MONGOL800の小さな恋のうただ。だけど、またスルーされたらと思うと、メッセージを作ったものの送信できずにいた。彼女はそれを見て、俺のスマホの送信ボタンを押してくれた。そして、直後に「私小さな恋のうたがいいです」と送信してくれたのだ。

 この「」に俺はやられた。これで完全に彼女に恋をしたのだった。


 結局、ゲーム開発部はやる気満々のおばちゃんが部長となり、ゲーム開発に無理なスケジュールを立てた。それが会社への貢献して、自分の評価を上げたいからだということが分かり、部は空中分解した。

 軽音部に関しては、俺は部長に初心者用のギターを探してもらい、ギターを買った(本当はフライングVが良かったのだが、初心者用のフライングVなんてあるわけないと一蹴された)が、彼女は彼氏に反対されるからとベースの購入を諦めて、軽音部を脱退してしまった。それでも、俺は軽音部に在籍していたが、部長が会社を辞めてしまい、練習に参加するのが面倒になってしまった。会社のイベントで演奏することになったのだが、全く分からない素人が2〜3回の練習で人前で弾けるようになるとは思えなかったからだ。

 その代わり、子どもたちが通っていた幼稚園のお父さんバンドに参加することにした。ボーカルで。そこでは一年掛けてゆっくり練習するし、ギターも教えてもらえる。俺は発表会(ライブ)で、MONGOL800の小さな恋のうたを歌った。もちろん、幼稚園生が聴いても分かる、となりのトトロのさんぽなど、子どもに喜んでもらえるような曲もやるが。幼稚園生の前でも緊張はするものだ。しかし、当初の目的だった俺の子どもたちに頑張っている姿は見せられたと思う。ついでに言えば、BOOWYボーイも二曲歌った。周りのお父さんたちと趣味が合って良かった。このバンドには、今だに参加している。今年は菅田将暉のさよならエレジーやGLAYの BELOVED、winter,agein、LiSAの紅蓮華ぐれんげを演奏する予定で、ギターも練習中だ。特にGLAYは歌ったら、声質が似ていると褒められた。菅田将暉の方が声質が似ていると思っていたので、これは嬉しかった。

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